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2017年4月21日 (金)

チャイナ・ミエヴィル「爆発の三つの欠片」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通他訳

「もし、病気なのがあなたではなく、この世界だとしたら?」
  ――キープ

 死者に関わる仕事をしたことがある者なら、誰でも知っていることがひとつある。死体に何かをすれば、自分に返ってくるということだ。
  ――デザイン

【どんな本?】

 独特のグロテスクな世界観と突飛なアイデアが魅力の、イギリスのホラー/SF/ファンタジイ作家、チャイナ・ミエヴィルの短編集。

 殺伐とした未来や奇矯な風景を切り取った掌編、架空の映画の予告編、ドロドロ・グニョグニョなスプラッタ、ジワジワと不吉な影が広がる正統派ホラー、イカれたアイデアをクソ真面目に語るバカSF、そして市民レベルの政治活動をネタにしたものなど、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Three Moments of an Explosion : Stories, by China Mieville, 2015。日本語版は2016年12月15日発行。新書版で縦二段組み、本文約501頁に加え、日暮雅通の訳者あとがき4頁。9ポイント24字×17行×2段×501頁=約408,816字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれているが、内容的にちと読みづらい。なにせアイデアがブッ飛び過ぎているので、何が起きているのかを理解するのに時間がかかる上に、語りの仕掛けに凝る人なので、何度も前の頁に戻って細かい所を確かめながら読まなきゃいけない。それを覚悟して、注意深くじっくり読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

