田中辰雄・山口真一「ネット炎上の研究 誰があおり、どう対処するのか」勁草書房
人々を情報発信から遠ざけた炎上はなぜ生じたのだろうか。炎上を防ぐ方法はあるのだろうか。炎上はネット社会に不可避な現象で、これを甘受するしかないのだろうか。これらの問いに答えようというのが本書の問題意識である。
――はじめに炎上は年間400件(1日に1件以上のペース)発生しており、それによる経済的被害まで発生している。
――第4章 炎上は誰が起こすのか
【どんな本?】
特定の人物や組織が、非難や罵倒の集中砲火を浴びる「炎上」。この言葉には、悪い印象がつきまとう。
例えば、スマイリーキクチ中傷被害事件(→Wikipedia)。芸能人のスマイリーキクチ氏が、凶悪犯罪の犯人と間違われ、10年近くデマに悩まされた。芸能人や政治家のなどの有名人は、言葉尻をとらえられ大騒ぎになる事は多い。
だが、炎上が有益な場合もある。例えばグルーポンすかすかおせち事件(→Wikipedia)では、タチの悪い商行為の告発につながった。ステルス・マーケティングが明るみになると、たいてい大騒ぎになる。最近では、健康・美容サイトの WELQ が、医学的に信用がおけないと話題になった。
無名だからといって、油断はできない。未成年の喫煙・飲酒自慢が非難を浴びた例は多い。大人でも、暴力行為の自慢が身を滅ぼした例がある。明らかな犯罪行為ならともかく、居酒屋に子供を連れていくなど、微妙な線で燃え上がる事もある。
公開の場ばかりではない。最近はメールや LINE から炎上に発展するケースもあり、誰もが炎上の餌食になりかねない。
炎上は、なぜ起きるのか。どのような経過をだどって炎上に発展するのか。今までは、どんなケースがあったのか。対象者はどんな対策を取り、どんな結果になったのか。それぐらいの期間、炎上は続くのか。誰が炎上させているのか。そして、効果的な対策はあるのか。
多くの事例や関係者へのインタビュウ、そしてアンケートなどのデータに基づき、炎上の歴史と現象と構造、そして対策までを語る、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2016年4月25日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約233頁。9.5ポイント35字×30行×233頁=約230,670字、400字詰め原稿用紙で約577枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分ぐらいの分量。
文章はこなれている。幾つか統計関係の式が出てくるが、わからなければ無視しても大きな影響はない。その式が意味する事を、普通の日本語で書いてある。紹介している事例の多くは、2ちゃんねるや Twitter などで話題になった事件なので、ネットに浸っている人ほど迫力を感じるだろう。
【構成は?】
原則として前の章を受けて次の章が展開する形なので、素直に頭から読んだ方がいい。具体的なデータに基づいた歴史と現状分析は第5章までで、第6章以降は思索的な内容が中心となるので、即物的な内容を求める人は第5章まで読めば充分だろう。
構成はとても親切で、特に拾い読みしたい人への配慮が行き届いている。最初の「はじめに」で、本全体の流れを語り、また各章の冒頭でも、その章のまとめを述べている。そのため、必要な部分をスグ見つけられる。
加えて、注を頁の下においてあるのも嬉しい。いちいち頁をめくらなくていいので助かる。
参考文献も4頁に渡り、内容的にも形式的にも学術書と言って差し支えないわりに、文章は親しみやすく読みやすく、また表やグラフを活用し、素人向けのわかりやすさに配慮しているのもありがたい。
- はじめに
- 第1章 ソーシャルメディアと炎上:特徴と発生件数
- 1-1 炎上とは
- 1-2 炎上の特徴
- 1-3 炎上の発生件数推移と傾向
- 1-4 参考となる論文・書籍
- 1-5 ネットコミュニケーションのゆくえ
- 第2章 炎上の分類・事例・パターン
- 2-1 炎上の分類
- 2-2 Ⅰ型:反社会的行為や規則に反した行為(の告白・予告)
- 2-3 Ⅱ型:何かを批判する、あるいは暴言を吐く・デリカシーのない発言をする・特定の層を不安にさせるような発言・行為をする
- 2-4 Ⅲ型:自作自演、ステルスマーケティング、捏造の露呈
- 2-5 Ⅳ型:ファンを刺激(恋愛スキャンダル・特権の利用)
- 2-6 Ⅴ型:他者と誤解される
- 2-7 炎上のパターンと予防・対処
- 第3章 炎上の社会的コスト
- 3-1 情報発信の萎縮
企業炎上・触法自慢/情報発信からの撤退/五輪エンブレム事件/炎上経験者の体験談/サイバーカスケード - 3-2 若干の統計的検討
アンケート調査より/SNSの変遷より/社会的コストのラフ推定 - 3-3 初期インターネットとの比較
ネット楽観論の暗転/フレーミング(Flaming)との違い - 3-4 炎上対策の検討
