大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2012 極光星群」創元SF文庫
「広瀬は仮想の音を聴くだけでなく、氷波の動きを体感したいと言い出した。C環の巨大波で、サーフィンをしてみたいと」
――氷波「魂とは何だ?」
――機巧のイヴ「何かが、人間よりも上手に自然を理解しはじめたのさ」
――内在天文学SFは風刺であるという。SFは文明批評であるという。だが私はいま知っている。SFは未来をつくるのだ。
――Wonderful Worldむかし、ぼくらは三人いた。先頭はノチユ、二番手はレラ、最後はぼく――
三人は十億キロ、六十光秒の総体距離を保ち、直線隊列を組んで宇宙を旅していた。
――銀河風帆走
【どんな本?】
2012年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第四回創元SF短編賞受賞作の「銀河風帆走」を収めた、年間日本SF短編アンソロジー。
1960年代の日本SFの香りがする「群れ」,トボけた味の漫画「とっておきの脇差」,映画にしたら映えそうな「ウェイプスウィード」,直球ド真ん中の本格SF「銀河風帆走」など、バラエティ豊かな作品が味わえる短編集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2013年6月28日初版。文庫本で縦一段組み、約507頁。8ポイント42字×18行×507頁=約383,292字、400字詰め原稿用紙で約959枚。上下巻に分けてもいい分量。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。
- 序文:日下三蔵
- 星間野球 / 宮内悠介 / 小説野生時代2012年12月号付録
- 採算が取れず、見捨てられかけている宇宙ステーションが、半世紀以上前の人工衛星を回収した。入っていたのは、タイムカプセル。子供たちの記念品らしきものが詰まっている。その中には野球盤もあった。ステーションの二人だけの要員マイケルと杉村は、野球盤で遊びはじめ…
- 元は「盤上の夜」用のアイデアだったとか。あのシリーズだと、「清められた卓」に雰囲気が似てるかも。いい歳こいた野郎二人が、野球盤に熱くなっていく様子が可愛いやらおかしいやら。「男の子」だった人には、懐かしさと「ニヤリ」が詰まった楽しい作品。
- 氷波 / 上田早夕里 / 読楽2012年5月号
- 人工知性222こと<トリプルツー>は、土星の衛星ミマスで観測任務を続けていた。そこに客が現れる。総合芸術家である広瀬貴之の精神をコピーした人工知性タカユキだ。土星のC環の波打ち現象の<音>を聴くためだ。
- いかにも機械的な反応を示しながらも、意外と親切に説明してくれる<トリプルツー>が可愛い。それに懲りずに会話を続けるタカユキも。土星のC環が引き起こす波の壮大さが凄い。それでサーフィンして何かを得ようとするヒトの意味不明さと、クールなトリプルツーの対比もいい。
- 乾緑郎 / 機巧のイヴ / 小説新潮2012年11月号
- 幕府精煉方手伝、釘宮久蔵。肩書には釣り合わぬ大きな屋敷に住む、六十ほどの男。人そっくりの機巧人形を作ると言われている。ここを訪ねてきたのは仁左衛門、牛山藩の藩士。「ある女に似せた機巧人形を作ってもらいたい」。
- 最初に読んだ時は、人とロボットの違いの曖昧さを描いた作品かと思った。が、妙にAIがもてはやされている今となっては、だいぶ印象が違ってくる。世の人が思うほど今のディープラーニング式のAIは万能じゃないのは幸いだが、将来は果たして。
- 群れ / 山口雅也 / ミステリマガジン2012年7月号
- 私と影山は、展望ラウンジから渋谷ハチ公前の交差点を見下ろしている。交差点を行き交う人が、妙な動きを見せる。群衆が長方形・V字編隊・ドーナツ型・五芒星などの隊形を組んでいる。信号が青に変わると、隊形を崩さず、他の群れとすれ違い、それぞれの方向へ向かい…
- この雰囲気は、1960年代~70年代の日本SFの感じだ。小道具は今風だけど、半村良の短編が持つトボけた味わいが蘇る。「逃げ出すロボット」とか、あったら面白いなあ。きっと売れないけどw
- 百万本の薔薇 / 高野史緒 / 小説現代2012年12月号
- 流行歌にカブれたのか、コズロフ書記は赤いバラのこだわりはじめた。おかげで冴えない実験技術者のフィーリンにも機会が回ってきた。上手くこなせば名前を憶えてもらえるだろう。向かうはグルジアの「バラの町」。不審死が相次いでいるらしい。
- 著者お得意のソ連を舞台とした作品。歌を Wikipedia で調べたら、複雑な背景があるみたい。Youtube にもあった。お偉方の機嫌で決まる地位、何を買うにも行列の流通、位置すら秘密の町など、いかにもソ連な描写が鮮やか。
- 無情のうた「UN-GO」第二話(坂口安吾「明治開化 安吾捕物帖 ああ無情」より) / 會川昇 / スタイル「ANIMESTYLE ARCHIVE UN-GO會川昇脚本集」
