デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 2
ロナルド・レーガン「その人間になりきるという、昔ながらの役者のテクニックを試してみた。別の人間の目から、世界がどのように見えるかを想像し、観客がそうした私の目をとおして、世界を見るのを助けるのだ」
――第7章 アメリカの夜明けロナルド・レーガン「核戦争に勝利者はなく、ゆえに決して戦ってはならないのです」
――第10章 剣と楯
デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 1 から続く。
【どんな本?】
冷戦が続く1980年代。ソビエト連邦の指導部は生気の失せた老人が支配し、あらゆる変化を頑迷に拒んでいた。増え続ける軍事負担は国家の産業構造を歪め、特に先進技術において取り返しのつかない遅れを生み出していた。
対する合衆国大統領ロナルド・レーガンは、核兵器の廃絶を夢見て、核ミサイルを迎え撃つSDI(戦略防衛構想、Strategic Defense Initiative、→Wikipedia)をブチあげる。
そこに新しい男が登場する。ミハイル・ゴルバチョフ。マーガレット・サッチャーは変化の匂いを嗅ぎつけ、レーガンは「彼となら話し合いができるのではないか」と希望の光を見る。だが、その影では、CIA・MI6そしてKGBが熾烈な駆け引きを演じ、また軍も人類を滅ぼしかねない兵器の開発に余念がなかった。
冷戦時代の舞台裏を描く、白熱のドキュメンタリー。
【まずニュース】
前の記事で「プーチンは核の引き金を軽くしている(→「力の信奉者ロシア その思想と戦略」)」と書いた直後に、「ロシア軍事費、1998年以来のマイナスに」(AFP)なんて記事を見つけた。どうも経済制裁のダメージが軍事費にまで押し寄せたって事らしい。
もっとも、軍事費を誤魔化す手口は色々あって。例えばウクライナへの介入は「義勇兵」だし、シリアには民間軍事会社を使ってる。日本だと、確か軍人恩給は厚労省(*)防衛相じゃなく総務省の管轄なので軍事費には入らない。また、下巻に詳しいんだが、ソ連は民生用を装う手口を使ってた。
*2018.05.04訂正。こういうのはちゃんと調べてから書かないと駄目ですね。
それはともかく。今、東欧が崩壊する所を読んでいて、朝鮮半島情勢を思わせ、とっても生々しく感じる。先のニュースも…
【圧壊】
現ロシアの軍事費削減は経済の不調の影響だ。当時のソ連の軍事費も、増える一方で…
「前回の五カ年計画の期間中、軍の支出は、国民所得の二倍の勢いで成長した。
――第10章 剣と楯
まあ、それも国民所得が増えてるって前提での話で。共産主義国の統計は、「毛沢東の大飢饉」を読むと信頼性はかなり疑問なんだが、まあそれは置いて…
状況をさらに悪化させているのは、問題の分析すらできないという事実である。軍産複合体にかんするあらゆる数字は、機密扱いなのだ。たとえ政治局のメンバーであろうと、その閲覧は叶わないのだ
――第10章 剣と楯
と、実体すらわからないってんだから、酷い話だ。それでも一応の目安は出ていて…
1985年、防衛関連産業の全体的規模は、ソ連経済の20%に相当したとカターエフは推計している。
――第10章 剣と楯
まあ、それじゃ国も亡びるだろうねえ。加えてKGBの職員や御用聞きも多かったみたいだし。
それぐらい熱心に軍備増強を図ったのに、兵器の出来具合はイマイチで。自動小銃の名作AK47は製作時の加工精度が悪くてもチャンと動くのが長所のひとつ。またソ連製の戦闘機は安いけどエンジンがすぐにダメになるって噂がある。
というのも、兵器の土台となる金属の純度や材質、そして製作時の精度も悪いので、ロクなモノが作れない。要は軍事産業の基盤となる工業が、軍事費の負担に負けてグズグズだったのだ。
【SDI】
更にソ連を追い詰めたのが、SDI。西側じゃ評判悪いが、ソ連の首脳はこれに相当ビビったらしく、対抗策をあれこれと考える。チャフや囮ミサイルで目をくらませる、弾頭数を増やした飽和攻撃、そして同等のレーザー迎撃システム。
これらの迷走が、更にソビエト経済を圧迫してゆく。おまけにサウジアラビアの石油増産による原油価格の下落は、ソ連の主な外貨獲得手段である原油輸出も痛めつけ、「モスクワは年間200憶ドルを失ったという」。踏んだり蹴ったりですな。
ただし、レーガンの出方も大胆だ。
もしこれが機能するようなら、このシステム(SDI)をソ連側にもシェアするつもりであると(ゴルバチョフに)語った。
――第10章 剣と楯
しかし、ゴルバチョフはあくまでもSDIを拒み、後の軍縮交渉でもSDIが障害となって話が進まなくなる。彼が何を恐れたのか、どうもよくわからない。
【影の男たち】
などと表舞台が動く陰で、スパイは仕事に励む。
ここは二重スパイ三重スパイは入り乱れる話で、結構ややこしいのだが、じっくり読む価値があるし、実際にとっても面白い。
最初に登場するのは、1970年代~1980年代、KGBロンドン支局に勤めるオレグ・ゴルディエフスキー。西側の暮らしに触れた彼は、共産主義に幻滅してゆく。そんな彼の上司は、RYAN(核の第一撃)を恐れ…
「接触している相手を総動員して、パーシングにも巡航ミサイルにも反対するキャンペーンを立ち上げるのだ!」
――第2章 ウォーゲーム
今もロシアはインターネットでアメリカ大統領選にチョッカイ出したりしてるが、昔から似たような真似をやってたのだ。反戦運動の一部は、彼らが扇動してたんだろうなあ。あくまでも一部は、だけど。
加えて、ボスが望む情報を渡さないと、ボスの機嫌が悪くなり評価が落ちる。そこで部下もボスの思い込みに沿ったネタばかりを送り付け、それが更にボスの思い込みを強化し…ってな悪循環に落ち込む。大きな組織にはありがあちな構図だね。
なんてKGBも間抜けなら、CIAも負けず劣らずの失態を演じ…
【終わりに】
今のところはスパイ関係とソ連の暗部ネタが面白い。やっぱり隠された所に魅力を感じるスケベ根性のせいだろうか。などと言いつつ、次の記事に続く。
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