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2018年1月23日 (火)

ヨアヒム・ラートカウ「木材と文明 ヨーロッパは木材の文明だった」築地書館 山縣光晶訳 1

この本は、次の二つの目的を追求します。
第一の目的は、製材品などの木材半製品への木材加工技術と、さらにそれらを家具什器や木工品、船など木材完成品に加工する技術の発展を明らかにすることです。
第二の目的は、(略)木材を例にとって、技術の発展が原材料に制約されていることや、社会史や経済誌が環境や資源に制約されていることを明らかにすることです。
  ――はじめに

森の歴史におけるよき時代とは、人間の歴史では基本的に悪しき時代となります。
  ――第一章 歴史への木こり道/歴史的変遷における木材の自然としての本性

【どんな本?】

 建物に、家具に、そして紙パルプにと、木材はさまざまな用途に活躍している。歴史を辿れば、船に、樽に、橋にと、木材の利用範囲はもっと多い。加えて、燃料として欠かせないものだった。製塩に、製鉄に、そして何より煮炊きや暖房用の薪に、木材は使われた。

 だが、一言で木材と言っても、種類は様々だ。

 現代の建材用なら、真っすぐで背の高い木が欲しい。薪などの燃料用は、背の低い木がいい。また、かつての森は、豚などの放牧地でもあった。この場合は、実の多いナラなどが好まれる。

 供給地の森も、時代と立場によって意味や価値は違う。

 領主は鹿など森に棲む獣の狩を楽しんだ。だから、領主にとっての森は狩猟獣の住処である。しかし、農民にとって鹿は作物を荒らす害獣だ。しかし森は役に立つ。それは薪の供給源であり、また豚を飼う放牧地でもあった。

 他にも炭焼き職人や伐採夫、製鉄・製塩業と、森に関わる者の立場は多様だ。当然、立場により、好ましい森のあり方は異なってくる。

 文献では、権力を持つ領主や役人の視点に偏りがちになる。本書では、農民や伐採夫など、暮らしの中で森と関わる者たちの視点も取り上げ、森そして木材が持つ複雑な性格を細かく描いてゆく。

 主にドイツそして西欧を中心として、人間と木材および森の関係を辿り、「石と鉄」と思われがちなヨーロッパ文明が木材と深く関わっていたことを明らかにし、森の持つ複雑で豊かな性質を示す、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Holz : Wie ein Naturstoff Geschichte schreibt, von Joachim Radkau, 2012。日本語版は2013年12月10日初版発行。単行本ハードカバー縦2段組で約333頁に加え、訳者あとがき6頁。8.5ポイント26字×23行×2段×333頁=約398,268字、400字詰め原稿用紙で約996枚。文庫本なら上下巻ぐらいの大容量。

 文章はやや硬いが、内容はあまり難しくない。当然ながら、木に詳しいほど親しみやすい。が、広葉樹と針葉樹の違いぐらいしか分からない私でもなんとか読めたので、あまり構えなくてもいいだろう。