炎上対策1:話題の限定/炎上対策2:謝罪 - 3-5 結語:炎上のコストは情報発信の萎縮
- 3-1 情報発信の萎縮
- 第4章 炎上は誰が起こすのか
- 4-1 人々の炎上とのかかわり方
- 4-2 データから見る炎上参加者のプロフィール
- 4-3 炎上参加者の分析:年収の多い若い子持ちの男性が書き込み
- 4-4 炎上行動に有意でない属性:ひとり暮らし、学歴、ネット時間等
- 4-5 炎上の捉え方と予防方法
- 第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか
- 5-1 なぜ参加者数を調べるのか
- 5-2 アンケート調査での炎上参加者推定
- 5-3 Twwitterでの炎上参加者推定
ルミネCM炎上事件/6つの炎上事件 - 5-4 炎上での直接攻撃者
炎上への参加者数のまとめ/有識者は知っている/炎上の主役はどんな人たちか - 5-5 結語:炎上参加者はごく一握り
- 第6章 炎上の歴史的理解
- 6-1 炎上の理解:集団極性化とデイリーミー
- 6-2 近代化の歴史より
国家化・産業化・情報化の三段階論/若干の統計的補足 - 6-3 草創期の力の濫用
軍事力・経済力の濫用/情報発信力の濫用/炎上は解決すべき課題
- 第7章 サロン型SNS:受信と発信の分離
- 7-1 炎上の真の原因
発信規制/過剰な発信力/インターネットの学術性/受信と発信の分離 - 7-2 サロンの構想
サロン型SNSの仕様/サロン型SNSの詳細/サロン普及後のイメージ/非公開サロン/その他の仕様 - 7-3 自由参加かメンバーシップか
- 7-4 結語:サロンの必要性
- 7-1 炎上の真の原因
- 第8章 炎上への社会的対処
- 8-1 炎上とのかかわり方とインターネットに対するイメージ
- 8-2 政策的対応の検討
- 8-3 炎上への規制対応は難しい
- 付録 炎上リテラシー教育のひな型
- 参考文献/索引
【感想は?】
ブログの書き手としては、どうしても注目してしまう本だ。
幸か不幸か、このブログは閑古鳥が鳴いている。そのため、どうしても油断しがちだが、その気になれば世界中の人がこのブログを見れる。いつどこから火の手が上がるか、わかりゃしない。
そんなわけで、多少の警戒はしている。自宅の住所や電話番号など、身元が割れそうな事は書かない。写真を使う際も、撮影場所や日時を示す Exif は消す。当然ながら、過去の悪行を自慢したりはしない…していないつもりだ。
これらはインターネットを使う際に、あたりまえの自衛方法として、むしろ周知徹底すべき事柄だろう。
が、ダークサイドもある。萎縮だ。本来、インターネットは自由に意見交換できる場だった筈だ。だが、炎上を恐れるあまり、ある種の話題は避ける場合がある。というか、正直言って、私も避けている。特に、政治やホットなネタは、よく知らない上に事実確認が面倒なので、慎重にしている。つまりビビってるワケです、はい。
そういう萎縮は社会的な損失だ、そういう視点で書かれているのが、この本の好きな所。
とはいえ、ネットイナゴども、まっとうに議論が成立するなら、教えていただきましょうって気にもなるんだが、炎上の場合はそうはいかない。「第3章 炎上の社会的コスト 」に曰く、「そもそも攻撃側に議論する気はなく…」。単に袋叩きにしたい、それだけの人が多いのだ。
そんな風に、インターネットは特異な場所と思われているが、炎上のプロセスを見ると、従来のメディアの力を再確認したり。というのも、炎上に発展するのは、こういう経過だからだ。
- 何か問題が起きる。
- 誰かが Twitter や2ちゃんねるなどにタレこみ、祭りになる。
- まとめサイトやニュースサイトが騒ぐ。
- テレビや新聞が取り上げる。
マスコミが取り上げれば騒ぎが大きくなり、そうでなければ小炎上で済む。マスコミが騒ぎの大きさを左右してるわけで、従来メディアの力は侮れない。
全般的に多くのデータを基にしているのも、本書の特徴。例えばブログ、Twitter や LINE に押されて下り坂の雰囲気があるが、「ブログのユーザ数は300万程度で安定している」(第3章 炎上の社会的コスト)なんて嬉しい話も。もっとも、データ自体は2009年までしかないんだけど。
ただし、肝心の炎上参加者のプロフィールについては、アンケートの回答を元にしているので、ちと疑問が残る。炎上参加者は「高年収・ラジオやSNSをよく使う・子持ちの若い男」などが相関が強い、とあるが、あくまでも「自称」なんだよなあ。
それより信頼性が高いと思われるのが、ニコニコ動画の川上量生や2ちゃんるの西村博之の証言。
川上量生:炎上参加者が少数派である一方で、炎上参加者自身は自分を少数派だと思っていない
――第4章 炎上は誰が起こすのか
西村博之:2ちゃんねる上でのほとんどの炎上事件の実行犯は5人以内であり、たったひとりしかいない場合も珍しくない
