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2017年4月28日 (金)

リチャード・バック「飛べ、銀色の空へ」草思社 稲葉明雄訳

飛行機がそれ本来の位置、つまり空中にあるときは、死を賭するようなことはりえない。ほんとうに危険が迫るのは、それが地面とかかわるときだけなのだ。
  ――p14

リチャード、子供であることをやめてはいけない。大気やエンジンや爆音や日光といった偉大なものを、自分のうちに味わい、感じ、ながめ、興奮することをやめてはいけない。世間から子供らしさを護るために必要とあれば、仮面をかぶるのもいい。が、その子供をほんとうに抹消すれば、おまえは大人になって死んでしまうのだ。
  ――p203

【どんな本?】

 1920年代、アメリカ合衆国。陸軍で飛ぶことを覚えた若者たちは、軍からの払い下げで手に入れたカーチスJN-3 などの小型飛行機を駆り、自由に空を飛び回った。小さな町に近い広い牧草地に機を止め、客を集めては数分間の遊覧飛行を楽しませる、ジプシー飛行士として。

 そして1960年代。

 空軍で飛ぶことを覚え、ジェット戦闘機F-86セイバー などで経験を積んだリチャード・バックは、航空雑誌 Antiquer の編集長を務めるうちに、複葉機の魅力にとり憑かれる。1929年製の複葉機パークスを手に入れた彼は、ちょっとした実験を思いつく。

 現代でもジプシー飛行士は生きていけるのだろうか?

 お馬鹿な変わり者はいるもので、実験に付き合うモノ好きが二人も現れる。カメラマンで単葉機ラスコムを駆るポール・ハンスン、パラシュート降下要員のステュアート・サンディ・マックファースン。かくして大アメリカ飛行サーカスは、アメリカ中西部へと飛び立った。

 「かもめのジョナサン」で大ヒットを飛ばしたリチャードバックが、憧れのジプシー飛行士の暮らしを実践し、次作「イリュージョン」のヒントを得た、ひと夏の実験のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Nothing By Chance : A Gypsy Pilot's Adventures in Modern America, by Richard Bach, 1969、日本語版は1974年10月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約248頁に加え、訳者によるあとがき4頁。9ポイント47字×19行×248頁=約221,464字、400字詰め原稿用紙で約554枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。一部に航空機関係の専門用語が出てくるが、分からなければ無視しても大きな問題はない。敢えて言えば、長さの単位だろう。1マイルは約1.6km、1フィートは約30cm、1フィートは約91cm。

 ただし今じゃ新刊は手に入らないだろうから、古本を当たるか、図書館で借りよう。

【感想は?】

 つくづくアメリカが羨ましい。

 なんたって、ジプシー飛行士だ。こんな商売が成り立つのは、アメリカとオーストラリアぐらいだろう。アルゼンチンも、なんとかなるかな?

 広く平坦で、人口がまばらな土地。航空燃料(どうやらハイオクのガソリンらしい)や航空機の部品が潤沢に手に入る程度に、産業が発達し工業製品が人々に浸透した社会。ただし勝手気ままに空を飛んでも文句を言わない程度に緩い政府と航空管制。

 幾つもの植民地がそれぞれに発達し、その連合体として州政府と連邦政府ができたアメリカ合衆国ならではの、自由と産業力、そして末端までは管理が行き届かない政府など、幾つもの条件が重なって成立した、絶妙のバランスの上に成り立つ商売である。

 とまれ、実際に飛び回るリチャードら一行は、そんな難しい事なんか考えちゃいない。単に「とりあえずやれるかどうか試してみようぜ」ってな感じで、稼ぎながらその日その日を過ごしてひと夏を楽しもうとする、お馬鹿な野郎三人組の気楽な旅のお話だ。

 そんなわけで、作品としては、ちょっと変わった飛行機物語としても楽しいし、ドサ回りの小さなサーカスのルポルタージュとしても面白い。

 やっぱり飛行機に熱中するのは、ガキどもである。人口776人の小さな町リオでは、リトルリーグの試合を見ていたガキどもが、二機の飛行機とステュのパラシュート降下で大騒ぎで、週末には大繁盛だ。いい土地ばかりとは限らないが、町の人とソリが合えば大儲けできる。

 ばかりでなく、曲芸飛行を披露するパイロットは大人気で、サインをねだられることだってある。もっとも、最大のヒーローは…。わはは。でも、ガキどもの気持ちはわかるなあ。私も、ガキの頃、近くに飛行機が止まったなんて聞いたら、きっと走って見に行っただろうし。

 もっとも、世の中いい事ばかりとは限らず。夜にシャツを干そうとすれば朝露で濡れちゃうし、寝ようとすれば蚊の大群に襲われるし、珍しく屋根のあるねぐらにありつけたと思ったら…。こういうへっぽこな旅も、気の合う相棒とだったら、それなりに楽しめるんだよなあ。そんな旅日記としても面白い。

 お客さんも楽しんでるようで、単葉機のラスコムと複葉機のパークス、それぞれに乗った客が「どっちがいいか」で語り合うあたりも、飛行士としては気分のいい所。子供たちにいい所を見せようと一計を案じる親父さんとかもいて、なかなか微笑ましい。いい父ちゃんだなあ。

 意外と楽しんでるのが年配の人で、かつてのジプシー飛行士の想い出を語ってくれたりするのも、ちょっとホロリとする。ばかりか、飛び続けると、かつてジプシー飛行士だった人まで登場するから、アメリカも広いようで狭い。他にも様々な飛行機仲間が登場しては、ちょっとした思い出を残してゆく。

 中でも印象的なのが、スペンサー・ネルスン。「イリュージョン」にも登場したトラベル・エアーに乗り、はるばるネブラスカから駆けつけた勤め人。なんちゅう贅沢な休暇の過ごし方だ。

 そうやって飛び続けるうちに、リチャードは商売も巧みになってゆく。と同時に、人はどんな環境にも慣れるのか、ジプシー飛行士の日々が単なる繰り返しにも感じてきて…

 口数少ないステュの意外な秘密、常に最悪を想定するパイロットならではの注意深い視点、バラエティ豊かな客の数々、様々な立場で飛行機を愛する仲間たち、そして次から次へと降りかかるトラブル。

 呑気な三人の男が、気分次第で行く先を決めたドサ回りのヘッポコ道中。あまり知られることのないアメリカの田舎を見せてくれると共に、一種の旅芸人の気分も楽しめる、ちょっと変わった旅の記録。

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