黒石迩守「ヒュレーの海」ハヤカワ文庫JA
「ズバリ! 外に海を探しに行くんだよ!!」
ヒトは妄想で生きている。
【どんな本?】
2016年の第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作を、加筆訂正した作品。
世界が“混沌”に覆われ、七つの序列国家だけが生き残った世界。無機物からなる生物CEMを発見した人類は、これを自らと融合させ、意識を通信媒体とするKUネットを得て、情報空間を基盤とする新たな現実 VR を獲得した。
序列第三国家イラの第三都市ルプスは、約一千万の人口を養えるシリンダ型の閉鎖環境だ。うち八割の労働者階級は地下に住み、地上に住めるのは二割ほどの資本家階級のみ。サルベージ・ギルドは、地下に住む不正規技術者集団だ。優れた技術で“混沌”より情報を掘り出し、国家に提供する。
少女フィと少年ヴェイは、若いながらギルドでも凄腕と認められつつある。フィが掘り出した、“混沌”以前の実写2D動画に映っていたのは、海。それが、騒動の始まりだった。
危険に満ちた異様な世界と、そこに暮らす変異した人々の中で、海を求めて走り出す向こう見ずな少年少女と、二人を見守る大人たち、そして彼らが暮らす世界の姿を描き出す、思いっきり濃い長編SF小説。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2016年11月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約387頁に加え、第四回ハヤカワSFコンテスト選評9頁。9ポイント40字×17行×387頁=約263,160字、400字詰め原稿用紙で約658枚。文庫本としては少し厚め。
文章は少々硬い。冒頭からルビを振った造語が遠慮なく出てくるなど、かなりとっつきにくく、相当にSFに慣れている者でないと、振り落とされる。しかも、その説明に使っているのが、ポインタだの構造体だのインスタンスだのといった、プログラミング用語。わかる人はニタニタしながら楽しめるが、そうでない人には辛いだろう。
【感想は?】
そう、この作品はかなり読者を選ぶ。
「プシスファイラ」もデジタル・ネットワーク用語ビシイバシでかなりキている作品だった。対してこちらは、プログラミング用語。ポインタだ防火壁だなんてのは可愛いもんで、ポリモーフィズムだ基底クラスだBOOSTだとか、かなり突っ込んだネタが次々と出てくる。
単に言葉を借りてるだけなら「なんかカッコいい」で済むんだが、世界観やガジェットやトリックの説明で大事な役割を果たしてるんで、なかなかにタチが悪い。
お陰でプログラマは「おお、アレをこう使うか!」とニヤニヤが止まらないが、そうでない人は、何が書いてあるのか、皆目見当がつかないんじゃないかと思う。そういう私も、作品の世界観はイマイチ把握しきれていない。
なにせ彼らが住む都市ルプスの外は“混沌”に覆われている。混沌というぐらいで、その正体は判然としない。ここからギルドがサルベージしてくるあたりは、これまたサブカルにかぶれ厨二病の尻尾を断ち切れてない人にはたまらんネタを巧みに使ってて、「おお、そういう事か!」と妙に納得したり。
そんなギルドで働く若者フィとヴェイは、いかにも今風のキャラ設定。気まぐれで向こう見ずな少女フィと、彼女に振り回されつつサポートは忘れないヴェイって性格付けで、涼宮ハルヒ以降って時代を感じさせる。ハインラインの頃だったら、性格は逆にしてただろうなあ。
お話は二人を中心に進むが、脇役として登場場面は短いながら強烈な印象を残すのが、サンゴちゃん。いや本人はちゃんづけで呼ばれるのは嫌がるだろうけど。
どっちかというと悪役の側なんだが、とにかくキャラが分かり易いのがいい。性格は徹底した脳筋な軍人で、無駄に声がデカいってのがいい。新任の士官候補生ながら、無類の忠誠心を持ち、またちょっとした特技もある。
“混沌”が象徴するように、世界そのものが把握しにくく、また主人公の二人を除く他の登場人物も秘密を抱えている者が多い中で、サンゴのように単純で確固とした行動理念を持つ者が出てくると、物語の輪郭がクッキリしてきて、俄然ノリがよくなる。現実じゃ堅苦しい上に暑苦しくて、あまり近くにいて欲しくないタイプだけどw
などの登場人物もさることながら、やっぱり最大の魅力は世界観だろう。その基盤となっているのが、無機物ながら生物でもあるCEM。単に生物ってだけじゃなく、ヒトとは全く異なる性質を持つケッタイな奴なんだが、ヒトはCEMと融合する道を選ぶ。
ヒトがシームレスに仮想空間にアクセスできる物語は多い中、このCEMが生物って設定は、堀晃のシリーズを連想させるが、CEMの不気味さとヤバさはこの作品に独特のもの。単にヒトとは異なる生物ってだけじゃなく、その奥には底知れない淵が控えていて…
そういったヤバさの向こう側から、何かをカスめ取ってくるサルベージ・ギルドの面々は、ストルガツキーのストーカーっぽいけど、ヤサぐれていながら妙に明るいあたりは、現代のハッカーたちの末裔に相応しい変人集団ぶり。マイペースな奴らながら、それぞれに得意分野が違ってて、互いの手腕を認め合ってたりするのも、チームとして気持ちよさそう。
出だしから造語バリバリだし、仕掛けも大小とりまぜてんこもり。“混沌”を核とした世界観も、どこかモヤモヤした感が残るものの、SFとしての濃さは一級品。歯ごたえのあるSF小説が欲しい人にお薦め。
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