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2017年10月12日 (木)

A・E・ヴァン・ヴォクト「スラン」浅倉久志訳 早川書房世界SF全集17

なぜぼくが殺されねばならないんだ? なぜあんなにやさしくかしこい、すてきなおかあさんが殺されねばならないんだ?
  ――p9

「いいかね、大衆がたずさわっておるのは、いつもほかのだれかのゲームじゃ――自分自身のゲームではなくてな」
  ――p63

【どんな本?】

 アメリカSFの黄金期を築いたA・E・ヴァンヴォクトの、記念すべき処女長編。初出はSF雑誌アスタウンディング誌の1940年9月号より四カ月間の連載である。その間、人気投票では、全投票者がこの作品を1位に推すという快挙を成しとげている。

 遠い未来。世界政府の所在地セントロポリスで、9歳の少年ジョミー・クロスは母親と共に逃げ回っていた。今も多くの追手が迫っている。二人はスラン。二つの心臓を持ち、人の思考を読める。秘密警察はスランを狩り、市民もスランを憎み切っている。スランのしるし、一房の金色の触毛がバレれば命はない。

 ただ一つの望みは、父が遺した大地下道。その奥に、世界を変えうる秘密が眠っている。それを見つけ、辿りつき、秘密を読み解ける知識を身につけるまで、なんとしてもジョミーは生き延びねばならない。しかし、彼を守ってくれた母は…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SLAN, by A. E. Van Vogt, 1940。日本語版は1968年12月31日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本部約204頁。8ポイント26字×19行×2段×204頁=約201,552字、400字詰め原稿用紙で約504枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。文庫本がハヤカワ文庫SFから出ているが、今は入手困難。図書館に頼るなら、全集の方が手に入れやすいだろう。

 文章はこなれていて読みやすい。超人類であるスランを始め、ケッタイなガジェットも続々と出てくるし、ちゃんと理屈もついている。しかも、当時の科学のレベルを考えると、幾つかのガジェットは予言が当たってたりする。が、実際はハッタリのまぐれ当たりだろう。あまり真面目に考え込まないこと。漫画を楽しむノリで「そういうものだ」で済ませておこう。

【感想は?】

 そのまま漫画化して週刊少年ジャンプで連載したら、大人気を博しそうな王道の娯楽冒険物語。

 とにかくテンポがいい。危機また危機、逆転に次ぐ逆転、そしてアッと驚くどんでん返し。短いサイクルで、これが何度も繰り返される。今の作家なら10巻の大作にしそうなストーリーを、一冊に詰めこんだジェットコースター・ストーリーだ。

 それだけ濃けりゃ説明じみて読みにくくなりそうなもんだが、全くそんな事はない。最初の3頁で重要な登場人物は全て揃い、主人公ジョミーの立場と目的、そしてこの作品全体を通してのテーマと、お話の向かう方向も見えてくる。しかも、主人公ジョミーの命が狙われている緊迫感の中で。

 人の思考を読めるスランの特殊能力も、普通なら有利に働きそうだが、冒頭ではこれが逆に危機感を煽るあたりも巧い。人があるれる大都会に、9歳の少年が放り出される。そして、全ての人がスランを憎んでいる。正体がバレたら命はない。

 なまじ人の思考が読めるだけに、ジョミーの恐怖は更に増す。少しでも怪しまれ通報されたら、それで終わりだ。しかも敵に容赦が期待できない事も、すぐに明かされる。

 ってな感じの危機感・緊迫感が、最初から最後まで途切れずに続くあたりは、とても処女長編とは思えぬ手際の良さ。

 75年も前の作品だけに、古さが気になるかと思ったが、とんでもない。とにかくお話が面白い上ので、早く次を読みたくて仕方がなく、突っ込みを入れている暇がない。

 ばかりでなく、逆に今だからこそ楽しめる部分も多い。

 なんたって、SFの古典だ。現在のSF漫画やSFアニメやSF映画のクリエイターは、多かれ少なかれヴォクトの影響を受けている。または、ヴォクトに憧れたクリエイターの影響を受けている。

 だもんで、21世紀の私たちは、ヴォクトがどんな場面を描いているのか、ありありと思い浮かべる事ができるのだ。それは「マジーン・ゴー!」だったり「ヤマト,発進!」だったり「ゲッタアァァービイィィーム!」だったり。

 当時の読者は「なんか凄い事が起きている」としか感じられなかったシーンを、私たちはフルカラー音声付きで楽しめるのだ。まあ、ソレナリに特撮映画やアニメに浸ってる人限定だけど。

 もう一つ、21世紀だからこそ楽しめる点がある。なんたって75年も前の作品だ。それだけに、チグハグな描写もいくつかある。遠い未来の都市で荷馬車が動いてたり。これ、たぶん、40年前だと「さすがに古いなあ」で終わっていただろう。

 が。幸いにして、少し前にスチームパンクなんて動きがあった。アニメだと、LAST EXILE が印象に残っている。19世紀的なデザインのメカが、悠々と空を泳いだりする、見た目と機能のミスマッチが楽しい作品群だ。そういえばメイドインアビスも、スチームパンク以降ならではの芸風だよなあ。

 そういった映像のお陰で、私たちの考える「遠い未来の情景」は、一気にリセットされた。40年前だったら、ビルの合間を縫ってチューブ式の高速道路が走りエアカーが飛び回る、クリーンでメタリックな感じでなければ、私たちは「未来の都市」とは認めなかっただろう。

 だが、ブレードランナーやスターウォーズの影響もあり、薄汚いビルや粗大ゴミが積み上がった風景も、未来としちゃアリだよね、と私たちは思えるようになっている。そのため、この作品の古さゆえのミスマッチも、「コレはコレで」と楽しむ余裕が、今の私たちにはできた。

 もっとも、先に描いたように、そういった場面も、元をたどるとヴォクトに辿りついたりするんだけど。

 なんて屁理屈は一切忘れて(←をい)、著者の騙りに身を任せよう。最初の頁からハラハラドキドキ、ワクワクゾクゾクな物語があなたを待っている。全ての男の子たち、そしてかつて男の子だった者たちのための、傑作娯楽冒険活劇だ。

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