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2018年4月 3日 (火)

ジョエル・ベスト「統計はこうしてウソをつく だまされないための統計学入門」白揚社 林大訳

この本は、おかしい統計についての本、おかしい統計がどこから生まれ、なぜなかなか消え去らないのかについての本である。
  ――はじめに

私たちが何らかの社会問題に気づき、心配しはじめるのは、普通、さまざまな問題宣伝者――活動家、記者、専門家、公職者、民間組織――の努力の結果である。
  ――1 社会統計の重要性

活動家は、広い定義に基づく大きな数字と、最も深刻なケースという関心を引きつける例を組み合わせて用いる。
  ――2 ソフトファクト おかしい統計の根源

報道機関は群集の規模をめぐる論争に興味をもったが、記者は概してただ相対立する数字を伝えただけだった。おおかたの記者はそれぞれの数字がどのように導き出されたのかを理解する努力などしなかった。
  ――5 スタット・ウォーズ 社会統計をめぐる紛争

【どんな本?】

 アメリカは弁護士が多い、と言われる。日本では人口1万人当たり1人ぐらいなのに対し、アメリカでは1万人あたり28人もいる、と。このように具体的な数字を出されると、いかにも本当らしく聞こえる。だが、その実体は…

 世論調査や政策決定には、よく統計数字が使われる。マスコミも「〇分に一人が云々」などと報じるし、広告でも「当社比で×%」などと数字を出す。だが、それらはどれぐらい信用できるのだろうか。どんな数字が信用できて、どんな数字を疑うべきなんだろうか。

 社会学者として統計数字に接する機会の多い著者が、世に流布する様々な「おかしい」数字について、なぜおかしくなるのか、どんな経緯でおかしくなるのか、そしてどんな意図でおかしくするのかなど、異様な数字が出てくる原因を探り、私たちが確かめるべき事柄を示す、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Damned Lies ans Statistics : Untangling Numbers from the Media, Politicians, and Activists, by Joel Best, 2001。日本語版は2002年11月10日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約207頁に加え、訳者あとがき3頁。9.5ポイント42字×15行×207頁=約130,410字、400字詰め原稿用紙で約327枚。文庫本なら薄めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。一部にややこしい理屈が出てくるが、「何か面倒くさいことを言ってるんだな」程度に捕えても、だいたいは通じる。たぶん最も難しい統計用語は「オッズ」(→Wikipedia)だろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに 最悪の社会統計
  • 1 社会統計の重要性
    • 社会統計の台頭
    • 社会問題をつくりだす
    • 数字オンチの受け手としての一般大衆
    • 組織慣行と公式統計
    • 統計を社会的産物として考える
    • 本書の構想
  • 2 ソフトファクト おかしい統計の根源
    • 当て推量
    • 定義
    • 計測
    • 標本抽出
    • よい統計の特徴
  • 3 突然変異統計 数字をおかしくする方法
    • 一般化 初歩的な種類の誤り
      疑わしい定義/不適当な計測/まずい標本
    • 変換 統計の意味を変える
    • 混乱 複雑な統計をねじ曲げる
    • 複合的な誤り おかしい統計の連鎖をつくりだす
    • 突然変異統計の根源
  • 4 リンゴとオレンジ 不適切な比較
    • 異なる時点の比較
      計測方法の変化/変わらない尺度/予測
    • 異なる場所の比較
    • 集団間の比較
    • 社会問題の比較
    • 比較の論理
  • 5 スタット・ウォーズ 社会統計をめぐる紛争
    • 特定の数字をめぐって論争する 100万人が行進したのか
    • データ収集をめぐって論争する 国勢調査はどのように人口を数えるか
    • 統計と争点
    • 統計の権威を主張する
    • スタット・ウォーズを解釈する
  • 6 社会統計を考える 批判的アプローチ
    • 素朴な人々
    • シニカルな人々
    • 批判的な人々
    • 避けられないものに立ち向かう
  • 謝辞/訳者あとがき/註/索引

