リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 1
第二次世界大戦中、少なくとも2000万の人々が、飢餓、栄養失調およびそれにともなう病気によって、こうした悲惨な死を迎えた。
――第1章 序 戦争と食料窮乏状態に耐える能力の高さは、多くの場合、国民の政府に対する期待の低さを反映する。
――第1章 序 戦争と食料
【どんな本?】
多くの戦争映画や物語が語るように、太平洋戦争中および戦後は多くの日本人が飢えた。ガダルカナルやニューギニアの地獄は有名だし、国内の民間人も代用食や買い出し・闇市に頼った。日本だけではない。あの戦争では、世界中が飢えた。
ドイツの東部戦線の将兵はもちろん、銃後のドイツ国民も飢えた。占領されたフランスも苦しんだが、ボーランドやギリシャはもっと悲惨だ。イギリスも苦しんだが、辛酸をなめたのは植民地のインドだ。当然、ソ連も苦しんだが、最大のツケを回されたのはウクライナなどドイツ軍に占領された地域だろう。
当然、日本が占領した地域も上に見舞われた。アジアの米蔵だったビルマやインドシナすら自給もおぼつかず、それに頼っていた周辺国は悪夢となった。長く続く日中戦争に苦しんだ中国は、太平洋戦争終結後も、国共内戦の苦しみがのしかかる。
と書くと飢えは戦争の結果のように思えるが、実際はもっと複雑だ。そもそも戦争の原因に、食料が大きく関わっている。そして、日本もドイツも、占領地や植民地に、「飢餓の輸出」を目論んでいたし、イギリスも植民地に飢餓を輸出したのだ。
対してアメリカは…
戦争の原因に、食料がどう関係したのか。戦前・戦中・戦後で、各国の食糧事情はどう変わったのか。それに対し、それぞれの政府は何を考えてどう対応し、その結果はどうなったのか。食糧事情という視点で第二次世界大戦を分析し、参加各国の暗黒面に光を当てる、衝撃のドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Taste of War : World War Two and the Battle for Food, by Lizzie Collingham, 2011。日本語版は2012年12月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約463頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×463頁=約413,459字、400字詰め原稿用紙で約1,034枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。
これだけの大容量だってのに、解説によると原本は「著者みずから原書を三割近く削った短縮版」。完全版だと、とんでもない鈍器になるんだろうなあ。
文章はこなれている。内容も特に難しくないが、「インドはイギリスの植民地だった」程度の当時の世界情勢や、「日独伊 vs 英米ソ」程度の第二次世界大戦の経緯は知っていた方がいい。また多くの国や都市が出てくるので、地図があると便利。
それより大事なのは食料の分量とカロリー計算。配給などの食料の量がグラム単位で出てくるので、日頃からスーパーなどで買い物をする人なら、だいたいの量がピンとくる。一日に必要なカロリーは、本書によると以下。
- 普通の若い男:3000Kcal
- 訓練中の兵士:3429Kcal
- 低温下での激しい任務:4238Kcal
- 猛暑下での戦闘:4738Kcal
それぞれの食材の重さとカロリー量は、以下。
- 食パン一斤371g:979kcal (→簡単!栄養andカロリー計算)
- ごはん1杯160g:269Kcal(→カロリーSlism)
- 卵1個60g:91Kcal(→カロリーSlism)
- 牛肉サーロイン脂身つき100g:298Kcal(→Google)
- 豚ばら脂身付き100g:386Kcal(→Google)
- 牛乳100g:66.9Kcal(→Google)
これ調べてて気が付いたんだが、最近の Google はカロリー計算までやってくれるとは。「食材 カロリー」でググってみよう。例えば「チーズ カロリー」とか。そのうち Google ダイエットとか流行るんじゃなかろか。
【構成は?】
基本的に時系列順に並んでいる。それぞれの国の事情が知りたい人は、まず「第1章 序 戦争と食料」を読み、以降は知りたい国の所だけを拾い読みすればいい。
- 地図/出展に関する註記
- 第1章 序 戦争と食料
- 第1部 食料 戦争の原動力
- 第2章 ドイツの帝国への大望
小麦から肉へ/敗北、飢え、第一次世界大戦の遺産/自給自足経済と生存権/ヘルベルト・バッケと飢餓計画/東部での大量虐殺 - 第3章 日本の帝国への大望
農村危機の急進的な解決策/満州に100万戸/南京から真珠湾へ
- 第2章 ドイツの帝国への大望
- 第2部 食料をめぐる戦い
- 第4章 アメリカの軍需景気
- 第5章 イギリスを養う
肉からパンとじゃがいもへ/アメリカの粉末卵とアルゼンチンの塩漬け牛肉 - 第6章 大西洋の戦い
最も過酷な冬/アメリカという命綱/冷凍肉か兵士や武器か/大西洋の勝利 - 第7章 大英帝国を動員する
中東補給センター/東アフリカで勝利をむさぼる/西アフリカとドル不足/ベンガル飢饉 - 第8章 ドイツを養う
生産戦争/西ヨーロッパの占領/ギリシャ飢饉とベルギーの回復力/同盟国とアーリア人 - 第9章 飢えを東方に輸出したドイツ
現地の食料で生活する/飢餓計画の実施/1941年から42年にかけての食糧危機/ポーランドのホロコースト/ウクライナでの食糧徴発 - 第10章 ソヴィエト体制の崩壊
- 第11章 日本の飢えへの道
米とさつまいも/帝国領土の混乱と飢餓 - 第12章 内戦下の中国
国民党の崩壊/生きのびた共産党
- 第3部 食糧の政治学
- 第13章 天皇のために飢える日本
お国のためとされた健康的な食生活/チャーチル給与/アメリカの海上封鎖/ガダルカナル/ニューギニア/ビルマ/本土の飢え/降伏 - 第14章 ソヴィエト連邦 空腹での戦い
赤軍を養う/都市部を養う/アメリカという命綱/飢えを克服した忍耐力 - 第15章 ドイツとイギリス 受給権に対するふたつの取組み
1930年代のイギリス 栄養学的な見解の相違/1930年代のドイツ 「栄養面での自立」政策/配給の政治学/イギリスの労働者階級を養う/ドイツの軍事機構を養う/闇市場/ドイツの都市部 空腹だが飢えてはいなかった - 第16章 大英帝国 戦争の福祉的な側面
ドクター・キャロット イギリス国民の健康を守る/栄養格差の是正/健康と士気 軍の炊事部隊/塩漬けの牛肉とビスケットで戦う/粥、豆、ビタミン/栄養状態の修復 インド軍 - 第17章 アメリカ 不況から抜け出して豊かな社会へ
「いい戦争」/未来への希望/兵士の快適な生活/オーストラリア 勝利のための食品加工/太平洋諸島の人々を養う
- 第13章 天皇のために飢える日本
- 第4部 戦争の余波
- 第18章 腹ぺこの世界
- 第19章 豊かな世界
自国の豊かさとヨーロッパの救済を秤にかける/戦後食糧世界の形成/あらたな消費者の台頭
- 謝辞/訳者あとがき/原註/参考文献/図版出典
【感想は?】
よくできた戦争関係の本がそうであるように、この本も色々と衝撃的な事柄が続々と出てくる。
なんたって、最初からとんでもない事実を明らかにする。あの戦争は、最初から多くの人が飢えると分かっていたのだ。少なくとも、日本とドイツは。そして、そのツケを…
詳しい内容は次の記事で。
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