チャールズ・テイラー「音の不思議をさぐる 音楽と楽器の科学」大月書店 佐竹淳・林大訳
だいじなのは圧力の変化の大きさではなく、その速さであることがわかります。実際、ふつうの会話では声によって空気の圧力が100万分の1か2、変化するだけです。これは、直径20cmに膨らませた風船を指でそっと押して100万分の1mmへこませたときに風船の中に起こる圧力の変化と同じくらいなのです。
――第一章 音楽とは何かここで重要なのは、音が木目を横切って伝わる速度が、木目に沿って伝わる速度のおよそ1/4でしかないということです。表板が平らに近い弦楽器の多くで、長さが幅の約四倍になっている理由の一つはこれだといわれています。
――第三章 科学、弦楽器、シンフォニーチェロでは400Hzから600Hzまでの間の大部分の音が前に放射されますが、300Hzと、800Hzから1000Hzまでの間では音がほとんどすべて後ろへいくのです!
――第六章 反射、残響、リサイタル
【どんな本?】
フルートとクラリネットでは、なぜ音色が全く違うのか。チェロのf型のサウンドホールは、どんな意味があるのか。いいバイオリンとダメなバイオリンは、何が違うのか。トランペットなどのラッパはなぜ朝顔形なのか。コンサート・ホールの天井は、なぜケッタイな形をしているのか。
科学者であり、イギリス王立研究所の教授であるチャールズ・テイラーが、1989年~1990年のクリスマス講演で行った実験付き講演をもとに、音楽、特に楽器に関する謎を、科学で解き明かしてゆく、一般向けの科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Exploring Music : The Science and Technology of Tones and Tunes, by Charles Taylor, 1992。日本語版は1998年3月24日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約329頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント45字×18行×329頁=約266,490字、400字詰め原稿用紙で約667枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。
文章はやや硬い。そのためか、内容もやや高度に感じる。高校の物理をマスターしていれば、ついていけるだろう。それより大事なのは、フルートやクラリネットなどの様々な楽器と、その音色をしっていること。演奏できれば、更にいい。
【構成は?】
基礎から順に説いてゆく形なので、素直に頭から読もう。
- 刊行にあたって
- 序
- 第一章 音楽とは何か
- 1.1 はじめに
- 1.2 音の性質
- 1.3 固体・液体中の音波
- 1.4 どうして音が音楽になるのか
- 1.5 ピッチと周波数
- 1.6 超音波を検出する
- 1.7 純音
- 1.8 木片の音楽
- 1.9 第一族の楽器
- 1.10 耳と聴覚
- 1.11 聴覚の測定
- 1.12 音楽の性質をめぐるその他の疑問
- 1.13 音楽と情報
- 1.14 何が変えられるか
- 1.15 協和音と不協和音
- 1.16 うなりと差音
- 1.17 音響心理学的な複雑さ
- 1.18 さらに脳の果たす役割について
- 1.19 まとめ
- 第二章 楽器の本質
- 2.1 はじめに
- 2.2 音を起こす
- 2.3 固有振動数
- 2.4 音を続かせる
- 2.5 音を十分に大きくする 第一族の楽器
- 2.6 音を十分に大きくする 第二族の楽器
- 2.7 共鳴箱の使用がもたらすその他の効果
- 2.8 管の中の空気の振動
- 2.9 エッジ・トーン
- 2.10 倍音 第三族の楽器
- 2.11 リード
- 2.12 楽音を解析する
- 2.13 なぜリードは多くの倍音をつくりだすのか
- 2.14 私達は倍音の混ざり合ったものをどのように知覚するか
- 2.15 弦楽器の倍音
- 2.16 弦の振動を続かせる
- 2.17 現代の機械楽器
- 2.18 時間とともに音がどのように変わるか
- 2.19 音の始まりの重要さ
- 2.20 音の立ち上がりの原因について
- 2.21 まとめ
- 第三章 科学、弦楽器、シンフォニー
- 3.1 はじめに
- 3.2 板の振動パターン
- 3.3 空洞内の空気の振動パターン
- 3.4 弦楽器の銅
- 3.5 弓奏弦楽器
- 3.6 バイオリンをつくる
- 3.7 科学は助けになるか
- 3.8 コンサートホールでの実験
- 3.9 ウルフ音
- 3.10 弦楽器音響協会
- 3.11 撥弦楽器
- 3.12 撥弦鍵盤楽器
- 3.13 打弦鍵盤楽器
- 3.14 ピアノ
- 3.15 ピアノのタッチ
- 3.16 まとめ
- 第四章 テクノロジー、トランペット、曲
- 4.1 はじめに
- 4.2 管の端で何がおこるか
- 4.3 両端が開いた管の中の振動
- 4.4 片方の端が閉じた管の中の振動
- 4.5 特別な周波数
- 4.6 円錐形の管の中の振動
- 4.7 木管楽器の倍音レシピ
- 4.8 エッジ・トーン楽器
- 4.9 ウィンドキャップ楽器
- 4.10 マウス・リード楽器
- 4.11 孔の機能
- 4.12 音はどのように放射されるか
- 4.13 振動を続かせる
- 4.14 キーの機能
- 4.15 管の中の振動
- 4.16 中間楽器
- 4.17 管をトランペットに変える
- 4.18 ヴァルヴとスライド
- 4.19 金管楽器の倍音レシピ
- 4.20 オルガン・パイプ