【感想は?】

 内容的には「統計という名のウソ」「あやしい統計フィールドガイド」と、ほぼ同じ。というか、本書が「柳の下の最初のドジョウ」なんだけど。

 どれか一冊だけを選ぶなら、私は「統計という名のウソ」が一番好き。そこそこ量もあるし、具体例と理論のバランスもいい。文章の構成も、一般の読者に向けた書き方に慣れてきた感がある。「あやしい統計フィールドガイド」は、無理してネタをひねり出した雰囲気が漂ってるし。

 と、テーマそのものは他の二冊とほぼ同じなので、続けて読むと、ちとクドく感じたり。それでも、出てくる具体例はそれぞれ違うので、雑学としての様々な数字が好きな人には、それなりの楽しみがある。

 なんたって、いきなり衝撃的な例が出てくるのだ。とある論文の一節に、こうあった。曰く「米国で銃によって殺される子供の数は、1950年以来、年ごとに倍増している」。

 これのどこがおかしいか、IT関係の職に就いている者なら、すぐピンとくるだろう。毎年倍に増えるとなると、数字は雪だるま式に膨れ上がってゆく。1年なら倍で済むが、10年で千倍以上、20年で百万倍以上、30年で十億倍以上に増えてしまう。アメリカの全人口(約3憶)より遥かに多い。

要は2のn乗だ。ちなみに2の10乗は1024≒1K(キロ),20乗は1,048,576≒1M(メガ),30乗は1,073,741,824≒1G(ギガ)となる。

 なんでこんな数字が出てきたか、というと。元はCDF(児童保護基金)の「1994年版 米国の児童の現状に関する年報」。そこには、こうあった。「1年間に米国で銃によって殺される子供の数は、1950年以来倍増している」。

 毎年増えている、じゃないのだ。1950年と比べて、1994年は倍になった、と言っている(または、1950年には1994年の半分だった)。ちょっとした言い間違いが、大変な違いを生み出してしまう。

 最初に出した日米の弁護士の数の差は、もっと微妙な違いによるものだ。実はここ、今になって Wikipedia を調べて気づいたんだが、本書の訳文はちとわかりにくい。要は、「弁護士」と「lawer」の違いだ。

 いずれも、「法学の学位を取得して司法試験に合格した人」を示すと思っていい。「法学の学位を取り」、かつ、「司法試験に合格した人」だ。ここでは、日米の司法試験の違いが原因となる。

 日本の司法試験は難関試験の代名詞みたいなモンで、司法浪人なんて言葉もあるくらいだ。Wikipedia によると、2010年以降の合格率は25%前後の狭き門。よって、法学部を出ても司法試験を受けない人は多い。そういう人は、政府や企業の法律部門で働くが、「弁護士」ではない。

 対してアメリカの司法試験は、「司法試験を受ける人の大半は合格する」。なんじゃい、そりゃ。そして、合格者の大半は、やっぱり政府や企業の法律部門で働き、「lawer」と呼ばれる。

 つまり、「法学の学位は持っているが、弁護士業には就かず政府や企業の法律部門で働いている人」を、アメリカはカウントしていて、日本ではカウントしていない。この差が、日米の弁護士数の違いなわけ。こういう、定義や言葉の違いが数字の違いとなって出ている場合も、統計にはあるのだ。

 これに政治が絡むと、事は更に面倒になる。なにせ賛否双方に思惑があるので、いずれも譲らない。ここではネイション・オヴ・イスラム(→Wikipedia)の1995年の百万人大行進が印象深い。主催者側は参加者数が百万人を超えたと主張するが、「公園警察は40万と見積もった」。

 倍以上の違いだ。当時、公園警察は散々に罵られたが、著者は公園警察が妥当だろうとしている。ちなみに、公園警察によると、百万人を超えたのは二回だけで、「1965年のリンドン・ジョンソンの大統領就任式と1976年の建国200年祭」。ジョンソンって人気あったんだなあ。

 ってのは置いて。困った事に、マスコミは「百万を超えたか否か」だけに焦点を当てて報じた。過去に同規模のデモはあったか、他の有名なデモは何人ぐらいだったかなど、他と比べる報道はほとんどなかった。比べていれば、私たちの受ける印象はだいぶ違っていただろう。

 ある意味、ペテンの手口を暴く本でもある。なので、「真相はいかに?」みたいな下世話な興味で読んでも面白い。頁数も少ないし、意外なエピソードも多い。堅苦しく構えず、気楽に読もう。

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