- 白タクから降りた女は、運転手に無理やり頼み込む。大切な荷物を忘れた、取ってきてくれ、と。指示されたとおり、荷物の受け取りに向かった先は、投資家の長田久子の屋敷。そこでスーツケースを受け取ったはいいが…
- アニメの脚本。「何をどう映すか」まで指示が入っているんだなあ、なんて感心してしまった。現代日本とは異なる歴史を重ねたらしき、少し未来の日本を舞台にした、殺人事件の謎を解くミステリ。社会背景がにじみ出てくる仕掛けが見事。
- とっておきの脇差 / 平方イコルスン / 成程
- 漫画。高速道路を走る車に乗る三人。うち一人が叫ぶ。「忘れた」。
- スクリーン・トーンを使わない絵柄と、手書きのフキダシ。でも「執拗な描き込み」な感はなく、空白を活かしたコマも多く、この人の独特のヌケた味を出している。版の小さい文庫本で絵柄をじっくり味わえないのが惜しい。
- 奴隷 / 西崎憲 / 飛行士と東京の雨の森
- 夏の半ば。義母が亡くなり五カ月ほど経ったころ、芙巳子は奴隷を買おうと思い立つ。夫の聡も賛成してくれた。今までは自分で何かを計画したことはなく、親や友人や義母に任せてきた芙巳子。使用人の吉川や珠美の助けを借りて調べ始めるが…
- ハイソな奥方様の暮らしが、なかなかにカルチャー・ショック。食べるものまで自分で決めたことがないってのは凄い。改めて考えてみると、自分で自分の食事を決められないのは同じだよなあ。
- 内在天文学 / 円城塔 / THE FUTURE IS JAPANESE
- 僕とリオが住むのは、どこまでも続く平原にある小さな町。線路が端をかすめる。星空には、無数の星が新たに出現し、かつての星座の多くはわからなくなった。リオが言う。「そろそろオリオン座が振り向くはずだ」。
- 「エレベーターのパラドックス」って、本当にあるんだなあ(→Wikipedia)。フレドリック・ブラウンやR・A・ッラファティ、そしてスター・トレックなどの小ネタを挟みつつ、宇宙と認識の問題を問いかけ…ているのか、おちょくっているのか。
- ウェイプスウィード / 瀬尾つかさ / SFマガジン2012年2月号&3月号
- 25世紀。地球は海面が上昇、人類はわずかな人数を島嶼部に残し、多くは宇宙のコロニーに移り住む。厳しい規制をくぐり抜け、探索のため地球の大気圏に突入したシャトルは事故を起こし、乗員四人中、生き残ったのは最年少のケンガセンだけ。彼を助けたのは島に住む少女ヨル。
- SFの王道を真っ向から突き進む正統派の作品。小さな島で孤独な立場に置かれ広い世界に憧れる少女ヨル、探索で成果を出さないと後がない研究者のケンガセン。育った環境も目的も違う二人の出会いに、正体不明の複合生物ウェイプスウィードの謎を絡め、壮大でセンス・オブ・ワンダーに満ちたエンディングへと向かう。これぞSSFの醍醐味。
- Wonderful World / 瀬名秀明 / 小説現代2012年9月号
- その日の国際学会から、騒ぎは始まった。マルセル・ジェランの巧みな発表には、共同研究者の私たちも翻弄された。聴衆は喝采し、論客で知られるケン・ズウすら感謝の言葉を口にした。ニュースにも取り上げられ…
- レイ・ブラッドベリへのオマージュが溢れる作品。私が幼い頃に思い描いた21世紀と、今の暮らしはだいぶ違う。けど、パソコンやスマートフォンなど意外と身近な所でテクノロジーは絶えず進歩してるし、コンビニや通販など便利な仕組みも充実してたり。公害も減ったしなあ。
- 銀河風帆走 / 宮西建礼 / 第四回創元SF短編賞受賞作
- 遠い未来。人類は太陽系を喪い、恒星間宇宙へと進出する。ナルコル恒星系では三つの「帆船」を建造、いて座A*へと向かわせる。初期推力の核融合ブースターで光速の3.5%まで加速、後にブースターを切り離しマグネティック・セイルで航行する。
- A・C・クラークの「太陽からの風」を時間・空間ともにスケール・アップし、銀河系レベルの危険で壮大な旅を描く力作。やはり銀河系を横切るなんてスケールになると、核融合を使ってさえ推進剤の質量は大変な量になる。新人ながら徹底して硬派な作品に仕上げた力量は見事。
- 第四回創元SF短編賞選考経過および選評 / 大森望・日下三蔵・円城塔
2012年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 大森望
初出一覧
2012年日本SF短編推薦作リスト
なんといっても「ウェイプスウィード」には、ひたすら脱帽。こんな正統派の傑作が、書籍で読めるのはこのアンソロジーだけってのは納得いかない。早く短編集を出してほしい。「銀河風帆走」も、このアンソロジーの末尾を飾るにふさわしい力作で、しばらく心を宇宙空間に持っていかれた。こんなSFが毎年読める今が嬉しい。
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