――第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか
つまりは自演で多人数に見せかけているわけ。結論としては…
炎上事件に伴って何かを書き込む人はインターネットユーザの0.5%程度であり、1つの炎上事件では0.00X%のオーダーである。
――第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか
と、ごく少数の粘着が暴れてるだけ、って事になる。仮に0.01%とした場合、騒いでいるのは1万人に一人って割合だ。もっとも、それでも日本1億2万人だとすると、全体で1.2万人なんて数になっちゃうんだが。加えて、その性質は…
炎上を起こしているのはネットユーザのごく一部であり、通常の対話型の議論をすることが難しい特異な人である可能性が高い。
――第6章 炎上の歴史的理解
要は話が通じない人ですね。あなたのまわりにもいませんか、相手の話を聞かない人。
また、時間も重要な要素。スマイリーキクチ氏は10年近く苦しんだが、これは極めて珍しいケース。人の噂も75日どころか、下手すると75時間で収束しちゃう。2ちゃんねるの「ニュース速報+」板のスレッドの寿命が三日ほどなので、それが一つの目安かな。炎上したら、とりあえず1週間ほど放置するといいかも。
炎上を防ぐため実名制にしよう、なんて意見もある。韓国がやったけど…
誹謗中傷の書き込みはわずかに減っただけで、それよりもコメントの絶対数がはっきり減少し、情報発信の萎縮効果の方が顕著だったという。
――第7章 サロン型SNS:受信と発信の分離
と、害の方が大きかった模様。
思索が中心の第6章も、面白い視点を提供している。曰く…
「火力が発達した16世紀は軍事力が濫用されたし、産業革命の18世紀末からは経済力が濫用された。炎上は情報力の濫用だろう。新しい力の草創期には濫用が起きるもの。軍事力や経済力に抑制がかかったように、炎上もいずれブレーキがかかるだろう」。本当にそうだといいなあ。
炎上を扱う本は他にもあるが、多くのデータを基にしている点が本書の特徴。残念ながら即効性のある解決策は示していないが、「実は少数による自作自演」とか「たいてい数日で沈静化する」とか、参考になる話も多いし、何より自分に関係の深い内容なので、私にはとても面白かった。
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【楽観論】
以降は私の考えで、本書の内容と直接の関係はない。よって、書評だけに興味がある人は、読み飛ばして構わない。
実は私も、長い目で見ると炎上は減っていくんじゃないかと思っている。特にブログや Twitter では。
というのも。
このブログにも、スパム・コメントが頻繁に飛んできている。が、私はほとんど気にならない。大半のスパムを、ココログが自動で防いでくれてるからだ。
スパム・フィルタは、メールでも活躍している。そのメールがスパムか否かは、幾つかの方法を組み合わせて判断してる。過去のスパムの文面と似ているとか、特定の単語を含むとか、異様に短いとか、発信源が怪しいとか。
スパム・フィルタを欲しがる人は多い。だからフィルタ技術が発達した。同様に、荒らし対策も、多くの人が欲しがっている。
実際、Twitter も様々な対策を講じている。卑猥な画像や、物騒な言葉を含む投稿は、ブロックされてしまう。残念ながら今はフィルタの精度が悪く、蚊を潰した投稿も「悪意の投稿」と判断されたりする。Twitter は精度に問題があることを分かっているし、商売に差し支えるんで、今後も精度を上げるべく改善を続けるだろう。
ココログなどのブログ・サービスや Facebook など他のサービスも、荒らし対策フィルタが欲しい。だから、フィルタを開発し精度を上げるため技術者と金を投資する。または、他社が開発したフィルタを買い入れる。
そんな具合に、少なくともブログと Twitter と Facebook などは、炎上対策フィルタが使われるようになり、ブログ炎上は減るだろう、そう私は思っている。
が、2ちゃんねるや悪質なまとめサイトは、むしろ炎上させてアクセスを稼ごうとしているフシがあるんで、暫くは野放し状態が続くだろうなあ。
とまれ、こういう技術で防げるのは、悪口や脅迫の類で。
今のところ、自然言語解析は、単語の出現頻度で判断するなど表層的な技術に留まっている。文章の意味を理解してるワケじゃない。だから、藁人形論法や悪魔の証明などの詭弁(→Wikipedia)は見抜けないし、デマも防げない。
それでも、需要はあるから、少しづつでも技術は進む…んじゃ、ないかな。つか、頼むから進んでくれ。
そうなれば、ネット上の情報を使ってマシンは自ら学習し、やがて人智を越えた存在になり、シンギュラリティへと向かう。その結果、下手すっと人類みな無職になるけど、ま、いっか←をい
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