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2018年5月24日 (木)

マリオ・リヴィオ「なぜこの方程式は解けないか? 天才数学者が見出した[シンメトリー]の秘密」早川書房 斉藤隆英訳

対称性は、科学と芸術、心理学と数学の橋渡しをする最高のツールだ。
  ――1 対称性

電子や陽子を多くもつ原子ほど、原子核と電子の間に働く電気的引力は強くなるため、水素原子より酸素原子は小さく、ウラン原子はさらに小さくなると考えられる(略)。ところが、事実はまるで違うことが実験から明らかになっている。電子の数に関係なく、原子の大きさはおおむね同じとわかっているのだ。
  ――1 対称性

どんな系でも、すべての対称変換の集合は必ず群になる。
  ――2 対称性を見る心の目

エヴァリスト・ガロア「私が提案した一般的命題は、それを応用するだれかが私の著作を念入りに読んだときに初めて完全に理解できるだろう」
  ――5 ロマンチックな数学者

アンリ・ポアンカレ「どんな数学も群の問題」
  ――6 群

「群が現れるか導入できるところでは必ず、混沌から単純さが結晶化した」
  ――7 対称性は世界を支配する

バートランド・ラッセル「物理学が数学的なのは、われわれが物理学の世界をよく知っているからではなく、ほとんど知らないからである。我々に見いだせるのは、物理学の数学的特性だけなのだ」
  ――8 世界で一番対称なのはだれ?

創造性で一番肝心なのは、一般の思い込みを打ち破り、既存の発想から抜け出す能力と言っていい。
  ――9 ロマンチックな天才へのレクイエム

【どんな本?】

 二次方程式 ax2 + bx + c = 0 となる x は、( -b ± ( b2 -4ac )(1/2) ) / 2a で計算できる。「解の公式」として有名な式だ。三次方程式と四次方程式の解き方は、16世紀にジェローラモ・カルダーノ(→Wikipedia)が著作「アルス・マグナ」で公にした。では、五次方程式は?

 この問題に挑んだ者は多い。中でも19世紀の若き天才二人、ニルス・ヘンリック・アーベル(→Wikipedia)とエヴァリスト・ガロア(→Wikipedia)は、画期的な方法で取り組む。特にガロアは、20歳そこそこで群論(→Wikipedia)への道を切り開く。

 これは後の数学に大きな変革をもたらすばかりでなく、物理学・言語学・文化人類学など数多の学術分野に多くの示唆を与え、偉大な発見の礎となる理論だった。

 方程式の解法が、結婚相手の決め方やルービック・キューブ、そして宇宙の姿と何の関係があるのか。ガロアは何を成したのか。そして、偉大な業績を残す天才には、どんな性質が備わっているのか。

 群論の誕生から現在までの成長を、「対称性」をキーワードとして語ると共に、若くして非業の死を遂げたエヴァリスト・ガロアの生涯を辿る、一般向けの数学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Equation that Couldn't be Solved : How Mathematical Genius Discovered the Language of Symmetry, by Mario Livio, 2006。日本語版は2007年1月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約361頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×20行×361頁=約324,900字、400字詰め原稿用紙で約813枚。文庫本なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章そのものは比較的にこなれている。意外と数学の能力は要らなくて、中学卒業程度でも充分についていける。私も二次方程式の解の公式はほとんど忘れていたが、それでも充分に楽しめた。

 ただし、群論を述べる所は、ややこしい言い回しが付きまとう。あくまでも「ややこしい」のであって、「難しい」わけじゃない。中学生程度の数学についていける人なら、あせらずじっくり読めば、群論の雰囲気は掴める。

 もっとも、あくまで雰囲気であって、群論そのものがマスターできるわけじゃない事は、念のためにお断りしておく。

【構成は?】

 ややこしい群論の雰囲気を伝えるため、全体の流れを工夫しているので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 1 対称性
  • 2 対称性を見る心の目
  • 3 方程式のまっただ中にいても忘れるな
  • 4 貧困に苛まされた数学者
  • 5 ロマンチックな数学者
  • 6 群
  • 7 対称性は世界を支配する
  • 8 世界で一番対称なのはだれ?
  • 9 ロマンチックな天才へのレクイエム
  • 訳者あとがき
  • 図版・引用出典/参考文献
  • 原註/付録

