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2017年9月 7日 (木)

ロバート・R・マキャモン「マイン 上・下」文春文庫 二宮磬訳

“ミスター・モジョは起きあがった。あの女はいまも涙を流している。おぼえているかい?あそこで会おう、2/18、1400に”

「われわれはみんな娼婦だったのさ。闘争を叫ぶ新聞雑誌に仕える娼婦だったんだ。われわれはやつらがこうしたいと夢見るとおりのことをしてやった。その見返りになにを得た。きみは獣になり、ぼくは43にして人生の敗残者だ」

【どんな本?】

 「奴らは渇いている」「スワン・ソング」「スティンガー」など、B級色が濃いながらケレン味たっぷりのコミック風ホラーで人気を博したアメリカの作家ロバート・R・マキャモン。だが突然の変身を遂げ、一切の超常現象を排した芸風へと方向を転換する。その嚆矢となったのが、この「マイン」。

 1990年、ジョージア州アトランタ。

 安アパートに住み、バーガーキングで働く41歳の大柄なオバサン。その正体はFBIのお尋ね者、60年代に暴れまわったテロ組織「ストーム・フロント」のメンバー、メアリー・テレル。彼女は見つけた。ローリング・ストーン誌の読者広告欄のメッセージ。それは彼からの呼びかけに違いない。集え、と。

 ローラは36歳。もうすぐ長子が生まれる。地方紙の記者として社交記事を担当してきたベテランだ。夫のダグは仕事の虫で、なかなか家に居つかない。二人の収入を合わせ、暮らし向きは悪くない。だが最近のダグの挙動は…

 羊の皮を被った狼と、羊のように生きてきた女。ローラの出産を機に二人の運命は交わり、激動の60年代の断末魔が再び鳴り響く。

 1988年の「スワン・ソング」に続き、1991年のブラム・ストーカー賞最優秀長編賞に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は MINE, by Robert R. McCammon, 1990。日本語版は1992年3月に文藝春秋より単行本の上下巻で発行。私が読んだのは文春文庫の文庫版、1995年2月10日第1刷。上下巻で本文約398頁+345頁=約743頁に加え、三橋暁の解説6頁。8.5ポイント42字×18行×(398頁+345頁)=約561,708字、400字詰め原稿用紙で約1,405枚。上中下の三巻に分けてもいい大長編。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないが、60年代のネタがアチコチに散らばっているので、その辺に詳しいと、更に楽しめる。また、アメリカを旅する話なので、北米の地図があるといい。なおお、一マイルは約1.6km。

【感想は?】

 妊娠中、または幼い赤ちゃんがいる人には薦めない。最初の10頁で放り出したくなるはずだ。

 なんたって、メアリー・テラーことメアリー・テレルの造形が強烈。身長180cmを越える大女。60年代には暴力的なヒッピー集団「ストーム・フロント」の一員として暴れまわり、警官や大企業の役員を殺しまくったお尋ね者。

 かつてのドラッグの後遺症か、オツムは相当にイカれちゃいるものの、20年も逃げ回った実績は伊達じゃない。常に尾行には気を配り、追手の臭いは鋭く嗅ぎつけ、私服警官は目ざとく見分ける。バーガーキングのオバサンを演じちゃいるが、心の奥にはテロリストの魂が眠っている。

 そんなメアリーの魂を目覚めさせたのが、雑誌のメッセージ。かつての仲間からの集合の合図と思い込み、心は激動の60年代へと戻ってゆく。

 狂気に憑かれながらも、いや狂っているからこその、メアリーの常軌を逸した暴走っぷりが、最後までこの物語を強引に引っ張り続ける。

 いい歳こいたオジサン・オバサンには、なかなかキツいお話だ。なんたって、メアリーを筆頭に、登場人物の多くは、かつてヒッピーだったオジサン・オバサンたちだし。

 開放や反体制を叫んで青春を過ごしつつも、食ってくためには稼がにゃならん。ってんで、会社員になりきったり、バーガーキングで働いたり。それぞれに忸怩たるものを心の中に抱えてる所に、否応なく青臭かった「あの頃」の香りを突き付けてくる。こんな風に。

  • Jefferson Airplane : Somebody to Love(→Youtube)
  • Doors : Light my Fire(→Youtube)
  • Fifth Dimention : Aquarius(→Youtube)
  • Crosby, Stills & Nash : Marrakesh Express(→Youtube)

 対するローラは、ごく普通に人生を歩んできたインテリ女。理想に燃えて新聞記者にはなったものの、凄惨な事件に神経が耐えられず、社交欄に回されつつも大人しく「働く女」を務めてきた。誰からも好かれる「いい子」だったローラだが、否応なしにメアリーの引き起こす嵐に巻き込まれ…

 前に立ちふさがる者を、誰彼構わず容赦なく突き飛ばし殺し、“神”のもとへと突っ走るメアリー。なりふり構わずそれを追いかけるローラ。対照的だった二人の女が、命がけのチェイスを続けるうち、次第に似通ってくるのも皮肉な所。

 と、物語を引っ張る二人の女は、やたらとパワフルで強靭なのに対し、男はどいつもこいつも情けないのが、ちと苦笑い。ローラの夫ダグを始め、ヒッピーの生き残りマーク・トレッグスなども、フヤけちまったオッサンに描かれてるのは、ワザとなんだろう。

 などと、極力、超自然的なネタを排しつつ、それでもヒョッコリと好みが漏れてしまうのもご愛敬。「少年時代」もそうだったが、やっぱり好きなんだろうなあ、デカい生き物が。やっぱりね。男の子なら、一度は憧れるよなあ…って、やっぱし男ってのは大人になりきれない生き物なのかも。

 青春の残り火を激しく燃やし、“神”の元へと突っ走る女。己の生きる証を取り戻そうと、全てを捨てて追いかける女。二人の女の執念を、凍てつく冬のアメリカを舞台に描く、手に汗握るロードノベル。繰り返すが、妊娠中や新生児を抱える人は近寄らないように。

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