権二郎「インドまで7000キロ歩いてしまった」彩流社
神戸電鉄と北神急行と神戸市営地下鉄とJR東海道山陽線と赤穂線と両備バスを乗り継いで牛窓に到着したのは10時だった。なんと4時間半もかかっている。こんなに乗り物に乗って、その目的が歩くことなのだからけっさくである。
――2002年1月~2003年1月 山陽路を歩く要するに湖南料理では唐辛子は香辛料ではなく、それ自体が食材だったのである。
――2005年8月~2006年8月 華南を歩くミャンマーの地図にはロクなものがなかったからである。
人は西に行くほどよくなっているが、地図はひどくなっていた。
――2008年12月~2009年1月 ミャンマーを歩くこのときを除けばカレーばかりの毎日だった。
――2009年11月~2009年12月 バングラデシュ インドを歩く
【どんな本?】
2002年1月。天気のよさにつられ、45歳のオヤジが散歩に出る。神戸の自宅から有馬温泉まで6km、温泉を楽しみ電車で帰ってきた。次の休みに有馬から甲陽園まで17kmを歩く。その次には甲陽園から三宮まで19km。
なんとなく始めた散歩は、やがて泊りがけとなり、次には国境を越え韓国・中国へと伸びてゆく。歩きなだけに、一日で動ける距離は限られ、滅多に外国人が来ない所にも入り込む。ラオスやミャンマーなど、私たちには馴染みのない人々の暮らしを横目で見ながら、オヤジは着々と歩を進めてゆく。
奇想天外な旅を、特に気負いもなく淡々と綴った、オッサンの一風変わった旅行記。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2011年8月12日初版第一刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約379頁に加え、あとがき3頁。9ポイント43字×17行×379頁=約277,049字、400字詰め原稿用紙で約693枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。
文章はこなれている。内容も特に難しくない。その気があれば、GoogleMap などで足跡を辿りながら読んでもいいだろう。
【構成は?】
各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
- 2002年1月~2003年1月 山陽路を歩く
- 2003年2月~2003年7月 韓国を歩く
- 2003年7月~2004年5月 華北を歩く
- 2004年8月~2005年5月 華中を歩く
- 2005年8月~2006年8月 華南を歩く
- 2006年8月~2007年1月 ヴェトナムを歩く
- 2007年1月 ラオスを歩く
- 2007年8月~2008年1月 タイを歩く
- 2008年12月~2009年1月 ミャンマーを歩く
- 2009年11月~2009年12月 バングラデシュ インドを歩く
【感想は?】
力みも気負いもない文章が心地ちいい。
この手の旅行記は、「心のふれあい」だの「素朴な温かみ」だのといった、妙にウェットな感傷が絡みがちなのだが、この本にはほとんどない。ただ、淡々と歩き、その途中で起きた事柄を記録しているだけだ。
お断りしておくと、一度の旅でインドまで歩きとおしたわけじゃない。キリの良い所まで歩いたら、いったん航空機などで日本に帰る。しばらくしたら再び同じ国を訪れ、前回のゴールまで列車やバスで戻り、そこから歩きはじめる、そんな風に続けた旅だ。
また、地域によっては、ロクな宿がない所もある。そんな時は、まず大きめの街に宿を取り、そこから歩き始める。適当に歩いたら、バスや乗り合いタクシーなどで街に戻る。そして次の日に、昨日のゴールまでバスなどで移動し、再び歩を進める、そんな風に旅程を稼ぐのである。
別に誰かに押し付けられたわけじゃなし、律儀に守らんでもいい決まりだとは思うが、始めちゃったからには続けたいよなあ、そんな気分で守り続けた自分ルールなんだろう。実際、このルール、ミャンマーでは規制が厳しく断念するしかなかった。
と、途中で断念はしたものの、当時の軍事政権下のミャンマーを歩こうなんて発想も大胆だし、それを実際にやっちゃった実行力もたいしたもの。お陰で、貴重なミャンマーの内側も少し覗けたり。バンコックでヴィザを取る過程も、意外な展開に「やっぱり東南アジアだなあ」と変に感心してしまう。
そのミャンマー、軍政下だけに役人は小うるさいが、人々はおおらかなもの。店先で休んでると、ワラワラと人が集まってきては、楽しいおしゃべりが始まったり。
アジアの平和な田舎ってのは、どこでも似たようなもんなんだろう。というのも、バングラデシュやインドでも、チャー屋で休んでると同じような状態に陥ってるし。
こういった小休止の場所や、飲み食いするものが、少しづつ変わっていくのも、ゆっくりした旅行の面白い所。バングラデシュとインドでチャーの淹れ方が違うとは知らなかった。ワラワラと集まってくる面子まで違うのは、やはりお国柄といった所か。
食事のマナーもお国それぞれ。韓国じゃ「ご飯はスプーンで食べ、おかずは箸で食べる」のがマナーだそうだが、やはり面倒くさがり屋はどこにもいるようで。中国の定食屋はおおらかで、「注文するときは厨房に入っていって並んでいる材料を指せば」いいってのも大胆だなあ。
などの食べ物ばかりでなく、旅装も一部は現地調達だ。さすがに靴は日本であつらえたようだが、読んでて欲しくなったのはベトナムのノン(→Wikipedia)。帽子のように、頭にかぶる傘だ。これの何がいいかって…
笠を被って歩いてみると涼しくて快適だった。帽子のように蒸れることがなく、日除けはもちろん、雨除けにもなり、逆さにすればカゴのような使い方もできた。
そう、帽子って、蒸れるんだよなあ。傘って一見、奇妙な形だけど、ちゃんと現地の気候に合ったデザインなんだね。ってんで、暫くはノンを被って歩く著者、お陰でバングラデシュやインドではヴェトナム人に間違われたり。
徒歩だけに、ゆっくりと風景や食べ物、そして人々が変わってゆく。国境沿いでは両国の人々が入り混じり、様々な物を売り買いしている。かと思えば、何もない船着き場だったり。じっくりと歩くからこそわかる道標などの事情も楽しい、ちょっと変わった旅行記だ。
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