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2017年8月22日 (火)

ガレス・L・パウエル「ガンメタル・ゴースト」創元SF文庫 三角和代訳

「おまえ、ここにいるなかで本物は自分だけだと感じたことがあるか。ほかの全員はただの見せかけだって」
  ――p43

「ドアを蹴破り、大暴れする。いつものことさ」
  ――p176

キャラクターは死んでも、プレイヤーは生きつづける。
  ――p239

「行きましょうか、モンキー・マン。仕事をすませるわよ」
  ――p376

【どんな本?】

 イギリスのSF作家ガレス・L・パウエルの、日本初上陸作品。

 第二次世界大戦。アクアク・マカークは不死身の英国空軍パイロットだ。片目に革の眼帯、腰の左右にクロームメッキのリボルバー、そして唇には葉巻をくわえ、スピットファイアを駆りメッサーシュミットを狩るエース・パイロット、天下無敵のオナガザル。

 連日の出撃で隊の者は次々と倒れ新しい者に顔ぶれが変わってゆくが、マカークは常に生き残った。そんなマカークを倒すため、ドイツ軍は英国の空軍基地を襲う。全翼機から落下傘で降下してきたのは、黒装束のニンジャ部隊だ。

 1959年、イギリスとフランスは合併、後にアイルランドとノルウェイが加わった連合王国は、ヨーロッパ統合の礎となる。そして2058年、連合王国の国王ウィリアム五世夫妻をテロリストが襲い、国王は重傷、王妃アリッサも軽傷を負う。

 別居中の夫ポールが殺されたとの連絡を受け、ヴィクトリアはロンドンのポール宅へ向かう。ポールは頭蓋骨を叩き割られ、脳まで奪われた。しばらく彼の部屋を調べていたヴィクトリアに、正体不明の男が襲い掛かる。

 パリ第一大学で学ぶ連合王国の皇太子メロヴィクは、延々と続くパーティーや歓迎会にうんざりしていた。しかも母上様のお小言つき。息抜きに、パリで出会ったジュリーとデートに出かけるが…

 MMORPG,人格移植,架空の歴史そして巨大飛行船など多数のSFガジェットを詰め込みながら、目まぐるしいストーリーと心地よいアクションの連続で読者を楽しませ、ド派手な展開で終盤へとなだれ込む、痛快娯楽アクションSF小説。

 2013年の英国SF協会賞をアン・レッキーの「叛逆航路」と分けあった。またSFマガジン編集部編「このSFが読みたい!2017年版」のベストSF2016海外篇でも8位に躍り出た。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ACK-ACK MACAQUE, by Gareth L. Powell, 2013。日本語版は2015年12月11日初版。文庫本で縦一段組み本文約428頁に加え、原型となった短編「アクアク・マカーク」22頁+訳者あとがき5頁。8ポイント42字×18行×428頁=約323,568字、400字詰め原稿用紙で約809枚。文庫本としては厚めの部類。

 文章はこなれている。SFな仕掛けは次から次へと途切れなく出てくるが、不思議なくらいスンナリ頭に入ってきて、全く戸惑うことはなかった。お話がめっぽうスピーディーで面白いため、それに引っぱられた部分はある。

【感想は?】

 英国SF協会賞を分けあった「叛逆航路」とhが対照的に、思いっきり痛快な娯楽アクション作品。

 なんたって、キャラクターがいい。まずはタイトル・ロールのアクアク・マカーク。スピットファイアを駆るエース・パイロット。隻眼に二丁拳銃、派手に暴れるのが大好きで、いつも葉巻をくゆらせているオナガザル。なぜにオナガザルw でも荒っぽい場面じゃ、とっても頼りになる人。

 もう一人の暴れん坊は、若き未亡人ヴィクトリア。元ジャーナリストだけあって、狙った事件はしぶとく食らいつく。しかも何の因果か棒術を身に着けるばかりか、秘密兵器まで持っていて、そこらのチンピラなら軽く叩き伏せる実力の持ち主。

 そんな二人の暴れん坊にスポットを奪われちゃったのが、皇太子のメロヴィク。究極のお坊ちゃんだが、根は意外と純情で正義感もある、普通の青年だったり。

 とかの面子に対する悪役も、実に味のある連中が揃ってる。

 最初に登場するのは殺し屋「笑い男」。不気味な笑顔を貼りつかせ、着々と獲物に迫ってくる。彼の後から出てくる奴らは、更に悪辣さが増して。ラスボスの凶悪さも相当なもんだが、私が一番気に入ったのは、悪の組織のマッド・サイエンティスト。

 優れた頭脳を持つためか、人類の愚かさに見切りをつけ、己の技術で理想の世界を実現しようとする…のはいいんだが、自分以外の人間にはオツムがないと決めてかかってる感じなのが、なんとも。やっぱり悪の科学者は、これぐらいイカれてなくちゃ。

 そして、この物語で最も美しいヒロイン、テレシコーヴァ号。五つの気嚢を持つ、全長1km近い巨大な硬式原子力飛行船。いいねえ、飛行船。使い勝手はアレだけど、悠々と大空を舞う姿は、なんたって見栄えがする。

 とかの連中が暴れる舞台も、なかなか凝ってるわりに、スルスルと頭に入ってくるから不思議。

 著者がイギリス人なせいか、アメリカの存在感が薄く、そのぶん西ヨーロッパの影響力が強い。その仕掛けとして、イギリスとフランスがガッチリ手を組んでる。この手を組むきっかけと経過は、やっぱりイギリス人らしいw おまけにアイルランドまでちゃっかり引きずり込んじゃって。

 中盤以降は、連合王国を中心とした世界情勢が、お話の大事な要素になってくる。こういう政治・外交ネタは往々にしてストーリーの流れを淀ませがちなんだが、この作品ではネットのニュースを引用する形で、短いながらもわかりやすく伝える工夫は見事。

 そう、この作品、なんといってもテンポがとってもいいのだ。ややこしい背景はニュース記事などで端的に示し、個性的な人物たちの動きを中心に話を進めてゆく。その話も、次から次へと襲い来るピンチと衝撃の真相の連続で、頁をめくる手が止まらない。

 その背景も、アッサリ流しているようでいて、スエズ危機や香港返還やフォークランドなど、要所要所で20世紀の歴史のツボを押さえているから憎い。

 二丁拳銃のサルのエース・パイロットや巨大飛行船でわかるように、徹底して娯楽路線の作品だ。個性的なキャラクター、印象的なガジェット、登場人物を襲う危機また危機、そして世界を揺るがす陰謀。リラックスして作者の騙りに身を任せよう。

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