ジェニファー・アッカーマン「からだの一日 あなたの24時間を医学・科学で輪切りにする」早川書房 鍛原多恵子訳
本書はあなたの身体に関する新しい科学的知見にかかわるものであり、1日24時間のうちに体内で起きる複雑で興味深い出来事を多数見ていこうとするものである。
――プロローグ私たちは五感をとおして1秒につき数千万ビットの情報を取り入れているけれども、意識が処理できるのはわずかに7~40ビットに限られている。
――第3章 機知(空腹感を司る)ホルモンレベルは食事前にほぼ80%急上昇し、胃が空っぽになる食事前にピークを迎え、食後一時間すると最低レベルまで降下する。
――第4章 正午きっかり秒速1.8m超、つまり時速4.8kmの速度での歩行がもっとも効率がいいそうだ。筋肉がこの歩調で歩くときの歩幅と歩数でもっともよく動くというのが一つの理由だ。
――第5章 ランチのあと昼寝することによって、その後の注意力、気分、俊敏性、生産性が上がるとする研究は山積している。
――第6章 居眠りの国あなたの肉体は一日のやや遅い時間に最高の状態になる。(略)手と背骨は一日の早いい時間と比べて約6%強靭になっている。
――第8章 運動する一般的にいって、筋肉痛は激しい運動の24~48時間後にピークを迎える。
――第8章 運動する「疲れるのは脳で、体ではないのよ」
――第8章 運動する消化管内壁の細胞は夜に比べて昼には23倍の速さで増殖する
――第11章 夜風
【どんな本?】
時差ボケを経験した人は見に染みてわかるだろうが、私たちの体には24時間のリズムがある。なら、勉強に適した時間や運動に適した時間もあるんだろうか?
世の中には朝型の人と夜型の人がいる。同じように食べても、太る人と太らない人がいる。悲観的な人と楽観的な人がいる。これは何が違うんだろうか?
目覚めのとき。音楽を聴くとき。歩くとき。驚いたとき。あくびが出るとき。疲れたとき。恋に落ちたとき。眠るとき。食事のとき。そして消化のとき。私たちの体には、何か起きているんだろうか。
著者は「かぜの科学」でも体当たり取材に挑んだ突撃型サイエンス・ライター。現代科学が解き明かした私たちの体の謎を、抜群の行動力によって世界中の医学者・科学者に取材し、時には自ら被検体となってかき集め、親しみやすく紹介する、一般向けの科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Sex Sleep Eat Drink Dream : A Day in the Life of Your Body, by Jennifer Ackerman, 2007。日本語版は2009年10月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約330頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント43字×16行×330頁=約227,040字、400字詰め原稿用紙で約568枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ときおり脳の部位やホルモンや化学物質の名前が出てくるが、「そういうモノ」ぐらいに思っていれば充分に楽しめる。国語が得意なら、中学生でも読めるだろう。
ちなみに原題 Sex Sleep Eat Drink Dream は King Crimson の曲(→Youtube)。アルバム Thrak 収録。そういう趣味だったのね。
【構成は?】
プロローグと第1章は、本書全体の基礎となる事が書いてあるので、最初に読もう。以降の各章はほぼ独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。
プロローグ
朝
第1章 目覚め
第2章 外界をさぐる
第3章 機知
昼
第4章 正午きっかり
第5章 ランチのあと
午後
第6章 居眠りの国
第7章 緊張感
第8章 運動する
夕暮れ
第9章 パーティーの顔
夜
第10章 魅せられて
第11章 夜風
第12章 眠り
第13章 狼の時刻
謝辞/訳者あとがき/原注
【感想は?】
誰だって何が一番気になるかは決まっている。自分の事だ。だから、この本は面白い。だって、この本は、私の、そしてあなたの体の事を書いているんだから。
とはいえ、同じ体のことでも、人によって気になる点は違う。
