上田早夕里「夢みる葦笛」光文社
この曲は、人間の精神を削り取っている。
――夢みる葦船全宇宙に共通する定義での<生物の知性>とは何を指すのだろう。
――プテロス私たちは未来を夢みるために<意識>を持っている――いえ、これは逆かもしれない。<意識>を持ったがゆえに、未来を夢みることができるようになったのかも
――楽園(パラディスス)「私の中にあるのは、未来しか見ない想像力さ」
――アステロイド・ツリーの彼方へ
【どんな本?】
「華竜の宮」「深紅の碑文」と大ヒットを飛ばし、日本SF界を震撼させた新鋭SF作家・上田早夕里による、最新短編集。
ややホラー風味な異形コレクション収録作から、宇宙を舞台にした壮大な作品、最新テクノロジーを絡めて人間の本質へ迫るもの、そして異様な世界と風景が印象的なものまで、バラエティ豊かな作品が集まっている。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2016年9月20日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約301頁。9ポイント43字×18行×301頁=約232,974字、400字詰め原稿用紙で約583枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。
文章は読みやすい。内容は凝ったガジェットを駆使するSF色が濃いものから、奇妙なアイデアを基にした作品まで、色とりどり。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 初出。
- 夢みる葦船 / 異形コレクション第43巻「怪物團」 2009年
- いつからか、街にはイソアが出没しはじめた。人ぐらいの大きさで真っ白、てっぺんから沢山の触手がはえている。その美しい声と演奏に、街ゆく人は聞きほれた。その日、私は昔のバンド仲間の響子に誘われ、ステージを見に行った。
- 音楽をテーマにした作品。今の日本だと、録音された音楽を聴く機会は多いけど、街角で生の演奏を聴く機会は滅多にない。ヒトと音楽の関係として、これはかなり異様な状況だろう。生演奏には不思議な魅力があって、個々の楽器の音が、生き生きしててふくよかなんだよなあ。ってんで、私はどちらかというと響子派です。だって上手に歌いたいし。
- 眼神 / 異形コレクション第45巻「憑依」2010年
- 幼い頃は村に住んでいた。祖父母と両親、叔父といとこで二つ上の勲ちゃん。村には<橋渡り>と呼ばれる奇妙な風習があった。子供が十歳になると、谷川にかかる吊り橋を一人で渡るのだ。河面からの高さは15mほど、風で揺れるので怖がる子もいる。その年、私と勲ちゃんは一緒に参加し…
- 人里離れた小さな村に伝わる、奇妙な儀式に隠された真相は…。「夢みる葦船」同様、ホラー風味ながら、このオチは、著者の姿勢が良く出てると思う。
- 完全なる脳髄 / 異形コレクション第46巻「Fの肖像 フランケンシュタインの幻想たち」2010年
- 私はシムで警官だ。シムの警官は人間を撃てない。そう設定されている。その日、24時間営業の薬局のそばで張り込んだ私は、店から出てきたシムの青年に目をつけた。警察手帳をチラつかせ、車にひっぱり込み…
- マッド・ドクターの繭紀がたまらない。表の顔は人当たりのいい医師だが、その実態は…。やっぱりね、真実を追求する人は、いろんな意味で人間を超越してないとw
- 石繭 / 異形コレクション第47巻「物語のルミナリエ」2011年
- 通勤の途中、私はそれを見つけた。電柱の先端に貼りついた、巨大な白い繭。人間が身を丸めているようにも見える。辛い仕事を終え、帰宅途中の夜、再び同じ場所で電柱を見あげると…
- 六頁の幻想的な掌編。しんどい仕事を抱えてる時は、電柱を見あげたくなるかも。
- 氷波 / 「読楽」2012年5月号
