佐藤芳彦「図解 TGV vs. 新幹線 日仏高速鉄道を徹底比較」講談社ブルーバックス
TGVは線路の幅が同じというメリットを活かして、在来線との直通運転により、新線区間以外へのネットワークを構築している。新幹線は東京起点で4方向に路線を伸ばしているが、線路の幅が違うことがネックとなって、狭軌在来線との直通運転ができないのが難点である。
――4 高速鉄道ネットワーク
【どんな本?】
現在、世界各国で売り込み合戦を繰り広げているフランスのTGVと日本の新幹線。それぞれに特徴があり、長所短所がある。そこには、両高速鉄道が生まれた国の事情や、育ってきた経緯や環境、そして求められた事柄の違いがあった。
TGVと新幹線、双方のお国事情や歴史的背景から始まり、運航の模様や路線の形態、駅や線路や電源などのインフラ、そして車両の技術に至るまで、広い視野と技術的な細部の双方に目を配りながら両者を比べ、違いを明らかにすると共に、高速鉄道そのものの姿をわかりやすく伝える、一般向け技術解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2008年10月20日第1刷発行。新書版で横一段組み、本文約290頁。9ポイント26字×27行×290頁=約203,580字、400字詰め原稿用紙で約509枚。文庫本なら標準的な一冊分の厚さだが、写真やイラストが豊富に入っているので、実際の文字数は6割程度。
文章はこなれている。が、内容の一部はかなり専門的。特に電気関係が素人には厳しい。ボルトとアンペアや直流と交流はもちろん、「三相誘導電動機」や「インバーター」が説明なしに出てくるので、全部を理解したければ、相応の前提知識が必要。私は全く分からないので、こういった所はすっぱり読み飛ばしました、はい。
【構成は?】
視点が全体を俯瞰する所から次第に近づいて細部を見ていく構成になっているので、素人は頭から読もう。
- はじめに
- 日仏主要車両・世界の高速鉄道
- 1 プロローグ
- 1.1 パリ・リヨン駅からの旅立ち
- 1.2 東京駅からの旅立ち
- 2 TGVと新幹線の歩み
- 2.1 旅客輸送量と距離帯別シェア
- 2.2 開発コンセプトの比較
- 2.3 世界記録挑戦はいつもTGV
- 2.4 TGVが安くできたわけ
- 2.5 航空機と仲良しのTGV
- 3 鉄道システムの比較
- 3.1 鉄道をシステムとしてとらえる
- 3.2 鉄道の経営形態
- 3.3 技術規制
- 4 高速鉄道ネットワーク
- 4.1 新幹線ネットワークの発展
- 4.2 TGVネットワークの発展
- 5 営業システム
- 5.1 運賃比較
- 5.2 乗車券の日仏比較
- 5.3 常に混雑する駅窓口
- 5.4 インターネットによる切符販売
- 6 列車運行システム
- 6.1 ダイヤと列車種別
- 6.2 国境を越えるTGV
- 6.3 混雑時期への対応
- 6.4 列車運行管理
- 6.5 列車の整備
- 7 インフラストラクチャー
- 7.1 建設基準
- 7.2 軌道
- 7.3 騒音対策
- 7.4 電気システム
- 7.5 電車線とパンタグラフ
- 7.6 信号システム
- 7.7 インフラの保守
- 7.8 車両基地と車両保守
- 8 車両技術の概要
- 8.1 車両のシステム構成
- 8.2 車体
- 8.3 プロパルジョンシステム
- 8.4 台車と駆動装置
- 8.5 ブレーキシステム
- 9 TGVと新幹線車両比較(第1世代)
- 9.1 日本 新幹線電車開発までの道のり
- 9.2 フランス TGV-SE開発までの道のり
- 9.3 国鉄末期の新幹線電車
- 10 TGVと新幹線車両比較(第2世代)
- 10.1 同期電動機から誘導電動機へ
- 10.2 高速化、輸送力増強への試み
- 11 TGV新幹線車両比較(第3世代)
- 11.1 ネットワーク拡大への対応
- 11.2 高速列車開発の集大成
- 12 世界市場でのTGV vs 新幹線
- 13 文化の違いと高速鉄道
- おわりに
- 参考文献/さくいん
【感想は?】
まず、世界の鉄道関係者に謝りたい。鉄道ナメてました。
クリスティアン・ウォルマーの「世界鉄道史」とかを読むと、鉄道の黎明期にはしゃにむに線路を伸ばしていく様子が描かれる。極端なのでは、第一次世界大戦の塹壕戦の背後で前線の兵站を支えた軽便鉄道とかは、泥縄式に線路を作ってるし。