【感想は?】

 この本の面白さは、陰謀論に似ている。

 世の中には、いろんな問題がある。陰謀論は、一つの仮説で全ての問題を説明してしまう。曰くアトランティス、レムリア、ニャントロ星人…。

 ニャントロ星人ぐらい間抜けな名前ならネタだと思えるが、現実に居る人間だと、なんだか本当っぽい反面、その被害も冗談じゃ済まないんだが、それは置いて。多くの問題を解決できる一つの道具を手に入れた時、ヒトは強い高揚感を味わう。

 ナスカの地上絵は、地上からじゃ見えない。あまりに大きいので、上空から見ないとパターンが見えてこないのだ。あれを見るには、視点を変えなきゃいけない。大きなパターンを見つけるには、高い視点が必要なのだ。

 私のような駄目プログラマは、個々の問題を解くプログラムを作る。優れたプログラマは、多くの問題に共通するパターンを見つけ出し、そのパターンを解くプログラムを作る。更に優れたプログラマは、多くのパターンに共通するパターン=メタパターンを見つけ出し、メタパターンを解くプログラムを作る。

 駄目プログラマは個々の問題視か見ない。優れたプログラマは、問題からパターンを見出す。そして更に優れたプログラマは、パターンのパターンを見出す。優秀なプログラマは、視点が違うのだ。よりメタな視点で問題を見る者が、より優れたエンジニアとなる。

 ガロアは、これを数学の世界でやった。数学そのものを数学したのだ。その結果が群論だ。この本は、そういう物語だと、私は読んだ。

 群とは何か。これは2章に説明がある。私なりに説明してみよう。以下4つの条件をすべて満たすものが、群だ。ここでは整数と加算(足し算)からなる群を例に挙げる。整数を元、加算を操作と呼ぶ。

  1. 閉包:整数と整数を足したら、結果は必ず整数になる。
  2. 結合法則:どんな順番で足しても結果は同じになる。(x+y)+z=x+(y+z)。
  3. 単位元:x+a=xとなるaがある。整数だと0がソレ。
  4. 逆元:すべてのxは、x+y=0(単位元)となるyを持つ。整数だと、+2の逆元は-2。

 以上の4つを満たすシロモノを群と呼び、群の性質を探るのが群論だ。たぶん間違ってるけど←をい

 これの何が凄いかというと、これは数学そのものを表しているからだ。

 どんな論理体系であれ、それが群を成しているなら、群論で結果を予言できる。代数はもちろん、幾何学・集合論・論理学など、数学のあらゆる分野に群論は応用できる。「元」と「操作」に、いろいろなモノを当てはめていけばいい。

 今まで「四色問題」や「史上最大の発明アルゴリズム」を読んでもピンとこなかったが、多分これは群論が絡む所で躓いてたんだろうなあ、と今さらながらに思い知った。もっとも、プログラムにバグが一つとは限らないように、他にも躓きのもとはあるのかも知れないが。

 これは幾何学にも応用できて、ルービック・キューブにも群論は応用できる。グラフ理論に応用したのが、「バースト! 人間行動を支配するパターン」や「複雑な世界、単純な法則」や「スモールワールド・ネットワーク 世界を知るための新科学的思考法」だろう。

 また、「元」をデータに、「操作」を「演算子」や「関数」に当てはめれば、これはコンピュータのプログラムそのものだ。LISPには関数を返す関数なんてのもあるから、関数を元に組み込むと、更に世界は広がる。オラ、なんだかワクワクしてきたぞ。

 など、とんでもなく広い世界を、5次方程式の解法を求める過程で、ガロアは見つけてしまった。今まで「ガロアは天才だ」と言われてもピンとこなかったが、この本でその片鱗が掴めた…ような、気がする。

 終盤では、ガロアが切り開いた世界が、音楽や物理学にまでつながっていた由を説き、また天才が備える性質にも切り込んでゆく。ジミヘンやプリンスも、ある点じゃガロアに似てるなあ、と思ったり。

 世界の謎を解く鍵を与えてくれるという点で、この本は陰謀論に似ているし、読んでいる最中の高揚感も同じだ。残念ながら群論そのものについては雰囲気しかつかめないが、その面白さは充分に伝わってくる。世界の謎に迫るワクワク感が好きだけど、群論は知らない人にお薦め。

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