ゲイル・スマク・レモン「アシュリーの戦争」株式会社KADOKAWA 新田享子訳
本書では、特殊部隊を支援しようと志願した女性たちのありのままの姿を描いています。この女性たちは、米軍最精鋭の兵士と共に戦えるチャンスがある事を知り、居ても立ってもいられずに、自ら進んで戦うことを誓いました。
――はじめにこの選抜プログラムは、兵士たちを常に不安定な状態にしておくように組まれている。
――PART1 召集の声 4 地獄の100時間「君たちなら、我々が行けない場所に行ける。我々が接触を許されない人たちと話せる。君たちは非常に大きな貢献ができるし、任務の成功には君たちが必要だ」
――PART1 召集の声 6 訓練の日々「お前たちはどいつもこいつも、いつも部隊で一番出来のいいオンナだったんだ。(略)それが今、一番じゃなくなった」
――PART1 召集の声 7 ダイヤモンドの中のダイヤモンド最悪の事態を避けるには、とりあえずレンジャーのマネをするのが一番だ。
――PART2 派遣 11 夜の山に登る
【どんな本?】
アフガニスタンの戦争に足を取られて約10年。やっと米軍は気がつく。「女が必要だ」。
アフガニスタンでは男女の垣根が高く厳しい。男が女と話すのはおろか、女の持ち物に触れただけでも無礼と見なされる。当然、隠し持った武器を探るボディチェックなど、もってのほかだ。
米軍はアフガン人の好意を得たい。だが前線にいるのは男ばかり。だからアフガンの女とは話ができないし、ガサ入れでも女の部屋には入れない。お陰で、女装したゲリラはやすやすと非常線を越えてゆく。
前線に女の将兵がいれば、この問題は解決する。女の兵ならアフガンの女と話せるし、ボディチェックもできる。アフガンの女だって井戸端会議をするし、夫や息子が何をしているか見当はついている。前線に女の将兵を送り込めば、米軍はアフガンの女たちと接点が持てる。
そこでJSOC(統合特殊作戦コマンド)はCST(Cultural Support Team、文化支援部隊)を発足させ、希望者を募った。対象は現役の陸軍将兵、州兵、そして予備役将校。もちろん、女だけだ。彼女らは、精鋭のレンジャーやグリーンベレーやシールズに同行し、少人数の部隊で敵地の真っただ中へ放り込まれる。
卓越した能力を要求され、最も厳しく危険な任務に志願する女たちは、どんな者なのか。何のために彼女たちは志願したのか。軍は彼女たちをどう扱い、彼女たちはどんな任務を担ったのか。
第一期CSTとして厳しい選抜試験をくぐり抜け、アフガニスタンでも優れた実績を残し、新たな道を切り開いた女たちに焦点を当てた、異色の軍事ルポルタージュ。
なお、日本語版には “米軍特殊部隊を最前線で支えた、知られざる「女性部隊」の記録” の副題がついている。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Ahley's War, by Gayle Tzemach Lemmon, 2015。日本語版は2016年6月29日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約373頁に加え、あとがき5頁。9ポイント40字×19行×373頁=約283,480字、400字詰め原稿用紙で約709枚。文庫本なら厚めの一冊分。
文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないが、軍の階級と陸軍・海軍・空軍・海兵隊の違いぐらいは知っておいた方がいい。兵器などは文中に説明があるので、わからなくても大丈夫。
【構成は?】
だいたい過去から現在へと向かって進むので、なるべく頭から順に読もう。
- はじめに
- 序章 カンダハル
- PART1 召集の声
- 1 アンクルサムは「君」を求む
- 2 召集
- 3 ランドマーク・イン
- 4 地獄の100時間
- 5 合格
- 6 訓練の日々
- 7 ダイヤモンドの中のダイヤモンド
- PART2 派遣
- 8 アフガニスタン到着
- 9 「フィットイン」作戦
- 10 通訳
- 11 夜の山に登る
- 12 貢献
- 13 戦争のウソ
- PART3 最後の点呼
- 14 最初の死
- 15 哀しみ
- 16 闘技場の男
- 17 カンダハル
- エピローグ
- あとがき
JSOCやROTCなどの略語が頻繁に出てくるので、できれば用語一覧が欲しかった。加えて、登場人物の一覧も。
【感想は?】
男社会の軍で活躍の場を求める女の話だ。だから、ジェンダー系の話が多い。
が、同時に、大きな組織の中で存在感を示そうと足掻く少数派の物語でもある。企業内の情報ネットワークを管理している人などは、共感する点も多いだろう。