受験生なら、もの憶えのいい時間を知りたいだろう。体重が気になる人は、運動と食べ物と消化関係。寝つきが悪い人は、睡眠関係。スポーツ好きな人なら、筋力がつきやすいトレーニング方法。そして、誰もが気になるのが、モテる方法だ。安心していい。みんな、役立つ事が書いてある。
例えば勉強に向く時間だ。
注意力、記憶力、明確に思考し学習する能力は、1日のあいだで15~30%変動するという研究がある。たいていの人は目覚めてから2時間半から4時間のあいだがいちばん頭が冴えている。
――第3章 機知
そんなわけで、午前中に集中して学ぶといい。ヒトの体には、一日のリズムがあるのだ。
体温は1日のうちに2度近く変動する。早朝のおよそ36度1分という体温に始まり(つまり朝いちばんに測った体温が37度なら、あなたは微熱がある)、午後遅くか夕刻早くにはおよそ37度2分あるいは37度8分まで上昇するのだ。
――第1章 目覚め
このリズムを巧く使えば、色々と役に立つ。ただし、試験の日は寝坊厳禁だ。1950年代、米空軍は駐機中の戦闘機のコクピットにパイロットを眠らせ、いつでも離陸できるようにした。これが大失敗。叩き起こされた直後のパイロットは寝ぼけているため、事故が続出した。
睡眠については他にもあって、終盤では睡眠不足の恐ろしさを繰り返し警告してたり。現在、バスの運転手は人手不足を超過勤務でカバーしているらしいが、これはとても恐ろしい事なのだと、つくづく感じる次第。
さて。私は付箋をつけながら読んでいる。読み終えて改めて「どこに付箋がついているか」を眺めると、食事と消化が最も多く、次に睡眠関係だった。本能に忠実に生きてるなあ。
私は温かい食べ物が好きだ。夏でもコーヒーはホットで飲む。これにも、ちゃんと理由があった。
温度も味覚に関係している。食べ物を温めると、甘さや苦みが増す(コーヒーがおいしく感じられるもう一つの理由である)。実際、舌の温度を変える(上げたり下げたりする)だけで、50%の人が味を感じる。
――第2章 外界をさぐる
温かい方が、より味を強く感じるのだ。逆に、アイスコーヒーは、より濃くする必要があるんだろう。甘い物が好きだけど太りたくないなら、ホット派に鞍替えしよう。加えて、朝ご飯はガッチリ食べた方がいい。
毎日一度、朝食に2000キロカロリーの食事を摂ったとすると、体重は減るかもしれない。ところが、同じ量を夕食に摂れば、おそらく体重が増えるだろう。
――第5章 ランチのあと
これも一日の体のリズムが原因だ。
また、睡眠不足もダイエットの敵。寝足りないと、食事の量が増える。また、脂っこいものが欲しくなる。あなたも経験あるでしょ? だけでなく、体に脂肪がつきやすくなってしまうのだ。がび~ん。悲しい事に、太りやすい体質ってのも、ある。これは遺伝子だけじゃない。なぜって…
「健全な人体を構成するすべての細胞の中で、99%以上が皮膚や腹部などに暮らす微生物なのだ」
――第5章 ランチのあと
この体内、特に腸内の微生物がクセ者。
バクテロイデス・テタイオタオミクロンのような細菌がいなければ、炭水化物はカロリーの源になることもなく、ただ私たちの体内を通過してしまっていたことだろう。
――第5章 ランチのあと
彼らは消化を助けてくれる。のはいいが、この腸内微生物の構成が、人により違う。太りやすい人は、消化を助ける微生物を沢山飼っているらしい。余計なことをしやがって。
なんていう悩みやストレスも、少しなら役に立つ。
ストレスそのものは体にいいのだという。ただし、短い時間であれば、という条件つきである。
――第7章 緊張感
驚いた時、筋肉が緊張して呼吸が荒くなり脈も増える。体が戦闘状態に入るわけだ。いわゆる「火事場の馬鹿力」ですね。ホラーやジェットコースターなど、恐怖やスリルを「楽しむ」娯楽があるのは、このためなんだろうか。
ただし、長い期間に渡り続くストレスは「選択を誤りがち」になる。パワハラ上司やカルト宗教の洗脳は、こういう体の働きを悪用してるのかも。
悪用って程でもないが、モテるコツも載っていて、例えばカレシに自撮り写真を渡すなら…
と、役に立つ事から野次馬根性で楽しめるネタまで幅広く扱っていて、読んでいて飽きない。反面、あまりに身近過ぎて考え込んでしまう話も多い。文章は読みやすく内容も分かりやすいが、読み通すのには意外と時間がかかる本だった。
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