書名は「TGV vs 新幹線」だし、内容もTGVと新幹線を比べる形になっている。一見、両者の特徴を並べただけのように見えるし、実際そういう部分もあるんだが、これが発想の妙とでもいうか、鉄道に疎い素人の読者には、大きな驚きを与える楽しい本となった。
TGV と新幹線を比べる、そう聞くと、アヒルのくちばしみたく鼻づらの尖った新幹線の車両と、微妙にいかつい感じのするTGVの車両を比べ、どっちが速いかをジャッジするかのように思ってしまう。
が、現代の鉄道は、そんな単純なシロモノじゃないのだ。線路・駅・電力網・情報システム・車両基地などのインフラも含めた、とても大規模で複雑なシロモノなのだった。
こういった事が分かるのも、この本が、TGV・新幹線それぞれの歴史から掘り起こしているため。確かに両者ともお国の威信を背負ってる部分はあるが、それぞれに求められたモノも、生まれ育った環境も、全く違うわけで、単純には比べられない事がよくわかる。
新幹線のキモは、輸送量。一日の輸送人員がTGV10万人なのに対し、新幹線は50万人。これは総輸送量だけでなく、一編成で送れる数も、TGVは500人程度なのに対し、新幹線は軒並み1000人を超えてる。
この本には書いてないけど、たぶん客層もだいぶ違うんだろうなあ、と思う。日本じゃ普通の人も新幹線を使うけど、フランスは中産階級以上の乗り物なんじゃなっかろか。車両構成も、それを反映してる気がする。
平均駅間距離も、全く違う。TGVが213kmと長いのに対し、新幹線はたった33km。駅に停まればスピードを稼げないばかりでなく、客の乗り降りもあるわけで、新幹線はかなり厳しい条件で動かしてるわけだ。
が、新幹線に有利な点もある。在来線は軌道の幅(レールとレールの間)が狭く、新幹線は広い。既にある線路もホームも使えないので、駅や線路などインフラから新幹線専用に作る羽目になった。予算はかかるが、既存システムとの互換を取る必要がないのは、新技術を開発する者にとっちゃ有り難い。
対してTGVは在来線と相互乗り入れできるんで、同じホームを使える反面、運行システムはもちろん切符販売などの情報システムも含め、既存のインフラに縛られる部分もある。冒頭で著者はパリのリヨン駅からTGVに乗る際、列車が来るホームを探しあてるのに苦労してるけど、これにはそういう事情が大きく関わってる事が、後に明らかとなる。
全般的に海外への売り込みじゃ新幹線が苦戦してる模様だけど、その理由の多くがコレじゃないかと思う。標準軌の国だと、TGVは既にあるインフラを使えるんで、導入しやすいんだろう。
加えて電源も複雑だ。新幹線も関西の60Hzと関東の50Hzの違いがあるが、TGVはもっと複雑。なにせドイツ・ベルギーそしてドーバー海峡を越えイギリスまで走るんだが、それぞれの国で電圧ばかりか直流/交流まで違う。こんなもん、よく対応できたなあ。いや中身は全く見当つかないんだけど。
海外売り込みでTGVが有利なもう一つは、これかも。既に多国間で動いてる実績があるなら、技術面に加え運用面でのノウハウも溜ってそうだし。
と、こういった所から、鉄道ってのは、車両だけでなく、線路や駅や電力網や情報システムも含めた、とっても大きくて複雑なシステムなんだって事が、素人にも充分に伝わってくる。機関車や客車は、そういった大きなシステムの一部なわけ。
とはいえ、当然ながらシステムの違いは車両の違いにも表れるわけで、その辺も詳しく、しかも嬉しい事にわかりやすいイラスト付きで解説してる。
私のような素人でも通勤列車と新幹線の違いがハッキリわかるのは、速いってだけじゃなく、乗り心地がとってもいい事。速く走れば振動も大きくなる筈なのに、やたら静かで落ち着いてる。この秘訣を明かす台車のイラストは、その複雑さにクラクラしながらも、じっくり見つめてしまった。よくこんな複雑なモン作ってメンテしてるなあ。
と、書名はTGVと新幹線の優劣を語るようだし、実際にそういう内容なんだが、素人にとっては、鉄道ってシステムの複雑さと規模の大きさを肌で感じさせてくれて、意外な収穫に溢れる本だった。
にしても、2006年の東海道新幹線の平均遅延時間がたったの0.3分って、人間技じゃない。たぶん日本以外の国は、この数字を信じないだろう。これ1987年からのグラフになってて、最も成績の悪い1987年でさえ2.7分。夏から秋には台風が暴れ冬には雪が降る露天を500km以上走り、迷子やタチの悪いクレーマーの相手までこなして3分も狂わないって、JR職員はコンピュータ制御のサイボーグか?
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