ジョエル・ベスト「統計という名のウソ 数字の正体、データのたくらみ」白揚社 林大訳
人々は敵の述べるひどい統計の例は好きだが、自分の述べる数字を批判されるのは好まない。
――はしがき 人が数える所得分布はしばしば数字のばらつきが大きいので中央値(→Wikipedia)が尺度として好まれ、平均的な値をよりよく表すものとして用いられる。
――2 混乱を招く数字私たちが社会問題について語るとき――私たちが知っているような暮らしぶりをおびやかす大きな問題について語るときさえ――複雑なものを単純化してしまいがちだ。
――3 恐ろしい数字私たちは、どんな数字も、数字がないよりはましだと信じているようであり、時として、手に入る数字ならどんなものにも飛びついて、自分の混乱を小さくしようとすることもある。
――4 権威ある数字多くの人が、自分の見方を正当化するために科学者を名乗る。
――5 魔術的な数字私たちが扱ったトピックは計算の問題ではない。(略)だれが数えているのか――誰が数字をつくりだすのか、なぜ数字をつくりだすのか、どんな人がそれを消費するのか、そうした数字はどのように理解され、利用されるのか――に焦点を合わせてきた。
――7 統計リテラシーに向けて?
【どんな本?】
アメリカでは学校での銃乱射事件が後を絶たない。また、年間200万人の子供がいなくなるという。日本でも、児童虐待の件数は毎年のように最多を更新している。子供の環境は悪くなる一方
…なんだろうか。
厚生労働省の2016年の資料では、主な要因に「国民や関係機関の児童虐待に対する意識が高まったことに伴う通告の増加」を挙げている。つまりは、国民の児童虐待に対する目が厳しくなった、そういう事らしい。少なくとも、厚生労働省はそう考えている。
私たちの周りには、数字が満ち溢れている。だが、その数字は何を意味しているんだろうか。どんな風に集めた数字なんだろうか。誰が、どんな目的で出した数字なんだろうか。
社会学の教授を勤める著者が、ニュースや風聞や政策の根拠とされる数字について、「もう少し突っ込んで考えよう」と注意を促す、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は More Damned Lies and Statistics : How Numbers Confuse Public Issues, by Joel Best, 2004。日本語版は2007年10月31日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約244頁に加え、訳者あとがき3頁。9.5ポイント42字×15行×244頁=約153,720字、400字詰め原稿用紙で約385枚。文庫本ならやや薄めの一冊分。
文章は比較的にこなれている。数学が苦手な人は、書名に「統計」が入っているので、ちとビビるかもしれない。が、心配ご無用。本書を読む上で最も難しい統計用語は「中央値」だ。順番に並べて、真ん中の値である。これと「平均値」の違いが判れば、充分に読みこなせる。
あと、私は「アドボケート」がわからなかった。英語では Advocate、政策などを主張する人、みたいな意味らしい。
【構成は?】
各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
- はしがき 人が数える
- 1 抜け落ちている数字
- 実例の力
- 計算不可能なもの
- 数えられることのないもの
- 忘れられた数字
- 伝説的な数字
- 何が抜け落ちているのか
- 2 混乱を招く数字
- 単純な数字の複雑さ
平均的な値/割合/相関の意味 - グラフに混乱する
見た目を重んじることの悪影響/選択 - 混乱について
- 単純な数字の複雑さ
- 3 恐ろしい数字
- 恐ろしい用語で社会問題を記述する
問題の規模を測る/動向の問題点/黙示録がまもなく現実に? - リスク
リスクを推定する/離婚のリスク - トレードオフと思い込みに基づく悲観主義
- 恐ろしい用語で社会問題を記述する
- 4 権威ある数字
- 科学研究の成果を際立たせる
- 公式記録の曖昧さ
- 権威のもろさ
- 5 魔術的な数字
- 水着特集号のモデルになる
- 魔術的な数字と組織的な数字のゲーム
- 学校を査定する
- 人権プロファイリング
- 魔術の用意
- 6 論議を呼ぶ数字
- ジャンクサイエンス?
- スピンとサクランボ摘み
- 米国のイスラム教徒とユダヤ教徒の数を見積もる
- 福祉改革の結果
- 数字を巡って言い争う
- 7 統計リテラシーに向けて?
- すでに統計を教えているのではないか?
