森岡浩之「突変世界 異境の水都」徳間文庫
12月6日午後6時52分37秒――
関西大移災が発生した。
――p215「要らんこと、見て、聞いて、要らんこと、考えて。それが面白いやないですか」
――p449
【どんな本?】
2016年の日本SF大賞に輝いた長編「突変」の前日譚にあたる、パニックSF長編小説。
舞台は近未来。突然変移なる現象が多発していた。地球上の一部の地域が、何の前触れもなく他の世界と交換されてしまう。他世界の気候は地球と似ているようだが、地形が多少異なり、また生物相も地球と全く違っている。三年前から確認された現象は、その後も続いていた。
関西で起きた移災は大規模なもので、大阪を中心に奈良から兵庫に及ぶ。巻き込まれた者たちの中で、主導権を握ろうと三つの組織が動き始める。大阪を拠点とするグループ企業の水都グループ,やはり大阪を根城とする新興宗教団体アマツワタリ,そして自警団の名目でチンピラをまとめた魁物。
ガスなどのインフラ網や広域の貿易罔を失った都市は、どうなるのか。突然の災害に対し、様々な民間組織や政府機関は、どう動くのか。巻き込まれた人々は、どんな行動をとるのか。そして、水都グループ・アマツワタリ・魁物の主導権争いの行方は。
巨大災害を人間味たっぷりに描く、娯楽シミュレーション小説。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2016年12月15日初刷。文庫本で縦一段組み、本文約598頁に加え、牧眞司の解説「関西大移災! 裏地球の仁義なき抗争のはじまり」10頁。9ポイント40字×17行×598頁=約406,640字、400字詰め原稿用紙で約1,017枚。上下巻に分けてもいい分量。
文章は読みやすい。内容も、SFとしての仕掛けで大きいのは、移災だけ。これさえわかれば、充分についていける。また、主に情報処理・通信関係で、既に実現している技術の半歩から一歩先の技術が出てくるが、日頃からスマートフォンを使っている人には、感覚的になじみやすいだろう。
【どんな話?】
はじまりは三年前。インド洋チャゴス諸島沖で漁船が引き揚げた網には、異形の獲物ばかりがかかっていた。しかも、その中の何種かは凶暴で、漁師たちを襲い始める。彼らが引き揚げた生物を科学者が分析したが、いずれも未知の生物だった。
約三か月後、今度はアメリカ合衆国ネバダ州の一部で異変が起こる。やはり異形の生物が出現するばかりか、地形すら一瞬にして変わってしまった。そこに住んでいた者もいたが、綺麗に消えてしまう。これに似た異変が、世界の各地で起き始める。
アフリカのブルキナファソで起きた異変が、事件の解明の手掛かりを与えた。異変に巻き込まれ、消えたと思われた者が発したメッセージが見つかったのだ。どうやら、我々の世界と、異なった世界の一部が、交換されたらしい。
日本政府は、この現象を移災と名付け、緊急時における指揮系統など、法や制度を整えはじめる。また、民間でも、宗教団体や大企業などが、組織を力を活用し、食料の備蓄など災害への対策を講じつつあった。
水都セキュリティ・サービス略称セキュサは、大阪に根を張る水都グループの一つだ。セキュサに勤める岡崎大希は、グループのオーナー五百住正輝じきじきの命を受ける。新興宗教アマツワタリの次期教主ミヨシと目される少女・天川煌の身を守れ、と。どうも教団内部の抗争があるらしい。
田頭誠司は魁物を率いている。移災が知られるに従い、自警団の需要が増えた。魁物は、田頭がチンピラを集めて作った民間の自警団だ。荒っぽい事には慣れているし、実際、同業者と衝突する事もある。移災に巻き込まれた時のために、食料などに加え、銃器も集めてあった。
そして12月6日。関西大移災が起きる。
【感想は?】