もちろん、単なる少数派とは違う。彼女たちは、みな志願者だ。自分の能力を示し、「ちゃんとやれる」と証明する機会を求めていた。だが、2011年当時の米軍は、女が前線で戦うのを禁じていた。どれだけ実績を積もうと、戦う機会すら与えようとしなかった。
書名は「アシュリーの戦争」だ。実際、アシュリー・ホワイト中尉に最も多くの紙面を割いている。が、読み通した感想としては、群像劇の印象が強い。
強姦の傷を乗り越えようとするレーン。下士官として尋問官を務め、幹部候補生学校を出て将校になったアンバー。身長152cmと小柄ながら高校ではアメフトを続け、憲兵となったケイト。工兵将校として手腕を認められたアン。明るいチアリーダーだったクリステン。書類仕事に飽き飽きしていたリグビー。
イラクで地方政府高官と信頼関係を育んだリーダ。彼女は将来CSTのリーダーとなる事を期待されている。などのメンバーの中で、トリスタンの初登場場面は酷いw 何か恨みでもあるのかw もちろん、彼女もMLRS(多連装ロケット)小隊の隊長として実績を積んでいる。
そして、主人公のアシュリー。よき両親に恵まれ、ROTC(予備役将校訓練課程)を経て州兵となる。大学のレンジャー・チャレンジで夫のジェイソンと知り合い、今は新婚家庭を築いている。小柄で静かだが、たゆまぬ努力を怠らず、言い出したら決して曲げない。
私は育ちに僻みを持つリグビーが好きだなあ。最初はやっかみ半分に同僚を見ていたリグビーも、実力と人柄を認めたら受け入れる素直さがいい。
男社会の軍で足掻いてきた同胞として、そしてCST第一期の同期として、彼女たちが絆を育んでゆく過程は、爽やかな青春物語として心地よく読める。やがて彼女たちは、それぞれにアフガニスタンの別々の部隊に配属され…
などとは別に、ニワカ軍ヲタとしての収穫も多かった。
まずはJSOCの間抜けっぷり。アフガン社会の男女の立場について、10年近くも戦いつづけてやっと気が付く間抜けさには呆れる。ベトナム戦争から何も学んでない。
次に、レンジャーと陸軍特殊部隊・俗称グリーンベレーの任務の違い。
レンジャーの仕事は敵のアジトを急襲して潰し、さっさと引き上げる。基本的に夜襲だ。初めのうちは「2、3日かけて作戦部隊を編成」していた。が、次第に酷くコキ使われるようになり、「与えられた時間は今や15分」。この辺は、「アメリカの卑劣な戦争」と一致している。お陰で誤爆も増えたんだよなあ。
対してグリーンベレーは長期にわたるVSO(集落安定化作戦)を担う。敵対的な地域に行き地元の者と共に暮らし、地域の有力者を味方に引き込む。仕事を世話し、農業技術を教え、医療を提供し、警官を育てる。または地元の軍事勢力と共にタリバンと戦ったり。これは「ホース・ソルジャー」が詳しい。
CSTはレンジャー・グリーンベレーのいずれかと行動を共にする。この本では、レンジャーの記述が大半だ。中には、シールズの部隊に加わるCSTもいたり。この場合、任務はレンジャーに近い。
戦闘場面では、やっぱりIED(即席爆弾)が怖い。爆弾といっても、使い方としては地雷に近い。特にこの本に出てくるのは強烈だ。雰囲気は仕掛け花火。多数の地雷をつなげ、どれかが爆発すると、次々と他の地雷も爆発する。
タリバンは地元の地形に詳しい。だから現地で急襲部隊が集まりそうな場所や、攻め込んでくるルートも見当がつく。そこに仕掛けておけば一網打尽にできるって寸法。
などに加え、女性通訳の孤独や、ヘリコプターの弱点、基地周辺の様子、太平洋戦争の数カ月前から日本語通訳を育成してたなんて秘話や、もちろん女ならではの苦労もたっぷり書いてあって、親しみやすいながら収穫も多い本だった。できればグリーンベレー編も出して欲しい。
ただ、ショッキング・ピンクを多用したデザインはオヂサンにはちと厳しかったぞ。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:軍事/外交」カテゴリの記事
- リチャード・J・サミュエルズ「特務 日本のインテリジェンス・コミュニティの歴史」日本経済新聞出版 小谷賢訳(2024.11.14)
- マーチイン・ファン・クレフェルト「戦争の変遷」原書房 石津朋之監訳(2024.10.04)
- イアン・カーショー「ナチ・ドイツの終焉 1944-45」白水社 宮下嶺夫訳,小原淳解説(2024.08.19)
- ジョン・キーガン「戦略の歴史 抹殺・征服技術の変遷 石器時代からサダム・フセインまで」心交社 遠藤利国訳(2024.07.07)
- ジョン・キーガン「戦争と人間の歴史 人間はなぜ戦争をするのか?」刀水書房 井上堯裕訳(2024.06.13)
コメント