J.E.チェンバレン「馬の自然誌」築地書館 屋代通子訳
ウマの歴史は消化と消化不良の歴史だ。
――第1章 霧の中から アメリカの馬と人荷役馬であれ馬術馬であれ、サーカス馬であれ競走馬であれ、すぐれた馬を育てる人には共通点がある。よく観ているのだ。
――第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬ウマと友だちになるには、まずは話しかけ、そして掻いてやることだ。
――第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬ウマは戦争を発明したばかりか、軍備拡大競争まで始めたのだ。
――第4章 歴史を騒がせた名馬たち アレクサンドロス大王の愛馬から競走馬までウマに関してはモンゴルがいまだ先頭をいっている。この惑星上で、人よりもウマが多い(約300万頭)のはここだけだ。
――第5章 世界の馬文化 古代中国から現代ヨーロッパまで
【どんな本?】
荷車を引き、畑を耕し、人を運び、戦で敵に突撃し、競馬場で華麗に駆けるウマたち。そのウマは、元々どこに住んでいて、本来はどんな生き物なのか。ヒトとウマはいつ、どのように出会い、どのように互いの生き方を変えていったのか。そして、今、ウマとヒトの関係は、どう変わろうとしているのか。
新石器時代の壁画から古代中国の兵馬俑などの遺物、首あてや鐙などの馬具、アレクサンドロス大王のブケパロスやサラブレッドの祖エクリプスなど歴史上の名馬、そしてアラブや中世欧州や現代のアメリカ先住民などウマと関わりが深い文化などを訪ね、ウマと人間の関係を描く、エッセイ色の強い歴史解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Horse : How the horse has Shaped civilizations, by J. Edward Chamberlin, 2006。日本語版は2014年9月22日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約233頁。9ポイント42字×17行×233頁=約166,362字、400字詰め原稿用紙で約412枚。文庫本なら少し薄めの一冊分。
文章は比較的にこなれている。内容もあまり難しくないが、専門用語はしょっちゅう出てくる。例えば走り方だとギャロップやトロット、鹿毛・葦毛・青毛などの毛色、首あて・鐙・鞍など馬具の名だ。説明がない場合も多いので、詳しく知りたければ、近くの競馬ファンに聞くか、Wikipedia などで調べよう。
【構成は?】
一応、全体としてのストーリーはあるが、各章は比較的に独立しているので、興味を持った所だけを拾い読みしてもいい。
第1章 霧の中から アメリカの馬と人
第2章 家に馬をもたらす 狩猟馬、農耕馬
第3章 地球を駆け巡る 馬の移動と輸送が世界を変えた
第4章 歴史を騒がせた名馬たち アレクサンドロス大王の愛馬から競走馬まで
第5章 世界の馬文化 古代中国から現代ヨーロッパまで
第6章 魂をふるわせる動物 気品、美、力の躍動
原註および謝辞/さくいん
【感想は?】
馬は力と地位の象徴だ。少なくとも、ヒトが定住を始めてからは。
現代日本で馬を持ってると聞けば、かなり懐に余裕があるんだな、と考える。馬は札束を食うなんて言葉もある。一口馬主なんて制度もあるが、申し込む人の大半は儲けより満足感が目的だろう。
昔はもっとハッキリしている。紀元前二千年ごろはチャリオットが戦場を支配した。アッシリアではウマ専門の商人を導入した。オスマン帝国は純潔アラブ種の国外持ち出しを禁じた。そういえば「日清戦争 近代日本初の対外戦争の実像」でも、当時の日本陸軍の弱点は馬の不足だ、とあったっけ。
などの物騒な話ばかりでなく、華やかなパレードにも、飾り立てた騎兵隊は欠かせない。ウマは力ばかりでなく、美しさの象徴でもある。
が、これは数々の矛盾を含んでいるのが面白い。本来、馬は走る生き物だ。一か所に留まって住む動物じゃない。かつてヒトが移動生活をしている時、ウマは単なる獲物だったらしい。「ウマは肉が、アジアでもヨーロッパでも、数万年前から重要な食料源」だった。
が、定住を始めると、ウマは貴重な使役動物となる。その目的の一つは、移動手段だ。なんたって速いし、長く走れる。「カザフ族のウマは、二時間以内で48キロを走り抜けた記録がある」。速く長く走れる乗り物は、自由と誇りのシンボルだ。
インディアンたちがドーズ法によって土地を手放し、定住者や山師に売った金で最初に手に入れたものは、たいていが車だった。
定住することで手放した自由を、ウマによって再び手に入れた形になる。どうやらヒトの中では、定住したい欲と旅する欲が争っているらしい。
おまけに、本来、ウマは狩られる側の動物で、「敵に向かっていくのではなくむしろ敵から逃げ出そうとする」生き物で、戦いには徹底して向かない。ヒトがウマに乗る動作も、狼がウマを襲う動作に近い。にも関わらず、ヒトはウマと密接な関係を築いてきた。
そんなヒトとウマの関係は、本書でも何回か繰り返される。冒頭の牝馬ビッグバードに始まり、アレクサンドロスとブケパロスもいいが、サラブレッドの祖でもあるゴドルフィンバルブ(→Wikipedia)の話は、ちょっと山本周五郎の紅梅月毛を連想したり。
中でも最も気に入ったのは、著者が創作した、少女と仔馬が出会う物語。約一万年前、ユーラシアの中央部を舞台として、幼い少女が生まれたての仔馬に目を付けて…って物語。登場人物で想像がつくように可愛らしいお話ながら、ウマの性質を説明しつつ、馴らす基本を巧くまとめてる。
こういった社会的な事柄に加えて、もっと下世話な、ウマの乗り方も詳しく書いてあるのが、この本の特徴。言われて初めて気が付いたが、いわゆる乗馬の乗り方と、競馬の乗り方は全く違う。同様に、乗馬競技だとヒトは足を延ばし背を立てて乗るけど、競馬の騎手は膝を曲げ背を丸めて乗る。
競技ばかりでなく騎兵でも色々な乗り方があるらしく、チンギス・ハーンとヨーロッパの鎧騎士の乗り方は全く違うそうな。
この辺は読んでてよくわからなかったが、チンギス・ハーンは「ウマを手で操るのではなく、膝の動きと体重移動で制御した」とある。そういえば彼らは馬上でも走りながら弓を射れたというから、下半身で馬を御する技術もあったんだろう。加えて、ウマの種類も違うし。
対して、騎士や武士は手綱を握ってるなあ。バイクだと、チョッパーハンドルのアメリカンと、前かがみなコンチネンタルの違いかな?
とかの騎乗だけでなく、荷車や馬車を曳くのもウマの仕事。特に馬車の文化は、バギー・キャブリオレー・キャラバン・クーペ・タンデムなどの名詞で、自動車産業が今でも受け継いでる。ちなみにそれぞれ一頭立て軽装馬車・一頭立て二輪で二人座席の折り畳み式幌付き馬車・大型の遊覧馬車・二人乗り箱型四輪馬車・縦並びの二頭引き馬車。
こういった文献漁りに加え、カナダのブリーダーやブラックフット族の馬商人など、現代のウマ商売に関わる人の話では、著者がウマに寄せる深い愛情が伝わってくる。歴史書と言うにはくだけすぎるが、エッセイ集とするには歴史的エピソードが多すぎて、分類には困るけど、近くの牧場に行って馬に触りたくなる、そんな本だ。
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