ブライアン・メイ+サイモン・ブラッドリー「レッド・スペシャル・メカニズム」DU BOOKS 坂本信訳
僕のレッド・スペシャルは、父の工房で父と僕とふたりで作ったんだ
――第1章 父ハロルドの工房からすべてが始まったブリッジはアルミニウムの塊をノコギリで切ってヤスリで削って作った。ぼくのアイデアは、弦を載せるサドルの代わりに、ステンレスのローラーを使うというものだった。
――第2章 レッド・スペシャル誕生秘話もともとはセミ・アコースティックにするつもりで――頭の中ではそう考えていた――fホールをひとつ開けることになっていた。
――第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開最初の頃は、チューニングがひどく狂う傾向があったけれど、その原因はペグにあることを突き止めたんだ。
――第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開
【どんな本?】
20世紀末のポップ・ミュージック・シーンに君臨した Queen。そのギタリスト、ブライアン・メイの愛器レッド・スペシャルは、彼と父が設計し、自宅で造った手作りの一品だった。
Tie Your Mother Down(→Youtube) の迫力あるリフ、Killer Queen(→Youtube) の甘くエロティックなソロ、そして血液までもが躍り出す Keep Yourself Alive(→Youtube) のリズム。千変万化でありながらも唯一無二のサウンドは、どのように創りだされたのか。
ブライアン・メイ自らが、音楽ジャーナリストであるサイモン・ブラッドリーの協力を得て書き上げた、最も個性あふれるギターの伝記。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Brian May's Red Special : The Story of the Home-made Guitar That Rocked Queen and the World, by Brian May + Simon Bradley, 2014。日本語版は2016年1月1日初版発行。
単行本ソフトカバーで横2段組み144頁。7ポイント31字×49行×2段×144頁=437,472字、400字詰め原稿用紙で約1,094枚。文庫本なら上下2巻分ぐらいの大容量…では、ない。実は紙面の6~8割を写真と図版が占めているので、文字数だけなら文庫本一冊に余裕で収まる。
ただし、図版はレッド・スペシャルのパーツの設計図だったり、写真も取り外したピックアップやスライド・スイッチの裏側だったりと、実に貴重であり、また内容を理解するのに必須なものも多いので、文庫サイズにするわけにはいかないだろうなあ。
文章は音楽雑誌によくある文体。インタビュウ形式の一人称で、親しみやすい。ところでブライアンの一人称が「僕」なのは、日本の音楽雑誌のお約束なのか…と思って少し検索したら、どうも Queen はみんな「僕」らしい。
内容は、それなりに前提知識が必要。特にハイライトの「第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開」。当然ながら、読者には Queen のファンを想定しているので、曲を知っていること。加えて、エレクトリック・ギターの知識も必要。できればピックアップのメーカーも知っているといい。
【構成は?】
メカに興味がある人にとっては、第3章がクライマックスだが、第2章もなかなかの読みごたえ。
- 序文/序章
- 第1章 父ハロルドの工房からすべてが始まった
- 第2章 レッド・スペシャル誕生秘話
- 第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開
- 第4章 クイーンのサウンドを支えたレッド・スペシャル
- 第5章 エリザベス女王も聴いたイギリス国歌演奏
- 第6章 ブライアン所有のレッド・スペシャル量産モデル
- 謝辞
【感想は?】
とある優れたアナログ・ハックの記録。
そう、ブライアン・メイはハッカーだった。彼の父ハロルド・メイもそうだ。彼はハッカーの家に生まれ、ハッカーとして育ち、そして意外な世界で成功したのだ。
世にギター小僧はウジャウジャいるが、自分でギターを作ろうなんて考える奴は滅多にいない。仮にいても、たいていは市販品を組み合わせて満足する。それを、木材から調達して電気系統の配線も自分でやろうなんてのは、彼とエディ・ヴァンヘイレンぐらいしか私は知らない。
特にハッカー気質を感じるのは、道具も自作するあたり。
万力の力で正確にフレットを曲げるための工具は、試行錯誤しながら開発した
――第3章 知られざるディテールとメカニズム初公開
フレットを指板のカーブに沿って曲げるため、専用の道具から作ったのだ。こういう「道具を作る道具を作る」あたりが、強烈にハッカー気質を感じさせる。この後、フレットを指板に接着する時も、専用の工具を作ってたり。
このフレットを指板のどこに置くかも、ちょっとした難しい問題。というのも、フレットの位置で音程が決まるからだ。これを間違えると、音痴なギターになる。普通のギターと同じサイズなら、その値を定規で測って真似すればいい。が、しかし。
レッド・スペシャルは、少し小型なので、他のギターの数値は使えないのだ。
幸いにして現代の12平均律は、厳密な数学規則にのっとって決まっている(→Wikipedia)。今ならネットで調べればすぐ出てくるが、当時はそんなモノはない。じゃどうするかというと、自分で計算するのだ。ここでは、デジタルのハックもしてたりw 今なら Excel 一発だが、当時は大変だったろうなあ。
など、製作の苦労も面白いが、独特のメカニズムも驚きがいっぱい。もっとも、熱心な Queen のファンには常識かもしれないが。
まず私の恥を告白しよう。今までずっと、ピックアップはハムバックだと思いこんでいた。んなの、ちょっと見ればわかりそうなモンだが、全く注意してなかったのだ。ああ恥ずかしい。
それもこれも、音がゴージャスで豊かなせいだ。シングルコイル特有のトンガった感じがしない。6ペンス硬貨をピックに使う独特のアタックのせいもあるが、配線もやたらマッド。
外から見ると、シングルコイルのピックアップが3個だ。ストラトと同じだね…と思ったら、なんと直列でつないでいる。え? 加えて、ボディ下の6個のスイッチもキモ。各ピックアップのオン・オフに加え、位相も反転できるという凝りよう。 って、それハムバックじゃん! 俺の耳は間違ってなかったんだ←をい。
などの電気系統の工夫は他にも幾つかあって、やっぱりシングルコイルの弱点、ノイズには悩まされた模様。配線系の写真を見ると、こんなに細くて頼りないコードから、あんなに大きくて迫力ある音が生まれるというのが、ちょっと信じられなかったり。
ギタリストの悩みとしてノイズと並ぶのが、チューニングの狂い。特にトレモロはトラブルメーカーで、安物はすぐにチューニングが狂ってしまう。と同時に、巧みに操れば「飛行機の爆音やクジラの鳴き声」も出せて、変化に富んだサウンドを生み出せる強力な武器になる。
いかにして正確なチューニングを維持するかが、製作者の腕の見せ所。それはレッド・スペシャルも同じ。金属板の焼き入れの工夫から弦と接するサドル、そしてヘッドのペグの位置まで、「いかに正確なチューニングを保つか」に心を配ってたり。
でも弦が切れた時は大変だなあ。あとオクターブ・チューニングも難しそう…と思ったら、写真を見る限り、やっぱり完成後に微調整したっぽい。
ボディがホロー(中空)ってのも意外だったし、直筆の設計図も貴重。貴重と言えば、なんとX線写真まで収録した凝りよう。長年の酷使ですり減ったフレットや、メンテ中の部品のアップは、かなりの迫力。マニア向けの本だが、だからこそマニアには美味しい一冊。
ただ、ブライアンの一人称、特にこの本に限れば「私」が相応しいと思うんだけど、あなた、どうです?
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