エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作2 穢れの町」東京創元社 古屋美登里訳
「おれは仕立屋を見たよ。あの仕立屋だよ。しばらくのあいだ奴のポケットに入っていた」
――第3章 十シリング金貨の苦難の旅「山からあの赤ん坊を奪えば、壁は落ちる」
――第6章 この少年を見たことがありますか「穢れの町が騒がしい。よく聞こえない。しかしいるぞ。そこに。私は聞き漏らさない。アイアマンガー?」
――第11章 穢れの町の通りで「そうだ、クロッド・アイアマンガー。おまえがやらなければならない。おまえにはアイアマンガーの力が備わっている。それは間違いない。その力を正しく使うんだ」
――第12章 そこで約束がなされ、なにかが解ける「そんなこと、もうさせちゃいけない。立ち上がらなければ。もうこれ以上、あの人たちの好きにさせちゃいいけない。わたしたちの、戦う集団を作るの」
――第21章 門へ
【どんな本?】
イギリスの作家エドワード・ケアリーによる、グロテスクでユニークで奇想天外な10代の少年少女向け長編ファンタジイ、アイアマンガー三部作の第二部。
19世紀後半。ロンドン郊外に、巨大なゴミ捨て場がある。アイアマンガー一族はゴミで財を成し、ゴミの山の奥の堆塵館に君臨する。ゴミ山の隣はフィルチング区。今は穢れの町と呼ばれ、ロンドンから壁で隔離されていて、ゴミ山やアイアマンガー一族に依存する貧しい者たちが住む。
アイアマンガー一族の者は、生まれた時に特別な品「誕生の品」を贈られる。ドアの把手、安全ピン、曲がった鉗子、首つり用ロープ、踏み台などだ。誕生の品は、常に肌身離さず持つ。それが一族の掟だ。
クロッド・アイアマンガーは15歳。誕生の品は排水口の栓。栓には名前がある。ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード。それが判るのはクロッドだけ。クロッドには物の声が聞こえるのだ。
ルーシー・ペナントはフィルチングの少女。病気で両親を喪い、堆塵館で働くうちにクロッドと出会う。二人の出会いは堆塵館を、アイアマンガー一族を、そしてフィルチングを巻き込む大事件へと発展し…
不思議な音感の言葉をふんだんに織り込み、リズミカルな文章で異様な人々と事件を、先の読めない驚きの連続な展開、そして著者自らのイラストで綴る、娯楽長編ファンタジイ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は IREMONGER BOOK 2 :FOULSHAM, by Edward Carey, 2014。日本語版は2017年5月31日初版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約323頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント44字×20行×323頁=約284,240字、400字詰め原稿用紙で約710枚。文庫本なら厚めの一冊分。
文章はリズミカルで心地よく読める。たぶん原書もそうなんだろう。これを見事に日本語に写しとった翻訳者の工夫に敬服する。
少年少女向けのためか、難しい理屈は出てこない。ただしファンタジイなので、常識じゃありえない事が度々おこる。子供に戻って頭を柔らかくして読もう。
【感想は?】
世の中には、モノに名前をつける人がいる。そういう人には、麻薬のような魅力がある本だろう。
なんたって、モノがしゃべるのだ。第一部「堆塵館」の冒頭では、クロッドの特殊能力とされていた。確かに特殊能力ではあるんだが、それには秘密があって…
そんなわけで、「第3章 十シリング金貨の苦難の旅」の冒頭、パイの店の場面では、幼い頃に浸った妄想が蘇ってきたり。今でも私の〇〇の中では、××同士でおしゃべりしてるのかも。きっとアレが一番威張ってるんだろうなあ。デカいし重いしギザギザがあるし。
そんな童話っぽい楽しさが、ギッシリ詰まってるのが、このシリーズの嬉しい所。なんたって、読み始めてすぐ、お約束の台詞が飛び出すし。
「その金貨は決して使ってはならんぞ。いいな、ジェームズ・ヘンリー」
――第1章 子供部屋から見ると
「振り返るな」と言われれば振り返り、「覗いてはけない」と言われれば覗き、「入ってはいけない」と言われれば侵入するのがお約束。当然、読む者としては、「いつ、どうやって手放すんだろ?」と意地悪い期待をしながら読むわけですねw そしてもちろん、禁忌には秘密があると相場が決まってるし。
とかのお約束のパターンで読者を引っ張るかと思えば、想像の斜め上をいく発想を次から次へと繰り出すのも、このシリーズならでは。加えて場面の大半にゴミが絡んでるあたり、イギリス人らしいヒネクレ方だよなあ。
全般的に重くドンヨリした雰囲気だった第一部に対し、第二部ではチェイスやバトルなどのアクションも増え、かなりお話も人物も動きが多くなった。もともとお転婆なルーシーはもちろん、陰気なクロッドも暴れる場面が出てきたり。
でもキャラクターだと、主人公のクロッドとルーシーより、脇役の方が色々と強烈だったり。「第4章 ごみでできた男」で初登場のビナディットとかは、登場のインパクトじゃ群を抜いてる。もともとヒトとモノの境があやふやな物語なだけに、何者なのかと怪しみながら読むと…
このピナディットが「変装」する場面も、大笑いしてしまった。確かに正体はバレなくなるけど、「剥がれない」って、ヒドいじゃないかw
モノへの愛情があふれ出すのが、ホワイティング夫人。思い出の品を大切にする年配のご婦人は多いが、彼女の場合は…。まあ、このお話に出てくる人だし。何かのコレクターにとっては、格好の伴侶。もっとも、人には見られたくないモノを集めてる人は、チト困るかもw
そして、クロッドの運命を大きく変えるのが、「仕立屋」。きっとモデルはあの有名人(ヒント:1888年ロンドン)だろうなあ、と思ったり。
加えて、やっぱり出ましたモーアカス。相変わらず凶暴で凶悪で傲慢です。近づく者すべてを見下し罵り脅し殴り暴れまわる。やっぱりモーアカスはこうでなくちゃ。困った奴ばかりのアイアマンガー一族の中でも、最も悪辣な上に若く体力もあるからタチが悪い。
などと意表をついてくるのは人物ばかりではなく、もちろんストーリーも驚きの連続。最後も「おいおい、どうすんだよコレ!」で終わるので、次の「肺都」を用意して読み始めた方がいいかも。
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