【構成は?】

 だいたい時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  • はじめに/この本の成立について
  • 第一章 歴史への木こり道
    • 「木の時代」
      • 一.原材料は歴史をつくるか
      • 二.木だ、木だ、どこもかしこも木だらけだ
      • 三.先史時代 最初に火があった
      • 四.古代 想像上の森の危機
      • 五.森への依存 時限爆弾か、それとも、非常ブレーキか?
    • 人間と森 歴史を物語る数々の歴史
      • 一.饒舌な歴史と、沈黙の歴史
      • 二.森の生業の歴史と木材業の歴史の転換期
      • 三.森とは何か または、森は木だけで成り立っているのか
    • 歴史的変遷における木材の自然としての本性
      • 一.よき時代と悪しき時代 自然は歴史に逆らうのか
      • 二.木材の種類の特性と、変転する利用価値
      • 三.木材の種類の分類
      • 四.森の経営の形態
      • 五.「木材の瑕疵」とは何か 自然原材料である木材につきまとう技術的諸問題
  • 第二章 中世、そして、近世の曙 蕩尽と規制の間にあった木材資源
    • 森の限界に突き当たる中世社会
      • 一.開墾から森の利用の規制と管理へ
      • 二.マルク共同体の住民と木の裁判
      • 三.森の所有を巡る闘い
      • 四.農民が「吸血ヒル」だとしたら、領主は森の「救い手」だとでもいうのか
    • 建築用木材と様々な用途の木材 木材が交易商品となる
      • 一.造船のためのナラの木 木材の枯渇の始まりと木材の交易
      • 二.木造軸組構法の家屋 木組みの技法から建築術へ
      • 三.手作りの木工製品、その全体像と分化独立
    • 薪の大規模消費者の勃興と第一波のフォルスト条例
      • 一.「火を使う生業」と木材
      • 二.鉱山・工業における繁栄の陶酔と「木材のブレーキ」
      • 三.木材飢饉 それはだれのためのものだったのか
      • 四.フォルスト条例と鉱山の利害
      • 五.ニュルンベルクの針葉樹の種まきによる森づくりと、ジーガーラント地方のタンニン樹皮採取業
      • 六.筏流しと管流し 木材業の原動力としての水運
      • 七.薄明りの中の森の生業 木灰生産者、木ピッチや木タール生産者、森のガラス職人、炭焼き職人
      • 八.発明の目的としての木材の節約
  • 第三章 産業革命前夜 「木の時代」の絶頂と終焉
    • 改革、革命、そして、木材業
      • 一.通商革命、木材景気、そして、オランダ向け木材の筏流し
      • 二.資本主義と保護主義
      • 三.国家の改革と林業林政改革
      • 四.「農業革命」、森と農地の境界
    • 「木材飢饉という亡霊」 木材業は破局を目の前にしていたのか
      • 一.18世紀に鳴らされた非常警報と歴史家たち
      • 二.不足する木材 構造的制度的危機だったのか、それとも環境の危機だったのか
      • 三.運送システムの隘路
      • 四.18世紀における地方分散的な工業化
      • 五.木材不足への関心 嘆き声と、その逆の声
      • 六.林業林政改革と環境の危機
    • 森 生活の空間から資本へ
      • 一.人工的産物としての森と算術問題としての森
      • 二.仕組まれた木材不足
      • 三.森における「自由」 私有財産と「木についての軽犯罪」
      • 四.森林官と伐採夫 森の仕事が職業になる
      • 五.林業労働者
      • 六.鋸に敵対した伐採夫たちの蜂起
      • 七.製材工場の勃興
    • 木材の消費者 家計を営む者の木材の節約、拡がる木材の節約
      • 一.魔力を失う火 木材の経済、時間の経済
      • 二.窮乏は発明をなすか 「木材という糧食」と技術の変遷
      • 三.製塩所
      • 四.製鉄業
      • 五.建築部門、工業化と木材
      • 六.木造船の造船
      • 七.木炭 木材節約手段から工業の膨張の駆動力に
    • しだいに押しのけられる木材
      • 一.道具と機械 「木の時代」の終焉
      • 二.鉄道 新しいタイプの技術
  • 第四章 高度工業化時代 材料への変質と木材のルネッサンス
    • 森 工業化の時代の経済の原動力
      • 一.「森を殺戮するような経営」か、それとも持続的な森づくりか
      • 二.新しい「木の時代」を巡ってせめぎ合う未来像
      • 三.利回りの問題を前にした林業
      • 四.森の経営の強化 「工業用木材」への移行
      • 五.機械化による合理化 林業労働における技術の変化
    • 木材工業における技術革命
      • 一.工業原料へと変身する木材
      • 二.製紙用原料
      • 三.新しい木質系工業材料(合板、パーティクルボード、繊維板)
      • 四.家具作りの遅れてやってきた工業化
      • 五.木材半製品の製造における合理化と機械化の推力
      • 六.木造軸組構法家屋建築と集成剤家屋建築 大工の技法から高度な技術計算がなされた木造建築物へ
    • 断絶を招く原材料、つなぎ合わせる手段 環境保護の時代の森と木材
      • 一.「環境革命」の始まり
      • 二.森への環境保護的な眼差しと情緒的な眼差し
      • 三.「森林死」という恐怖のシナリオ
      • 四.森の経営における転換
      • 五.カリスマ的段階にある環境保護の時代と官僚主義化の段階に入った環境保護の時代
      • 六.「自然のままであること」という実験 自然保護のコンセプトを巡る論争
      • 七.気候変動とエネルギー危機 大きな緑の連合の成立か
  • 第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
    • グローバルな視野とコントラスト アジア諸国の事例
      • 一.真の意味での木の文化 日本
      • 二.中国 迫り来る砂漠に対する一つの「緑の長城」
      • 三.インドにおける森の保護 植民地時代の遺産から村落共同体の抗議へ
      • 四.途上国の規範であるネパール
    • 相克と(自称の)解決策
      • 一.熱帯における森の破壊
      • 二.プランテーション的経営と「傍若無人に生い茂る森」 ユーカリの事例
      • 三.薪 昔も今も世界の主要なエネルギー資源
    • 翻って将来を展望する 森と木材の歴史における他と際立って違う六つの特性
  • 付録
    • 森林認証の秘密についての追伸 持続的な林業を環境保護運動もどきと区別する難しさ
    • 木や木材と森についての名言集
  • 訳者あとがき/著者・訳者略歴