爆発の三つの欠片 / Three Moments of an Explosion : Stories / 2012年9月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 染伝荒告。遺伝子調整した腐敗物質にブランド名や製品名を描き込み、それが分解し消え去ると、別のイメージが現れる、そんな広告は、もう当たり前になった。そして今は、新しい形の広告媒体が流行りはじめた。爆発だ。
 3頁の掌編。「染伝荒告」に思わず「うまい!」と唸ってしまう。目新しさを求めるのは広告業界ばかりでなく、先端にいようとする若者もまた同じ。テクノロジーが可能にする、イカれた未来の風景を描く。妙に病的なあたり、ロンドンの空気を伝えてくる。
ポリニア / Polynia / 2014年6月出版社TORのサイト / 日暮雅通訳
 ロンドン上空に“塊”が現れた。最初はシティホール上空で、次第に数を増していく。不規則に空を漂う“塊”は、冷たい空気を吹き付けてくる。正体は氷山。政府は公式の調査チームを派遣する。子どもだったぼくたちも、調査隊には敬意を持っていた。
 突然現れた、プカプカと空に浮かぶ氷山なんてシュールな風景と、その下で少年時代を過ごすありがちな子供たちの対比が楽しい。同じ趣味を持つイアンに、微妙に素直になれない主人公の姿が、ミエヴィルならではの味を感じさせる。
<新死>の条件 / The Condition of New Death / 2014年3月リヴァプールの Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 日暮雅通訳
 新死。最初の報告は2017年8月、ガイアナのジョージタウン。以後、急速に世界に広がり、従来の旧死が最後に確認されたのは六年前だ。発見したモリス氏は語る。「彼女の両足はまっすぐ私の方に向いていました」。そして、彼が歩き回ると、彼女の体も回転してモリス氏に足を向ける。
 これもミエヴィルの奇想が炸裂する掌編。誰がどこから見ても、死体の足はこっちを向いている「新死」は、世界の風景をどう変えるか。まあ、人間ってのは、けっこう逞しいもので。
<蜂>の皇太后 / The Dowager of Bees / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 22年前、ぼくは“伝授”された。シュガーフェイス,デンノ,ジョイ,そしてぼくの四人でカードの勝負をしていた。シューガーフェイスとデンノが降り、ぼくとジョイの勝負になった時、それが来た。スペードの2、クラブの7とジャック、ダイヤの8、そしてぼくの見たことのない札。
 麻雀だと地域によって様々なルールがあって、大車輪なんて役があったりする。また九蓮宝燈をアガると不幸が訪れる、なんて噂も。そんなギャンブラーたちの間に伝わる、不思議な伝説をネタにした話。
山腹にて / In The Slopes / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 エラムウは小さな町だが、近くに二つも発掘場がある。フリー・ベイとバントー。小間物屋のマカロックは、バントーを掘るギルロイ教授チームの学生ウィルとソフィアと知り合う。ライバルのパディックはフリー・ベイで大変な物を掘り当てて…
 ヴェスヴィオ火山の噴火で滅びたボンベイの遺跡から発掘?された、石膏遺体像(→ガラパイア)からアイデアを得た作品。考古学も今は次々と新技術が登場するんで、遺跡や遺物は解析すべきか、それとも未来の解析技術に任せるか、難しい所だろうなあ。
クローラー / The Crawl / 2014年6月ミエヴィルのサイト / 日暮雅通訳
 映画の約2分の予告編の台本を模した作品。ゾンビの襲来で人類は世界を失った。それでも生き延び戦い続ける者もいる。しかし…
 クリーチャー大好きなミエヴィルとゾンビ。あまりに相性ピッタリすぎると思ったら、これまた思いがけないヒネリがw
神を見る目 / Watching God / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 その町の沖には時おり船が訪れる。岸には近づかない。たいてい湾の外側に停泊し、そして去ってゆく。島のタウンホールには、様々な額がかかっている。その一つには、こうあった。『遠くの船は、あらゆる男の願望を積んでいる』。その下に小さな斜体で『彼らの目は神を見ていた』。
 海と渓谷で、世界から切り離された町で育つ少女。何かのメタファーなんだろうけど、私にはよくわからなかった。何かを運んでくるのでも、積んでゆくでもなく、ただ沖合に現れるだけの船が、町の人にとって「そこにあるべきもの」になっちゃうあたりは、ちょっとわかるような気もする。
九番目のテクニック / The 9th Technique / 2013年10月自費出版 / 日暮雅通訳
 プレサイズ・ダイナーの客の多くは学生だ。地元民もいる。そして、兵士と取引する者も。コーニングも、その一人だ。小さなガラス瓶の中に入った、指ぐらいの大きさの黒っぽい塊を受け取り、尋ねる。「グアンタナモにはどのぐらいいたの?」
 グアンタナモ(→Wikipedia),ラフガディオ・ハーン=小泉八雲,アレイスター・クロウリーなどの固有名詞を散りばめつつ、次第に不穏な方向に物語は向かってゆく。明るく賑やかな定食屋から始まり、段々と視野が暗くなってゆくような場面の変化が巧い。
