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2017年10月10日 (火)

Chris Lefteri「『モノ』はどのようにつくられているのか? プロダクトデザインのプロセス事典」オライリー・ジャパン 田中浩也監訳 水原文訳

自分たちの身の回りにある、当たり前のものたちが、どのようにしてつくられてきたのかを、改めて知りたい、分かりたいと思う「すべての人たち」に対して、本書は開かれているのである。
  ――序文 「ものの読み書き」に向けて 田中浩也

ベニヤ板を木目が交差するように積層して行くプロセスは、古代エジプト人によって発明された。
  ――5.固化 木材注気加工

材料の種類によって異なるが、±0.005mmの精度が可能。
  ――6.複雑 セラミック射出成型(CIM)

【どんな本?】

 スーパーのレジ袋,アルミ缶のプルタブ,セラミック包丁,ガラスの灰皿。私たちの身の回りには、様々な素材でできた、様々な形の様々なモノがある。それぞれのモノについて、私たちは使い方は知っているが、それがどう作られているかは、ほとんど知らない。

 それらのモノは、どんな技術を使って作られているのか。その技術には、どんな特徴があって、どんな素材に向いて、どんな制限があるのか。費用はどれぐらいかかり、何個ぐらいを作るのに向くのか。どれぐらいの大きさのモノに仕えるのか。

 日頃から使ってるコーヒカップやパソコンのキーボードなど身近なモノから、航空機のジェットエンジンや医療用インプラントなど特殊なモノまで。手吹きガラスや釉薬がけなど歴史のある技術から、3Dプリンタや特殊な物質を駆使した最新の技法まで。数十万個の大量生産向きの原理から、一つを作るのに数日かかる手法まで。

 モノを加工するためのあらゆる技法を網羅した、モノづくりの事典。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Making It : Manufacturing Techniques for Product Design 2nd Edition, by Chris Lefteri, 2012。日本語版は2014年5月26日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横2段組みで約287頁。8ポイント20字×39行×2段×287頁=約447,720字、400字詰め原稿用紙で約1,120枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。ただしイラストや写真が紙面の3~5割。

 文章は直訳っぽい。またダイ(→日本語表現辞典Weblio辞書)・キャビティ(→日本語表現辞典Weblio辞書)・アンダーカット(→株式会社リッチェル)など加工に関する基礎用語や、熱硬化性プラスチック(→日本語表現辞典Weblio辞書)・アラミド(→Wikipedia)など素材名もよく出てくる。

 要は O'Reilly 文体。慣れている人は「またか」で済むが、慣れない人にはとっつきにくい。

 意外な事に、紹介される技法の多くは、料理で使う調理法と似ているものが多い。特にお菓子作りが好きな人は、「クッキーの型抜きね」で分かったりする。

【構成は?】

 「1.個体の切断」~「8.仕上げテクニック」の各章は、具体的な加工法を紹介する3~4頁の節からなる。例えば「5.固化」は、「焼結」や「鍛造」など、12の節を含む。ほぼ事典に近い構成なので、興味がある節だけを拾い読みしてもいい。

 序文(田中浩也)/はじめに/プロセスの比較
1.個体の切断
2.シート
3.連続体
4.薄肉・中空
5.固化
6.複雑
7.多様なデジタル・ファブリケーション
8.仕上げテクニック
 用語解説/索引

 なお、各節は、次の項目を含む。

  • その加工法の説明
  • その加工法で作った製品の紹介。写真・製造業者・特徴など。
  • 製造ボリューム:何個ぐらいを作るのに適しているか。
  • 単価と設備投資:ポリ袋の単価は安いけど大掛かりな機械が要る。手吹きガラスを職人に頼めば単価は張るけど設備投資は要らない。そういう話。
  • スピード:その工程に何秒~何時間かかるか。
  • 面肌:表面がツルツルかガタガタか。
  • 形状の種類・複雑さ:アンダーカットや非対称などの可否
  • スケール:作れる製品の大きさ
  • 寸法精度:誤差が製品にどれぐらい出るか
  • 関連する材料:どんな材料に向くか
  • 典型的な製品:この加工法を使って、どんなモノを作っているか
  • 同様の技法:似た方法
  • 持続可能性:エネルギー使用量、廃棄物の多寡や有毒性の有無など。
  • さらに詳しい情報:主にインターネット上の情報源