【感想は?】

 ちょっと並木道を散歩するつもりで出かけたら、密林に迷い込んでしまった、そんな気分。

 書名は「木材と文明」だが、「森と文明」としてもいい。もちろん、木材が持つ個性豊かで複雑な性質も載っている。が、それと同時に、森と人間の関わりについての話も多い。

 それは森が木材の供給地だからだ。が、一言で木材と言っても、性質は様々だ。例えば針葉樹と広葉樹の違いもあるし、硬材と軟材とする分け方もある。成長の早い遅いもあれば、真っすぐか曲がっているかもある。他にも実の有無や丈の高低、気候との相性など、切り口は幾らでもある。

 それぞれの切り口での性質は、森と関わる立場によって、長所にも短所にもなる。例えば建材用の木材の供給源として見れば、真っすぐで成長が早く、丈の高い針葉樹がいい。だが薪を拾う農民の立場では、背が低い方が都合がいい。燃料としてみると、樹脂が多い針葉樹は嬉しくない。

 などと、様々な切り口や立場を考えようとすると、その基盤となる学問も幅広い素養が求められる。

 例えば科学では、樹木の性質を調べる生物学・植物学、森に住む生物や実を調べる生態学、建材としての強度を調べる工学、木が含む物質や加工方法を調べる化学、土壌を調べる農学。

 また、時代ごと・地域ごとに社会は変わり、木材・森との関わり方も違う。そこで歴史学も重要な素養となる。その時期ごとの人口、利用できたテクノロジー、人々の暮らし方。加えて、当時・当地の経済的な事情も大事だ。地域ごとの木材の需要と供給、貿易状況、そして流通網。

 と、実はやたらと複雑で広い範囲にまたがる、とんでもない世界への扉を開く、恐ろしい本である。「たかが木」などとナメて読み始めたので、驚くことばかり。とはいえ、言葉ってのは便利なもんで、こんな世界もたった一言、林学(→Wikipedia)で表せちゃうんだけど。

 まず、最初に驚いたのが、木材の使われ方。この寒い時期なんだし、落ち着いて考えれば当たり前なんだが、歴史的に木材が最も多く使われたのは…

推定では、木材の九割は19世紀に至るまで燃料として消費されていました。
  ――第一章 歴史への木こり道/二.木だ、木だ、どこもかしこも木だらけだ

 そう、燃料なのだ。お爺さんは森に柴刈りに行く。あれは生きるため絶対に必要な仕事なのだ。暖をとるってのはもちろんある。が、同時に、煮炊きにも火が要る。そして火をおこす柴がなけでば、飯も炊けない。幸いにして今の日本はガスレンジがあるが…

経済的に開発途上にある南の国々では、推定ですが、平均すると毎年住民一人あたり1.5トンの木材が燃やされています。
  ――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
     /相克と(自称の)解決策

 と、21世紀の現在だって、国や地域によっては柴や薪が生活必需品なのだった。そんな人々にとって、森は何よりもまず、柴や薪、または木炭の供給源となる。となると、理想の森は…

 すんません、続きは次の記事で。

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