- 統計リテラシー教育の責任を割り当てる
- 統計リテラシー運動
- 問題と展望
- 謝辞/訳者あとがき/註/索引
【感想は?】
繰り返す。これは数学の本ではない。そもそも、著者は数学じゃなくて社会学の教授だし。
手前味噌で申し訳ないが、私もブログをやっているので、ちと考えたことがある。「普通、ブログって、どれぐらいの人が見てくれるんだろうか?」 で、こんな記事を書いた。
当時、ココログには、アクセス数順で自分のブログが何位か調べる機能があった。これを使い、アクセス数ごとのブログの数を調べたのだ。予想通り、人気があるブログはごく一部で、大半のブログは閑古鳥が鳴いている。要は反比例の関係で、アクセス数が倍になると、該当するブログは半分になる。
ここでは「半分以上のブログはアクセス数3以下」と挑発的なタイトルをつけた。が、色々と突っ込み所満載だ。例えば三日坊主で捨てられた野良ブログや、パスワードをつけて本人しか見れない日記代わりのブログは、勘定に入れていいんだろうか? そもそもブログの総数が分からないってのも酷い。
と、数字の元が私なら、たいていの読者は「なんか怪しいよなあ」って目で見る。が、「~大学教授」とか「○○新聞」とかだと、なんか信用できそうに思えてしまう。
そうでもないぞ、と警告するのが、この本の趣旨だ。そのために、多くの例を挙げて、それぞれの数字がどうやって出てきたか、どんな突っ込みどころがあるのか、なんでそんな数字になるのか、種明かししてくれる本である。
やはり解りやすいのが、テレビや新聞のニュースだろう。アメリカでは、校内乱射事件が多発している。
この本では「多発する」と訳してあるが、日本のニュースじゃ「相次いでいる」をよく使う。これ増えているように感じるけど、実はそうじゃない。増えてないけど、増えてるように思わせるために、「相次いでいる」と言うのだ(「日本の殺人」)。
これは校内乱射事件も同じで、統計を見ると、実は増えちゃいない。が、それじゃ番組として面白くない。何より、ヒトは事件の裏にストーリーを求める。
者は、ニュースになる事件を、広がりを見せているパターンや問題の事例として描写できるよう、社会的状況との関連でその出来事のもつ意味を探るようになっている。
――1 抜け落ちている数字
「キレたガキが暴れるなんて昔からよくある話」じゃ、つまんないし。近ごろは学校が荒れている、とした方が、番組としてエキサイティングだ。銃や暴力ゲームを規制する、いい根拠にもなるし。
にしても、校内乱射事件は昔からよくあったってのも、凄いよなあ。
そんな風に、マスコミの報道には、どうしても偏りがある。マスコミだけじゃない。銃犯罪の多寡についてNRAと銃規制派は違う見解を示すだろう。そんな風に、様々な数字が、なぜ偏るのか、どんな風に偏るのか、または偏っているように感じるのかを書いたのが、この本だ。
え?校内乱射事件は数字が出てないだろ? バレたかw これもトリックの一つだ。敢えて数字を出さず、「多発」「相次いでいる」とする。「抜け落ちている数字」というトリックである。
ちゃんと数字が出ている例では、アメリカのイスラム教徒人口が凄い。曰く…
米国のイスラム教徒人口についての最近の見積もりは、200万足らずから1000万近くにまで及ぶ。
――6 論議を呼ぶ数字
数え方によって200万人にもなるし、1000万人にもなる、そういう事だ。にしても、五倍もの違いが出るとは。ところで、この中には、マルコムXやモハメド・アリで有名なネーション・オブ・イスラムなども入っているんだろうか?
更に話は逸れるが、日本の宗教信者も不思議だ。文部科学省の2016年12月31日の発表によると、1憶8千万を越えてる(→宗教統計調査 平成29年度より、.xls形式)。日本の人口より多いじゃんw 元の数字は、各宗教団体が文部科学省に報告した信者数。とすると、一人の人が複数の宗教に属しているのか、宗教団体が過大に報告してるのか、他に事情があるのか、どうなんだろう?
などと、著者が挙げる個々の例を見るもの面白いが、この本で鍛えた目で、自分なりに様々な統計を漁ってみると、更に楽しみが増す。数字ってのは、スルメみたく、噛めば噛むほど味が出てくるものらしい。
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