森岡浩之「突変」徳間文庫
「チェンジリングはまずいぜ。理屈じゃねぇんだよなあ。裏地球の関わったもの、場所、すべてが穢れてるみたいに感じる連中がいる」
「家族のもとへ飛んで行こうとでもしているんでしょうかね」
【どんな本?】
「星界の紋章」で大ヒットを飛ばした森岡浩之による、話題の特異災害SF長編。
はじまりは七年前、インド洋だった。その海域で、新種の生物が続々と発見されたのだ。しかも、既存の生物とは明らかに違う。次はアメリカのネバダ、そしてスーダン。地球上の一部が消え、代わりに全く異なった生態系が現れる。人々はこの現象を移災と呼んだ。
やがて、移災の実態が明らかになる。太平洋で消息を絶った貨物船が、再び現れたのだ。どうやら、別の地球の一部と入れ替わったらしい。ただし、なぜ入れ替わるのか、いつどこが入れ替わるかなどは、今もってわからぬままだ。
移災はその後も続き、日本でも久米島と関西が被害にあう。特に関西は都市圏でもあり、出勤中・旅行中・登校中の家族と生き別れになる人も多かった。
そして今回の移災は、関東の地方都市、酒川市の花咲が丘。小さな町だけに行政施設もなく、町内の人々は手探りで災害に対処するが…
2016年第36回日本SF大賞受賞に加え、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」のベストSF2014国内篇で11位に食い込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2014年9月15日初版。私が読んだのは2015年2月25日の6刷。順調に売れてます。文庫本で縦一段組み、本文約721頁に加え、大森望の解説「新たな代表作の誕生」8頁。9ポイント40字×17行×721頁=約490,280字、400字詰め原稿用紙で約1,226枚。厚めの上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大作。
文章はこなれていて読みやすい。内容もSFにしては特に難しくない。ご町内の人々が非常識な災害に襲われた時、どうするかという話なので、一部に「脊索動物」とか銃の種類など細かいウンチクがあるが、面倒くさければ読み飛ばしてもいい。
【感想は?】
迫真のご町内パニック巨編。
なんったって、じっくりと地に足のついたヌカミソ臭い生活感がたまらない。登場人物も、それぞれにキャラは立ってはいるが、天才でも特殊戦闘員でもない、普通の人々だし。
ご町内が、いきなり異なった世界に飛ばされる。ソコは地球のようで、地形も気候も似ているし、大気は呼吸できて水も飲める。が、生物相は全く違い、また電気・ガス・電話など人類の作ったインフラも使えない。
ここで、飛ばされるのが「ご町内」なあたりが、この小説のミソ。県や市なら、県庁や市議会などの行政組織があり、また警察署などの治安維持組織もある。が、この小説では、花咲が丘3丁目を中心とした一帯、となっている。様々な人はいるが、キチンとした行政組織はない。
そんなわけで、巻き込まれた人々は、指揮系統から自分たちで作っていかなきゃいけない。のだが、主な登場人物たちは、それ以前に、それぞれの生活や家族を心配する、ごく普通の人々なのがキモ。
最初に登場するのは、柱本幸介74歳。長く連れ添った奥さんが余命半年と宣言され、ガックリ来ている所を移災に巻き込まれてしまう。子はなく、入院中の奥さんとも生き別れる羽目に。悲しみに暮れる暇もなく、町内会長なんぞを引き受けた因果で、事態の中心に放り込まれ…
同じリーダー役でも、市長や県知事なら、相応の理想なり野望なりを持つ人がなるものだが、町内会長はだいぶ違う。たいした権限があるわけでもなきゃ役得もない。ご町内の悶着を持ち込まれ、役員たちの意地の張り合いを仲裁する、面倒くさいだけの立場だ。
加えて町内会は政府から認められた正式な行政組織ってわけでもない。が、困ったことに今回は、ご町内だけが移災にあう。市長や県知事に泣きつきたくても、連絡すら取れない。特にリーダーシップに溢れるわけでもない幸介が、どう立ち回るのか。
隙あらばなんとか他の人に権限を預けちまおうとする幸介が、いかにも日本人的で身につまされる。
やはり頼りないがリーダー役を押し付けられるのが、スーパー高見屋マートの雇われ店長、芥川義人44歳独身。彼も特に出世欲があるわけでもなく、大過なく勤めあげようとしている月給取り。
地方都市のスーパーってのが、作者の目の鋭い所。食品や食器など当面の生活必需品が大量に揃い、また広い駐車場もある。孤立した世界に放り出されたご町内、その気になれば力づくで王にもなれる立場だが、そこは雇われ店長。
事態に気づいてもサラリーマン気分が抜けきれず、店員と避難者の間に挟まれ、なんとか丸く収めようとする覇気のなさに、妙に親しみが湧いてしまう。
対して、野望バリバリなのが、市会議員の塚脇朱美。
あなたの市にもいませんか、妙な自然志向とかに染まった自称リベラルの色物議員が。この人はアレな本のお陰で陰謀論にハマった口で、敵はすべて裏で繋がっていると信じて疑わないお方。煩いオバサンの例に漏れず、喋り出したら止まらない人で、相手の顔色なんざ見ちゃいないw
他に銃器オタクの引きこもり、かつて夫が移災に巻き込まれた妻と子、しっかり者の家事サービス社員など、そこらにいそうな人々が登場し、それぞれの立場で事態に立ち向かう。
などと、じっくり生活感豊かに描き込まれた物語は、中盤以降に大きく変化し、終盤では意外な大スペクタクル・シーンまで用意されているサービスの良さ。
私たちの暮らしと地続きな、でも壮大なスケールのご近所シミュレーション・パニック・ノベル。長大なわりに文章は読みやすく、次々と起こる事件で読者を飽きさせない。気が付けば残りの頁数が少ないのが恨めしくなる、そんな気分を味わえる娯楽作。
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