<ザ・ロープ>こそが世界 / The Rope is the World / 2009年12月 Icon Magazine / 日暮雅通訳
 最初は宇宙エレベーターなんて空想上のものだと思われていた。でも様々な新技術や経済情勢が関わり、幾つもの赤道上の国が巻き込まれていった。ザ・ロープは最初につくられたが、オープンは三番目になった。後からつくった他の二本に追い越されたのだ。
 宇宙エレベーターの興亡を、ミエヴィル流の退廃感あふれたイマジネーションで綴った掌編。なんか結末が取って付けたような感じでもあるし、舞台としてはなかなか魅力的な世界なので、実は長編のプロローグなのかも。
ノスリの卵 / The Buzzard's Egg / Granta 2015年4月号 / 日暮雅通訳
 ノスリとワシが恋をして、ノスリが卵を一つ産んだ。ノスリは卵を見捨てたが、ハトが自分の卵だと勘違いして温め始めた。卵から孵った鳥は、鉄のように硬い羽毛が生え、羽ばたけば雪が降り、鳴けば口から虹が出る。そんな話を、捕虜に語り掛ける、塔に住む老いた男。
 独特のルールで戦争が続く世界で、周辺国の侵略を続け拡大してゆく国。戦争のルールとして、これはこれでアリかも。
ゼッケン / Sacken / Subtropics Issue 17 Winter/Spring 2014 / 日暮雅通訳
 メルとジョアンナは、ドイツの田舎にある湖のほとりに建つ館で、しばらく過ごすつもりだった。朝食のあと、湖の岸を歩いていたメルは、メダルのような黒い木片を見つける。あまりに臭いがひどいので、投げ捨てたのだが…
 のんびり休暇を楽しもうと、静かで平和なドイツの田舎を訪れた女同士のカップルに、少しづつ忍び寄る怪異の影…というパターンの、正統的なホラー。
シラバス / Syllabus / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布  / 嶋田洋一訳
 3頁の掌編。三週間の授業の概略と進め方を説明するパンフレットの形式で、異様な世界をチラリと見せてくれる。
恐ろしい結末 / Dreaded Outcome / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 デイナ・サックホフは37歳のセラピスト。ブルックリンで仕事をはじめ、もう10年目だ。午後の最後のセッションはアンナリーゼ・ソーベル。彼女のセッションは八回目だ。彼女の問題は、はっきり分かっている。仕事熱心で社交的な言語学者・翻訳家、44歳の独身。
 レインはR・D・レイン(→Wikipedia)かな? 患者を大事にしたって評価もあるが、大事にし過ぎたって評価の方が(少なくとも当時は)強かったようで、精神医学会に真っ向からケンカを売った形になったらしい。デイナの療法が明らかになるあたりは、ちょっと笑ってしまった。
祝祭のあと / After the Festival / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 今日は謝肉祭。ステージでは司会者が観客を煽り、電子音楽が大音響で鳴り響く。登場したのは、食肉加工業者の白い上っ張りを着た一団。鎖につないだ一匹の豚を引っ張っている。鉄枠に豚を固定し、液体が飛び散らないようにプレートをはめ込む。
 血まみれのスプラッタ風味で始まる、正統派ホラー。グニャグニャ・ドロドロ・ヌメヌメが嫌いな人は要注意。
土埃まみれの帽子 / The Dusty Hat / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 南ロンドンの大学のホールで開かれた社会主義者の集会に、その男はいた。鍔広の帽子は土埃まみれで、歳は70代後半。どう見ても周囲から浮いている。話の内容はフラフラと漂い、その筋道を追うのは難しい。
 左派の社会運動家でもあるミエヴィルの一面が光る作品。舌を噛みそうな音読みの漢字が続く言葉を好み、何かといえば激しく議論しちゃ内ゲバを繰り広げ、次々と組織が分裂していく左派の運動を皮肉りつつ、奇妙な世界へ読者を誘ってゆく。
脱出者 / Escapee / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 「クローラー」同様、映画の予告編の台本を模した掌編。ホラーのようだけど、主人公の見た目は、ちょっと間抜けなヒーロー物っぽい。
バスタード・プロンプト / The Bastard Prompt / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 出会ったとき、トーは駆け出しの役者だった。一緒に住み始めた頃から彼女は売れ始めたが、ブレイクってほどじゃなかった。そこでトーはSP=標準模擬患者の仕事も始めた。医学生の前で患者のフリをして、問診の練習台となるのだ。彼女の演技は真に迫っていて…
 ネタかと思ったら、標準模擬患者(→城西国際大学薬学部模擬患者会)って本当にあるのね。ダスティン・ホフマンは、映画レインマンの演技の参考のために精神病院を訪れて患者を観察し、その帰りには完璧に演じて見せた、みたいな話があったような。役者の怖さが伝わってくる作品。
ルール / Rules / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 3頁の掌編。飛行機の真似をして走る子供の遊びと、何かのゲームのルールの説明が交互に出てくる構成。もしかしたら、小説の書き方の指南と、そのサンプルなのかも。
