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2017年11月 3日 (金)

菅浩江「ID-0 Ⅰ・Ⅱ」ハヤカワ文庫JA 原作:ID-0 Project

「それを決めるのは俺じゃない。あんたが俺という存在をどう認識するかだ」
  ――ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ

「今さら過去を知って何になる。この身体で、この意識で生きてきた時間が、今の俺を形作っている」
  ――ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ

「こんな形になっても、俺はまだ走り足りねえ。生き足りねえ」
  ――ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

調査、仮説、実証。
  ――ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

【どんな本?】

 谷口悟朗監督・黒田洋介脚本で、2017年に放送されたSFアニメ「ID-0」を、ベテランSF作家の菅浩江が小説化した作品。

 遠未来。人類は鉱物「オリハルト」を発見する。オリハルトの応用範囲は広い。恒星間航行、遅延のない情報通信、そしてロポットへの意識転位。これにより人類の文明は飛躍的に発展し、遠宇宙へと進出、その版図を広げてゆく。

 しかし、オリハルトには副作用もあった。制御不能の重力異常と空間歪曲を引き起こすのである。

 天涯孤独の学生ミクリ・マヤは、宇宙地質学を専攻している。初めてのオリハルト試掘調査で宇宙に出向くが、慣れぬ作業に加えオリハルト採掘につきもののミゲルストリームに見舞われ、虚空に放り出されたところを採掘業者に助けられた。

 オリハルトは、人類の文明を支えている。その採掘は、大きな報酬が得られる反面、事故に巻き込まれる事も多い、危険な仕事だ。そのため、大企業ばかりでなく、一攫千金を狙う怪しげな採掘業者も多い。

 マヤを助けたのは、エスカベイト社のストゥルティー号。社長のグレイマンを含め、全6人のアットホームな…と言えば聞こえはいいが、つまりは零細企業。しかも、メンバーはいずれもワケありっぽい怪しげな奴らばかりで…

 宇宙空間を舞台に、アクの強い奴らがバトルとチェイスを繰り広げる、痛快娯楽活劇。

 なお、Ⅰ:Ⅱ巻とも、ラテン語の副題がついている。

  • ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ
  • ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

 Cognosce te ipsum は「デルポイの神殿に刻まれたギリシア語(グノーティ・セアウトン)のラテン語訳」、Vive hodie は「ローマの詩人マルティアーリスの言葉」。いずれも「山下太郎のラテン語入門」より引用した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Ⅰは2017年6月25日発行、Ⅱは2017年7月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約264頁+291頁=約555頁。9ポイント40字×17行×(264頁+291頁)=約377,400字、400字詰め原稿用紙で約944枚。文庫本の上下巻としては標準的な分量。

 文章はこなれている。が、内容は、というと…。

 アニメのノベライズのため、アニメを観た人と観てない人では、だいぶ印象が違うはず。私は観ていたので、描かれている場面がアリアリと瞼に浮かんだ。お陰で終盤では、子安声が朗々と脳内に鳴り響く羽目にw

 というのも、序盤からSFガジェット満載な上に、ストーリーもジェットコースターなのだ。そのガジェットもニュートン力学から土木工学・量子力学そして怪しげな未来技術と、バラエティ豊かで高濃度。そのためか、私はアニメ以上のスピード感を楽しめた。が…

 小説から入る人は、あまりのハイテンポと、次から次へと出てくる仕掛けやガジェットに、振り落とされかねない。もしついて行けたなら、あなたはSF者としてかなりの強者に育つ素質を持っている。そんなモンになりたいかどうかは疑問だけど。

 という事で、できれば用語集と登場人物一覧をつけて欲しかったなあ。

【感想は?】

 アニメのノベライズなんて…とナメていたが、とんでもない。これぞ21世紀のスペースオペラ。

 なんたって、序盤から次々と出てくるガジェットに頭クラクラ涎タラタラな上に、ひっそりとリアリティ豊かな小道具を仕込ませているからたまらない。

 例えば冒頭の小惑星採掘の場面。小さな天体は重力も小さい。だから地球上での鉱山採掘とは違った苦労がある。ってな堅苦しくて面倒くさい世界観を、たった3行で説明すると共に、地球の重力の支えがない宇宙空間へと、一機に読者を連れてゆく。

 このスピード感あふれるセンス・オブ・ワンダー。ああ気持ちいい。

 続いて出るのが掘削用語のライザーパイプ(→weblio)に、天体の機動を乱すヤルコフスキー効果(→Wikipedia)。こういう、まっとうな専門用語で物語世界の地盤を充分に固めた上で、ミゲル・ストリームやIマシンなんてハッタリをカマしてくると、SF者の血はザワザワと騒ぎ出す。

 この血の騒ぎは裏切られる事なく、ちょっとした船体のメンテナンス場面でも、一瞬の気のゆるみが永遠の別れになりかねない、力学に支配された宇宙空間の冷酷さと空虚さを感じさせたり。

 かと思えば、Ⅱ巻では、スイングバイからバサードラムジェットに至る、今までのスペースオペラの定番の推進方法をアッサリと総括するあたりも、「わかってるじゃん」と嬉しくなってしまう。

 お話の方も、Ⅰ巻は息つく暇もないアクションとチェイスの連続。

 最初の語り手は女子大生のマヤちゃん。いきなり宇宙空間で始まったかと思えば、さっそく事故を起こし、虚空に放り出され絶体絶命…と思ったら怪しげな連中に拉致もとい救い出され、やれやれこれで一安心…している暇もなく、正規軍に追いかけまわされるお尋ね者に。

 元は施設育ちで天涯孤独。幸い優等生な上に適性があり、アカデミーで宇宙地質学を学ぶ事になる。はいいが、なにせ先立つ物がない。二言目には「奨学金」が口癖の苦労性。まあ、真面目で現実的な人なんですね。

 そんな娘さんが、見るからに海千山千な山師どもに囲まれ命綱を握られてるってだけでも、設定の巧みさが光る。

 とまれ、映像と小説じゃ、得手不得手が違う。派手なアクションは映像の方が映えるが、細かい説明は苦手。そういう点では、アニメで何気なく使っているマスドライバーなどのガジェットに、ちゃんとSFっぽい理屈をつけて辻褄を合わせてくれたのも、考証マニアとしては楽しい所。

 だけでなく、マヤをはじめとして、それぞれの登場人物の背景を掘り下げたあたりも、この作品の読みどころ。特にⅠ巻ではマヤ視点の記述が多く、彼女がタダの優等生ってだけじゃないのが明らかになる。ばかりか、これが軍人のアマンザや主役のイドと絡み、物語のテーマへと迫ってゆく。

 人物配置として「あれ?」と思ったのは、イドとリックの関係。青のイドと赤のリック、戦隊物なら赤のリックが主役を張るところを、青のイドが主役ってのに、何か魂胆を感じたり。考え過ぎかな?にしてもリック、隕石や宇宙塵はヒョイヒョイ避けるのに、女の拳は決して避けないあたり、漢だよなあw

 ただ、終盤のイドとアダムスの絡みは、ちと腐臭が漂ったり。この辺、著者が楽しんで書いてるのがアリアリで、ま、いっかw ある意味、アダムスの想いがアニメより強く伝わってくるのは、気のせいじゃないと思う。

 目まぐるしく転がってゆくストーリーに、次から次へと登場するSFガジェット。意外な所に隠したマニアックなネタに、キャラの立った登場人物。そして、銀河狭しと駆け巡るチェイスに、危機また危機が続く緊張感。21世紀のスペースオペラと呼ぶに相応しい、痛快娯楽活劇だった。

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