デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 3
ミハイル・ゴルバチョフ「われわれは負ける。なぜなら、いま現在、われわれはその能力の限界点まで来ているのだから」
――第11章 レイキャヴィクへの道それより何より、「サリー・シャガン」にはどうしても隠さなければならないものがあった。すなわち、ソ連の技術レベルがあまりにも立ち遅れているという、苦痛に満ちた現実である。
――第12章 武器よさらば1個あたり 通常兵器 $2000
核 $800
化学 $60
生物 $1
――第14章 失われた年マーガレット・サッチャー「われわれはミハイル(・ゴルバチョフ)を助けなければならない」
――第16章 不穏な年
デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 2 から続く。
【どんな本?】
長く続いた冷戦のさなか、核廃絶の夢をひそかに抱くロナルド・レーガンは、やっと話の出来る相手が出てきたと思い始めていた。ミハイル・ゴルバチョフ、彼は今までのソ連の指導者とは毛色が違う、と。
着々と改革に乗り出すゴルバチョフだったが、既にソ連を中心とした共産主義は限界に達していた。チェルノブイリの原発事故、赤の広場に降り立つセスナ機、相次ぐ亡命、そしてベルリンの壁崩壊。それらは、改革を目指すゴルバチョフの足元も突き崩してゆく。
しかし、その陰で、人類を滅ぼしかねない凶悪な兵器の開発だけは、着々と進んでいた。
冷戦末期、核廃絶を求めた指導者たちの姿と、機密に包まれた兵器開発やスパイ合戦の実像を描く、国際ドキュメンタリー。
【チェルノブイリ】
確かにソ連の末期は酷かった。ほころびが見え始めたのは、1986年のチェルノブイリ原発事故だろう。
それまでも、人の流れで揃うとでもなんとなく想像はできた。ソ連から逃げてくる人は多いが、逆は滅多にいない。向こうの暮らしは辛いんだろう、ぐらいの事は誰でも想像がつく。
これが確信にかわったのが、チェルノブイリ原発事故だ。日本でもスウェーデンなどから汚染物質検知のニュースが入ってくるが、肝心のソ連からは何の発表もない。余程ヤバくて言えないんだろう、と私は思っていた。
が、実態はもっと酷かった。国のトップですら、何が起きたのか分からなかったのだ。「原発所長が最初にとった行動のひとつは、チェルノブイリ周辺の不要不急の電話回線を閉じることだった」。現場の責任者が、まず隠蔽を画策したのである。そして防護服すら与えず兵を派遣する。
などの後処理もショッキングだが、事故が起きた原因もわかりやすく書いている。
炉に冷却水を送るポンプは電動だ。電源を切っても、惰性で暫くは回り続ける。なら、惰性で炉に冷却水を送れるんじゃね? ちょっと試してみよう。
と思いついて試すのはいいが、現場の運転員に「どんな目的で何をするのか」をちゃんと知らせていない上に、原子炉の設計にも欠陥があった。運転員は馬鹿正直に手順書に従い…
「いいから黙って言うとおりにしろ」と命じたくなる時は、ある。でも部下を馬鹿扱いするボスには、無能な部下しかつかないだよなあ。
【最強兵器】
更に追い打ちをかけたのが、1987年5月に赤に広場におりたったセスナ機。かのマティアス・ルスト(→Wikipedia)君だ。大韓航空機撃墜事件もそうだが、これもソ連防空網のほころびを象徴する事件だった。
ソコロフ国防相や防空軍のトップをはじめ、「およそ150人の上級将校」の首を飛ばしたため、西側の最強兵器なんて言われた。が、どうもゴルバチョフはこの事件を利用して軍のウザい連中を始末した気配もある。
ちなみに当時のソ連の権力を握るのは五つの組織。曰く「国防省、外務省、KGB、軍事工業委員会、中央委員会」。日本だと財務省が最強で、経産省が二番手って感じ。国防第一のソ連、経済重視の日本と、国の性格の違いがよく出てるなあ。
【軍とカネ】
往々にして軍は経済観念に乏しいもんだが、ソ連もご多分に漏れず。
「セルゲイ・コロリョフ ロシア宇宙開発の巨星の生涯」でも、とにかくロケット技術は作って飛ばしの繰り返しで進むもの、みたいな大雑把な感覚で、風洞実験やシミュレーションとかのシミったれた事は一切考えず予算を湯水のごとく使う、ソ連ロケット開発の贅沢な姿を描いてた。
これは軍も同じで「なかでも海軍は最悪だった」。タイフーン級潜水艦の発射手順訓練でも、「200室のアバートを建設できる」価格の本物のミサイルを撃ちまくる。訓練の目的は発射手順を乗員に仕込む事なので、「中にコンクリートを詰めた訓練用ミサイルでも、乗員にとっては何ら変わりがない」。
日々やりくりに苦労している防衛相や自衛隊の人は、どう思うんだろう。
【逃した魚】
そんな中、ソ連から逃げ出す兵器研究者たち。中でも笑っちゃうのが、ウラジーミル・バセチニク。生物兵器を統括する「バイオプレパラト」で、病原体を凝縮し、また微粒子にして噴霧する研究所の管理職。彼はフランス出張を利用して亡命するんだが…
カナダ大使館まで歩いていき、ドアをノックし、こう告げていた。自分はソ連の秘密生物兵器研究機関の科学者で、貴国に亡命したのだがと。
――第15章 最大の突破
これに対するカナダ大使館は「バセチニクに門前払いを喰らわせた」。おツムがアレな人と思ったんだろうか。幸いイギリスは彼を温かく迎えたんだが、ソ連の生物兵器開発の実態を語る彼の証言に度肝を抜かれる。「そんなものはない」ってのが、ソ連の表向きの態度だったからだ。
ちなみにバックパッカーの間では、困った時に駆け込むなら日本大使館よりアメリカ大使館にしろ、なんて話もあって。日本大使館はカナダみたく追い払われるけど、アメリカはとりあえず保護してくれるとか。いや試したことはないけど、瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件(→Wikipedia)じゃ…
その実体は、次の記事で。
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