- 私は人工知性体だ。土星の衛星ミマスにいる。ここに人間はいない。私の仕事は観測だ。電磁波や放射線を測り、映像を撮影し、木星の研究所に送る。ここに地球から奇妙な客が現れた。タカユキと名乗る人工知性体で…
- 土星周辺を舞台に、AIの一人称で語られる物語。人間が全く出てこないあたりはとっても先鋭的なのに、妙に読みやすいのは、文章がこなれているからだろうか。肝心の「氷波」の描写は、冷たいながらも圧倒的な力を感じさせる、この作品独特のもの。
- 滑車の地 / 小説現代2012年9月号
- 貪欲で凶暴な捕食中が住む泥の海・冥海に、ポツポツと塔と鋼柱がそびえ建つ世界。人は塔に住み、鋼柱を中継として張り渡したロープを伝って行き来する。冥海に落ちたら命はない。塔も鋼柱もロープも劣化する一方で、泥棲生物は数を増しつつある。
- 泥の海に塔がポツポツ建ってるって世界が、とっても不思議で魅力的。なんとか続きを書いてくれないかなあ。
- プテロス / 本短編集初出
- 大気はメタン、地表はマイナス170℃。上空の中間層はマイナス90℃で、スーパーローテーション(→はてなキーワード)による強烈な風が吹いている。巨大なコガネムシのようなプテロスは、この中間層を飛び回る生物で…
- こちらは世界より、そこに棲むプテロスが魅力的な作品。ヒトを乗せられるぐらい巨大で、メタンの空を悠々と飛ぶ。しかも虫並みにコミュニケーション不能、どころか、ヒトを全く意識していないように見える。そおれでもヒトは可愛く感じちゃうんだよなあ。
- 楽園(パラディスス) / SF JACK 2013年
- BMI、脳と機械のインタフェースを開発するメディカル・プログラマの宏美が、事故で亡くなった。彼女の死に耐えられない私は、インターネット上に彼女が遺した文章を基に、<メモリアル・アバター>を作る。所詮は疑似人格だが…
- 「越境する脳」とかを読むと、「手を動かす」などの運動は、既にある程度の解析が出来てるっぽい。また既存のテキストを基に、書き手のクセを真似たテキストを作りだすなんて技術もあったり。ただ、こういった、表に出るモノの奥にある思考は…
- 上海スランス租界祁斉路320号 / SF宝石 2013年
- 1931年。岡川義武は、上海自然科学研究所に赴任する。日本の外務省が日中友好政策の一環として開設し、両国の研究員が集まる予定だ。若い頃に玄武岩の薄片を顕微鏡で見て以来、岡川は鉱物に魅せられてきた。
- 1931年は、満州事変(→Wikipedia)の年で、これ以降の日中関係は悪化する一方。確かに科学に国境はないが、そう考える人っばかりってわけにはいかず。著者が専門家(というか専門バカ)に向ける温かいまなざしが感じられる作品。
- アステロイド・ツリーの彼方へ / SF宝石2015 2015年
- ぼくの仕事は、小惑星帯探査機から送られてくるデータを、神経接続で追体験することだ。その日、嘉山主任から妙な仕事を頼まれた。猫の面倒をみてくれ、と。いや実は猫じゃなくロボットで、名前はバニラ、機械知性だ。本体は別の所にあり、猫は端末。おまけにヒトの言葉を話す。
- こういう性格の奴にボディを与えるなら、やっぱり猫だよね。生意気で何考えてるかわかんないのも「しょうがないか」と思えるし。犬だと、もちっと従順じゃないと納得いかない。今のAIは何らかの目的に特化したモノばかりだけど、こんなミッションを与えちゃったら…ま、いっか←をい
全般的にコミュニケーションを扱った作品が多いかな。コミュニケーションの向こうに何かがあるのか、または何もないのか。最近の科学は次第にその辺に迫りつつあって、けっこうワクワクする時代なんだけど、どうなんだろう。
それとは別に、「滑車の地」の異様な世界には惹かれるなあ。もっとあの世界を描いて欲しい。
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