エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作3 肺都」東京創元社 古屋美登里訳
邪悪なものがこの町にやってきた。
――幕開け 小さな女を見たまあ、たしかにおかしいよ。だがよ、ロンドンほどおかしな人間がいる都市はねえよな。
――第4章 ロンドン・ガゼット 二ごみは一瞬にして自分がごみになったとわかる。
――第7章 ボットン?鼠よ、鼠、可愛い鼠、わたしたちを導いてくれるわね?
――第12章 水さあ、来たれ、ここに。集え、すべてのものたち!
――第29章 戦いの前夜の叫び
【どんな本?】
イギリスの作家エドワード・ケアリーによる、グロテスクでユニークで奇想天外な10代の少年少女向け長編ファンタジイ、アイアマンガー三部作の完結編。
19世紀後半。ゴミで財を成したアイアマンガー一族は、ロンドン郊外の巨大なゴミ捨て場に君臨していた。隣のフィルチング区は壁でロンドンから隔離されており、貧しい者たちが住む。
アイアマンガー一族の者は、生まれた時に特別な品「誕生の品」を贈られる。ドアの把手、安全ピン、曲がった鉗子、首つり用ロープ、踏み台などだ。一族の掟で、誕生の品は常に肌身離さず持たねばならない。
クロッド・アイアマンガーは15歳。誕生の品は排水口の栓。栓には名前がある。ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード。それが判るのはクロッドだけ。クロッドには物の声が聞こえるのだ。ばかりでなく、クロッドは物に対する特別な能力があった。
ルーシー・ペナントはフィルチングの少女。病気で両親を喪い、堆塵館で働くうちにクロッドと出会う。二人の出会いをきっかけに始まった騒動は、アイアマンガー一族とフィルチングを巻き込み、ロンドンにまで忍び寄り…
不思議な音感の言葉をふんだんに織り込み、リズミカルな文章で異様な人々と事件を、先の読めない驚きの連続な展開、そして著者自らのイラストで綴る、娯楽長編ファンタジイ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は IREMONGER BOOK 3 : LUNGDON, by Edward Carey, 2015。日本語版は2017年12月22日初版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約500頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント44字×20行×500頁=約440,000字、400字詰め原稿用紙で約1,100枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。
文章は相変わらずリズミカルで心地よく読める。もともと少年少女向けだし、難しい理屈は出てこない。ただしファンタジイなので、常識じゃありえない事が度々おこる。子供に戻って頭を柔らかくして読もう。
【感想は?】
解説によると、映画化の権利が売れたとか。それは是非とも観たい。
このシリーズらしいのが、ファンからのリクエスト。「監督はティム・バートンに!」。そう、たしかにティム・バートンならピッタリだ。
ティム・バートンが描くのは、社会からはみ出してしまう者たちだ。異形の者、奇形の者。「普通」に生きてゆく、ただそれだけの事が、どうしても出来ない者たち。この物語にも、そんなはみ出し者が次から次へと登場する。
ある者は打ちひしがれ、ある者は運命を受け入れ、ある者は元気いっぱいに暴れまわる。そして、徒党を組んで叛逆を目論む者もいる。
そういった者たちが潜む町として、ロンドンは実に相応しい。大英帝国の首都であり、疫病流行の震源地であり、また生きている人間より幽霊の方が多いと言われる町。急速に拡大し、路地裏には有象無象がたむろし、工場の煙は蛾すら黒く変えてしまう。
そんなロンドンに、アイアマンガー一族がやってくる。私たちが知っている LONDON を、LUNGDON にするために。
ゴミでのしあがったアイアマンガー一族だ。不思議な力を持つ者も多い。主人公のクロッドは、物の声が聞こえる。それだけじゃないのは、このシリーズの読者ならご存知だろう。確かにクロッドは特別だが、家長のウンビットを筆頭に、他にも不思議な力を持つ者はいて…
と、そんなアイアマンガー一族が、19世紀のロンドンに潜み、陰謀に向かい着々と計画を進めてゆく。もうこれだけで、お話としては充分に美味しいネタだ。
が、もちろん、それ以外にも読みどころは沢山ある。
その筆頭は、我らがヒロイン、赤毛のルーシー・ペナントが暴れまわるパート。気性の激しい暴れん坊、やられたらやり返す山猫娘。
「穢れの町」から次第にリーダーとしての素質を表し始めたルーシー、この第三部ではロンドン狭しと走り回る。汚物にまみれゴミに埋もれ、それでも生き延びるために暴れまわる。彼女の役を演じる役者さんは災難だなあw
クロッドの場面がビックリ仰天なアイデア満載なのに対し、ルーシーの場面は傷だらけになりながらの激しいアクションが中心。そのため、動きが多くて物語に勢いをもたらしてる。
加えて、新登場のゲストも相変わらずクセの強い連中が多い。私が気に入ったのは、真っ暗なロンドンを我が物顔で闊歩する角灯団。本来なら隅っこに押しやられてしまう者たちだが、アイアマンガー一族の潜入と共に起きた異常事態にいち早く立ち上がり、重要な役割を果たす。
こういう所が、本来の読者である少年少女たちに、たまらない魅力なんだろうなあ。こういう連中ってのは、普通の人が知らない所もよく知ってるし、まさしくピッタリな役どころ。
もちろん、レギュラー陣も負けずに頑張ってます。やはり期待をたがえずドス黒い輝きを放ちまくるのが、いじめっこの暴れん坊モーアカス。もともと異様に凶暴だったモーアカス、この巻では悪辣さが更に増し、悪知恵もパワーも数段アップして活躍しいてくれる。
表紙も書名も不気味で暗く陰鬱な雰囲気を漂わせているし、実際に前半はそういう場面も多い。が、完結編だけあって、特にこの巻の終盤では、大掛かりなスペクタクル・シーンが目白押し。ロンドン観光の目玉の一つ、アレまでナニして、それこそ怪獣映画のごとき阿鼻叫喚の場面が…
奇想天外のアイデア、歯切れよく読みやすい文章、激しいアクション、輝ける大英帝国の影に隠れた忌まわしい事実、虐げられたものたちの逆襲、強烈な個性を持つキャラクターたち。子供向けとはいえ、盛り込まれたサービスはてんこもり。読み始めたら止まらない、ケレン味たっぷりの娯楽大作だ。
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