団地 / Estate / The Winter Review 2013年7月 /  嶋田洋一訳
 八月。その晩は、団地の外で何人かが騒ぐ声で起こされた。次の晩は、狐の鳴き声だ。近所の噂話で、ダン・ロッチが帰ってくると聞いた。子どもの頃、同じ学校に通っていた。夜になると、顔も知らない人が集まってきた。
 若者たち?が始めた、ケッタイで残酷で危なっかしい遊びを扱う作品。いかにもロンドン・パンクを生み出したイギリスらしい、暴力的な退廃感が漂っている。
キープ / Keep  / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 突然、流行りはじめた奇怪な現象。第一号のニックが、地下室に閉じ込められている。当人の周囲に、半径6フィートほどの円形の溝ができるのだ。当人には止めることも早めることもできず、建物や乗り物の中にいれば、床や壁や柱をくりぬいてしまう。伝染性の可能性もあるが…
 ミエヴィルならではの奇想が光る作品。止まっていると、本人の周りに勝手に溝が掘られてしまう奇病なんて、どっから思いついたんだか。馬鹿馬鹿しいアイデアながら、その対処法や世間の反応を真面目に考え、シリアスに展開してゆく。
切断主義第二宣言 / A Second Slice Manifest / 2014年3月 Foundation for Art and Creative Technology で配布 / 市田泉訳
 ミエヴィルの先鋭的なセンスとSFマインドが光る4頁の掌編。美術界の新しいムーヴメント、切断主義を謳いあげ…へ?
コヴハイズ / Covehithe / The Guardian(online) 2011年4月 / 日暮雅通訳
 ダニッチの村を訪れたドゥーガンと娘は、夜の闇に隠れて特別警戒地域に忍び込み、浜辺へと向かってゆく。ドゥーガンは確信していた。現れるのは今夜だと。予想はあたった。月明かりに照らされた海から、何かが波をかき分けて向かってくる。
 わかる人には「ダニッチ」でピンとくる作品。いや私は知りませんが。やはりミエヴィルらしいバカバカしさなんだけど、無駄に大きいスケール感が心地いい。ある意味、パシフィック・リムw
饗応 / The Junket / 書き下ろし / 嶋田洋一訳
 脚本を書いたダニエル・ケインは、姿を消した。そうでなくても、大騒ぎを引きおこす映画だ。出演者やケインの家族は取材陣に取り囲まれ、広告業界や弁護士ばかりでなく、多種多様な政治団体・市民団体が賛否を巡って運動を繰り広げた。
 インタビュウの形で綴る作品。こういったタブーに切り込む姿勢は、B級な映画を愛し、奇想に溢れ、また政治活動にも熱心なミエヴィルならでは。ちょくちょくB級ホラーに使われるあのネタを、こう捻るかw
最後の瞬間のオルフェウス 四種 / Four Final Orpheuses / 2012年4月ミエヴィルのサイト / 市田泉訳
2頁の掌編。亡くなった妻エウリュディケを取り戻すため冥界へ行ったオルフェウス(→Wikipedia)の胸中を察するに… これだから作家って奴はw
ウシャギ / The Rabbet / 書き下ろし / 日暮雅通訳
 マギーとリカルドの家に、新しい下宿人シムが来た。シムは働きながらコンピュータ・アニメを作り、ネットで公開してるが、出来はイマイチ。よく街中を歩き回り、変わったものを見つけるのが得意だ。長く住んでいるマギーが知らない面白い店を発見し、捨ててあった絵画などのガラクタを拾ってくる。
 少しづつ大きくなる予兆と、それに伴い物騒になってゆくナニ、そして無邪気に戯れる幼子を絡めた、正統派のホラー。
鳥の声を聞け / Listen the Birds / 書き下ろし / 市田泉訳
 これまた映画の予告編の台本を模した掌編。無音・耳障りな音・雑音・歪んだ声など、音の使い方に工夫を凝らしている。
馬 / A Mount / 書き下ろし / 市田泉訳
 5頁の掌編。1フィートほどの高さの磁器の馬と、その前で涙を流す少年から、イマジネーションを広げた作品。
デザイン / The Design / McSweeney's Quarterly Concern Issue 2013年12月 / 日暮雅通訳
 グラスゴーの医学校で解剖の実習中、ウィリアムはそれを見つけた。死体は60代の男性。組織を払いのけ、尺骨を露わにした時だ。何かの事故でできるようなものじゃない。明らかにデザインされた模様、絵柄が骨に描かれている。
 「祝祭のあと」同様、グロテスクなシーンに溢れた作品。なんたって、死体の処理を嫌というほど細かく具体的に書いてるし。デザイン,語り手の過去,少女と謎は出そろっているが、私は一つも読み解けなかった。
訳者あとがき:日暮雅通

 全般的に、小説としては未完成な感のある作品が多い。その反面、作品内で繰り広げられる風景は奇妙奇天烈・前代未聞で、そのケッタイさにクラクラしてくる。

 「ペルディード・ストリート・ステーション」や「クラーケン」でも異様なアイデアを連発したミエヴィルなので、思いついたけど長編に巧く組み込めなかった、けどセンス・オブ・ワンダーはタップリ詰まったアイデアを、なんとか形にして吐き出した、そんな雰囲気の作品集だ。

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