【感想は?】

 「ゼロからトースターを作ってみた結果」の解答編および続編。

 家電量販店で買えば500円ほどのトースターを、ゼロから自分で作ったら15万円もかかった。しかも、出来上がりは出来損ないのゾンビみたいな悲惨なシロモノ。

 なんでそうなるのか、あの本じゃ解は示していない。まあ、だいたい想像はつくけど。その想像を、微に入り細に渡り描いてくれるのが、この本だ。その理由を、最も端的に示しているのは、「3.連続体」の「吹き込みフィルム」だろう。

 この技法の「典型的な製品」は、スーパーのレジ袋。今は有料のスーパーもあるが、コンビニや昔のスーパーは無料だった。それぐらい安上がりなモノだ。だが、ゼロから作ろうとすると、とんでもなく高くつく。工場を一個建てるようなもんだからだ。これがイラスト一発で分かるのは嬉しい。

 こういった現代の産業社会を象徴する技法が中心だが、伝統的な手法もアチコチに顔を出す。例えば鍛造。手口としては、ご飯を型に入れておにぎりにするのと同じ。ただし材料はご飯じゃなくて金属の塊だ。これの「典型的な製品」が、日本刀から航空機のエンジンまでと、実に幅広い。

 同様に型に入れて固めるんだが、粉末を使うのがコールドアイソスタティック成型(CIP)。金属やセラミックの粉を、ゴム製の型に入れる。で、例えばウェットバッグだと、型ごと水に入れ、その水に高い圧力をかける。すると粉が固まり、一つのモノになる。

 この手法の嬉しい点は、全方向に均一な圧がかかること。出来上がりの表面は、意外となめらか。なんたって、「CIPで製造される最もありふれた製品はスパークプラグ」のアルミナ(碍子、→デンソー)だ。

 やはり伝統と工業技術の組み合わせで面白いのが、合板曲げ加工。普通の木材を割らずに曲げるのは難しい。が、紙のように薄ければ、割らずに曲げることもできる。ってんで、紙のように薄い板と接着剤を何層ものサンドイッチにして重ね、曲げれば、立体的なフォルムが作れる。

 木材でも、かなり自由な形が作れるのだ。凄え…と思ってたら、「2つの世界大戦の間には、航空機のフレームが曲げ加工された合板から作られていた」。それなりに歴史ある手法なのね。

 などと、「おお、そうだったのか!」な驚きは他にもあって。例えば瀬戸物。あれ、だいたいはスベスベなのに、底だけはザラザラしてる。あれ、なんのことはない、釉薬がけの都合だった。

 粘土を焼いただけの素焼きは、小さな穴がたくさん開いてるんで、水が漏れちゃう。それを防ぐのが釉薬。炉の中で溶けてガラスになり、素焼きの穴をふさぐ。ただし、炉と接する底に釉薬をつけると、瀬戸物が炉にくっつく。だから、底には釉薬をつけず、よって底は素焼きのザラザラのまま。

 とかの伝統的な手法に対し、最新の手法は、軽くて丈夫なモノが作れるのが嬉しい。例えば選択的レーザー焼結。一種の3Dプリンタを使う方法。

 器に金属粉を入れ、平らにならす。その表面にCAD制御のレーザーを当てる。当たった所は溶けて固まる。再び表面に金属粉を撒き、平らにならし、表面にレーザーを当てて溶かし…と繰り返す。すると、針金を組みあわせたように、骨組みだけでスカスカのモノができる。

 ただ、今のところ、精度は高いんだけど、あまし大きなモノは作れないらしい。きっと航空機産業も研究してるんだろうなあ。

 もっと身近な「軽くて丈夫」は、中空成形。PETボトル製造で使われる方法(→東洋製罐株式会社)。で、まさしくPETを使って、椅子を作った会社がある。Magis Sparkling Chair(→Magis Japan)。なんといっても、軽いってのは魅力だよなあ。

 より未来的な雰囲気なのが、自己修復性被膜。正体は透明なポリウレタンで、例えば自動車のボディの表面に塗る。ボディに引っかき傷がついたら、車を日なたに置いとけばいい。ろうが熱に溶けるように、被膜が日光で溶けて傷を埋めてしまう。まるきし∀ガンダムのナノスキンだ。

 とかの妄想のネタとしても面白いし、自分で何かを作る際のヒントにしてもいい。製造業に勤める知人にこの本を見せたら、食い入るように眺めていたので、プロにも役立つ本らしい。文章は硬いが、イラストでの説明が多いので、素人でもけっこう頭に入ってくる。色々な読み方ができる本だ。

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