ロバート・J・ソウヤー「ホミニッド 原人 ネアンデルタール・パララックス 1」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳
「きみが連れてきたこの患者は」シンはおどろきにあふれた声で告げた。「どうやらネアンデルタールらしい」
――p62「ぼくたちの世界には人間は一種類しかいません。過去にはもっといたのですが。しかし、あなたの世界には三種類から四種類いるようです」
――p308「あなたたちがぼくたちを絶滅させた」
――p392「ぼくは、あなたのおかげできょうという日をずっと忘れません」
――p417
【どんな本?】
カナダ出身の人気SF作家ロバート・J・ソウヤーによる三部作の開幕編。
ネアンデルタール人が地上の支配種となった世界。量子コンピュータの実験中に事故が起き、理論物理学者ポンターが姿を消してしまう。公私ともに最善のパートナーを失い悲しみに暮れるアディカーに、運命は更なる追い打ちをかける。
サドベリー・ニュートリノ観測所は、カナダのサドベリー隕石孔のニッケル鉱山の坑道、地下1200mにある。直径12mのアクリル球に重水を満たし、重水素とニュートリノの反応による閃光を観察するのだ。ここに、意外な侵入者が現れた。筋肉質の男で、目の上が大きく張り出している。
私たちの世界に突然現れた一人のネアンデルタール人を中心に、彼が世界に引き起こす騒動,ネアンデルタールの視点で見るわれわれの社会,異質ながらも理に叶ったネアンデルタール社会などを通し、センス・オブ・ワンダーあふれる情景を描く、本格SF長編小説。
2003年度ヒューゴー賞長編小説部門受賞。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2006年版」のベストSF2005海外篇7位に食い込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は HOMINIDS, by Robert J. Sawyer, 2002。日本語版は2005年2月28日発行。文庫本で縦一段組み、本文約498頁に加え、佐倉統の解説「『優しい国』から来たSF」7頁。9ポイント40字×18行×498頁=約358,560字、400字詰め原稿用紙で約897枚。薄めの上下巻でもいい分量。
文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。一部にニュートリノなど量子力学が出てくるが、わからなければ読み飛ばそう。それより面白いのは、ネアンデルタールとわれわれのカルチャー・ギャップ。
【感想は?】
とっても心地よいファースト・コンタクトSF。
なんといっても、距離感が絶妙だ。異星の生物だと、異質過ぎて意思疎通すら難しい。逆に同じヒト同志だと、違いは社会・文化的なものだけになってしまう。
これを、種は同じだが生存競争ではライバルとなるネアンデルタールとしたのが、実に巧い。同じホモ・サピエンスであり、交配だって可能だ。とはいえ違う名前がついているぐらいだから、多少の肉体的な違いもある。例えばネアンデルタールは脳が1割ほど大きかったり。
「原人」なんて日本語の副題も、皮肉が効いてる。
一般に、話し方がたどたどしいと、頭が悪そうに見える。ガイジンさんが下手な日本語でしゃべると、ちょっと可愛らしい。逆に外国語が苦手な人が海外旅行に行くと、思った事の1割も伝えられずに切ない思いをする。
そんな風に、主人公のネアンデルタール人のポンターも、前半ではコミュニケーションに大きな苦しみを背負う。ところが中身は優れた理論物理学者なのだ。
こういう、皮相的な部分で相手を判断してしまう私たちの性質を、笑いにまぶしつつも鋭く指摘するあたりは、痛くもあり痛快でもあり。これはもともとフランス語と英語が拮抗し、また現在でも他国からの移民が多いカナダならではの視点かも。
住居の床にコケを生やしていたり、食事の中身もマナーも違っていたり、年齢の数え方が月単位だったりと、ネアンデルタール社会の描写もセンス・オブ・ワンダーたっぷりで、SF者の琴線をくすぐりまくり。いいなあ、マンモス。羨ましいなあ。
特に年齢については、彼らの家族構成とも深くかかわっていて、タネ明かしのところでは「そうか、そうだったのか!」と驚くことしきり。こういう細部にこだわった設定が楽しいんだよなあ、SFは。あと、単位系にも、異質さを感じさせつつ意味は伝わりやすい工夫があるし。
そんなポンターに対する世間の反応を伝えるニュースも、各界の視点の違いを痛烈に表していて笑っちゃうところ。法律家の屁理屈、各種企業の逞しい商魂、野心満々の政治家たち、蠅のようにしつこくたかってくる野次馬、そしてお気楽極楽な世界のSFファンたちw やっぱそうなるよねw
などと並行して、ネアンデルタール社会での騒動も語られてゆく。こちらは公私ともにポンターの相方であるアディカーの視点。トラブルに見舞われるアディカーの目を通し、私たちとは全く異なったネアンデルタール社会を描くと共に、サスペンスに満ちた法廷劇が展開する。
これが実に上手い仕掛けで。アディカーのピンチで読者を惹きつけつつ、私たちの対比としてネアンデルタール社会を描き、社会風刺の鋭さを増すばかりでなく、この物語のもう一つの柱、ジェンダー問題の金床を形成してゆく。
これについては、「こんな小さなローレンシアン大学にも」に続き「悲しむべきことに」なんてあるんだけど、じゃ専門の窓口すらロクにない日本の現状はどうなんだ?と暗澹たる気持ちになったり。
そして、やっぱり出ました宗教論争。ここでも小ネタの巧さが光るところで、「ピーッ」と鳴るたびにクスリとなったり。言葉遣いこそ柔らかいものの、舌鋒鋭く追い詰めていく場面は、厳しいったらありゃしない。しかも、これが終盤では宇宙論にまで発展するから油断できない。
文庫本としてはぶ厚く、一見圧倒されそうな本だが、文章はとっても読みやすい上に、お話は起伏に富んで読者をグイグイ引き込んでゆく。センス・オブ・ワンダーに満ちたネアンデルタール社会も魅力的で、一種のユートピア物としての面白さもたっぷり。本格的なSFでありながら娯楽性もバッチリの、最高に心地よい小説だった。
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