すっかり忘れてた。この著者、陰険な会話が上手いんだ。
前の「突変」では、双子の高校生・出灰万年青と出灰鈴蘭のドツキ漫才が冴えてた。この作品でも出灰兄妹または姉弟が出てくるが、ここでは二人とも中学一年。会話にも将来の片鱗が見える。
今回は、それ以上に楽しいコンビが出てくる。まずは水都グループを率いる若きオーナー五百住正輝と、その秘書の神内究。普段は礼儀正しくバリバリのヤリ手を感じさせる神内だが、正輝が相手となると容赦なく突っ込みを入れる。これをボケ通していなす正輝との、ドツキ漫才がたまらない。
やはり楽しいコンビが、宗教団体アマルワタリを率いる美少女・天川煌と、彼女の後見人・沢良木勝久。登場するまでは「狙われて傷ついた美少女」なんて儚げな印象だった天川煌、実際に口を開くと、これでなかなか遠慮がない。
そんな彼女に噛みつかれる沢良木だが、彼もなかなか大した人で。いや組織のトップとしちゃ実に頼りないんだが、ありがちな理系の変人というか。やはり自分の価値観をシッカリ持ってる人は強いねえ←違うだろ
そんな会話のスミに仕込んだ、マニアックなネタも楽しみの一つ。そりゃわかんねえよ、「うわっ」ってw 真面目そうな神内氏の意外な一面が覗ける場面。沢良木と話しが合いそうだよなあ。三つの約束とか資料室の別名とか、困ったオッサンたちだw
などの小ネタっはもちろん面白いが、それ以上に、グループ企業の内情も読みどころ。ある意味、小松左京の「首都消失」の後継とも言えるシリーズだが、アレが政府関係を中心として描くのに対し、こちらは民間が事態を主導するのが大きな違い。
これも護送船団方式が残っていた80年代と、新自由主義に移りつつある2010年代の差かな、とも思うが、それ以上に大きいのが、企業が持つインフラ的な資産の成長。
まずこれを感じるのが、ライドシェアリング制度。いわば企業内Uberだ。大規模なグループ企業なら、どこかの部署の誰かが、しょっちゅう業務用の車で走っている。ならタクシー代わりに相乗りすりゃいいじゃん、って制度。
もちろん、この制度を巧く動かすためには、刻々と移り変わる「いつ・どこで・誰が・どこを走り・どこに向かっているか」をリアルタイムに把握せにゃならんし、また相乗りする・させる双方がタイミングよく連絡を取れなきゃいけない。
80年代には難しかったけど、情報通信・処理が発達した現在なら、Uberが示すように、充分に実現可能だ。昔から事務所と工場間などで、業務用の定期便に便乗する、なんて制度はあったんだが、街中で人を拾えるようになると、グッと応用範囲は広がる。
この制度の目的は、経費節減。タクシー代が勿体ないじゃん、ってこと。こういう節約を目的とした制度は、お役所じゃ発達しにくい。
他にも縦割り行政とかの弊害があり、省庁間のデータ交換とかはイマイチ巧くいってない。例えば郵便番号は、行政区分と一致してない場所がある(→Wikipedia)。他にも姓名での外字の扱いの不統一を、藤井太洋が「ビッグデータ・コネクト」で描いていた。
こういう問題も、オーナーの発言権が強い私企業なら、鶴の一声で解決しやすい。私企業でも図体のデカい企業はグループ間の連絡が悪かったりするんだが、これを水都グループの成り立ちで解決しちゃうあたりに、設定の巧みさが光る。
などといった社会的な仕掛けに加え、この作品では、肝心の突変現象の謎が、少しだけ明かされるのもワクワクするところ。これが意外にも大掛かりな話で…
とすると、このシリーズも暫く続きそう。前作がご町内を舞台として市井の人々を描き、今回はそれを率いる組織に焦点を当てた。次にどんな話を読ませてくれるのか、とっても楽しみだ。
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