- 4.21 オルガンのメカニズム
- 4.22 声
- 4.23 まとめ
- 第五章 音階、シンセサイザー、サンプラー
- 5.1 はじめに
- 5.2 音階の目的
- 5.3 平均律の音階
- 5.4 音律の意義
- 5.5 電子的合成
- 5.6 アナログ合成
- 5.7 サンプリング
- 5.8 デジタル技術
- 5.9 コンピュータ合成
- 5.10 デジタル・シンセサイザー
- 5.11 MIDIの概念
- 5.12 なぜ合成するのか
- 5.13 自動演奏装置とその後継者
- 5.14 まとめ
- 第六章 反射、残響、リサイタル
- 6.1 はじめに
- 6.2 誰でも必ずある場所にいる
- 6.3 音量と識別度
- 6.4 W.C.セイビンの仕事
- 6.5 どんな残響時間が望ましいか
- 6.6 吸音材をおく
- 6.7 反射材をおく
- 6.8 反射がもたらした不幸な結果
- 6.9 主観に関わるいくつかの問題
- 6.10 音響設計の方法
- 6.11 音響効果の調整
- 6.12 バーミンガムのシンフォニー・ホール
- 6.13 建物の中の騒音
- 6.14 まとめ
- 付録A ホログラフィック・インターフェロメトリー
- 付録B ピッチと周波数
- 謝辞/訳者あとがき/文献と参考文献/索引
【感想は?】
ベース・ギターのデッド・ポイントの謎が解けた。
似たような悩みが、バイオリンにもあるのだ。ウルフ音(→Wikipedia)がそれ。胴が弦と共鳴し、弦の振動を吸い取っちゃう。ベースのデッド・ポイントもコレだろう。ちなみに解決策は…
バイオリンの場合、製作者はふつう、半音離れた二つの音の中間にウルフ音をはさんで…
と、ウルフ音を演奏じゃ使わない周波数に割り振るわけ。賢い。ウルフ音ほど酷くなくても、ダメなバイオリンは、鳴りのいい周波数と悪い周波数の差が大きいとか。そこで上手なバイオリニストは、その特性を掴み、演奏でカバーしちゃう。その分、気が散るから情感を出すのには苦労するけど。
これを別の視点で見ると、楽器の質は、ある程度までは科学で判定できるって事でもある。ダメな楽器は機械的にわかるのだ。ただし、最高の楽器は科学じゃわからない。そもそも何が最高かは、「演奏家の間でも意見の一致を見るのはたいへん難しいのです」。好みで分かれるのね。
などと、「楽器が鳴る仕組み」がわかるのが、この本の嬉しい点の一つ。でも、クラリネットやトランペットなど、吹奏楽器はよくわからなかったなあ。特に倍音構成の違い。特に偶数の倍音を含むか含まないかが、大きく違うらしい。
などと、「楽器が鳴る原理」だけでなく、それぞれの楽器が持つ独特の音色の秘訣について、探っていくところが、この本のハイライトだろう。その理屈の核をなすのが、倍音構成だ。
この倍音についても、私は完全に誤解していた。
コンサートなどで楽器の音を合わせる際、基本となるのは440Hz(→Wikipedia)のAだ。この倍音は、880Hz,1320Hz,1760Hz,2200Hz…となる。うち、880Hzはオクターブ上のAだ。じゃ1320Hzは、というと、私はてっきり2オクターブ上のAだと思い込んでいた。
もちろん、間違いだ。実際は、1オクターブ上のEになる。1760Hzは2オクターブ上のAだが、次の2200Hzは2オクターブ上のCとC#の間の音だ。三倍と、五倍以上の倍音は、元の音程から外れた音程になる。そんな事も気づかせてくれた。
ところでC#とD♭、私には違いが判らなかったが、その謎も解けた。私たちが日ごろ使っている平均律だと、同じなのだ。違うのは、純正律を使った時。純正律だと、微妙に違う。よくわかんないけど。
平均律が流行ったのは、ピアノのお陰。なんだが、この本じゃピアノについてはアッサリ流している。それより深く扱ってるのは、オルガン。とは言いうものの、いきなり…
オルガン・パイプの組み合わせ方と、その制御システムを組織化する仕方は、ほとんどオルガンの数だけあります。
――第四章 テクノロジー、トランペット、曲
って、おい。とはいえ、基本原理は同じ。リードが中に入ったパイプを集めたもの。パイプの太さや長さで音程が決まる。んだが、鍵盤の一つのキーが一つのパイプにつながっているとは限らない。例えば、7~8Hzだけ音程が違う二つのパイプにつながってる事もある。そうすると…
二つのパイプをいっしょに鳴らすと、差に当たる周波数で音量が変わり、ビブラートに似た効果が生じます
なんて変化技も使ったり。さすが楽器の女王。もっとも、今のポピュラー音楽は電子楽器大流行りで、オルガンも電子オルガンというよりシンセサイザー大繁盛だ。テイラー教授もシンセサイザーを邪道視せず、ヤマハのDX7を使っていろいろ遊んで、もとい研究している。曰く…
シンセサイザーで従来の楽器の音を模倣しようと試みるのは、科学的な観点からその楽器を研究する優れた方法になりえます。
と、研究に活用している様子。もっとも、音の問題ってのは、音波だけでなく、ヒトの心理も深くかかわってて、そのあたりもちゃんと押さえてあるのはさすが。例えば住居の騒音。そりゃ静かな方がいいけど、気になる音と気にならない音がある。
これは慣れも関係してて、大通りの近くに住んでいる人は、車の騒音はあまし気にならない。でも、酔っぱらいの騒ぐ声は気に障ったりする。全く関係ないけどピアノの調律も…
などと、音程から音質、そして生活音まで、様々な音を題材に、音の発生源から音色や響きの違い、音程を変える手段など、主に楽器を中心に、音を科学してゆくだけでなく、テイラー先生の音楽好きな想いも伝わってきて、音楽好きにはこたえられない本だった。
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