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2016年12月15日 (木)

A・G・リドル「アトランティス・ジーン3 転位宇宙」ハヤカワ文庫SF 友廣純訳

「たしかに人類史上最大の発見だよ――しかも、史上もっとも絶望に見舞われた時代になされた発見だ」

「私には計画がある。我々はこの宇宙に永遠の平和を築くのだ」

「伝説は死にません」

自分に残された時間はあとどれぐらいだろう。世界を救うために、自分にできることはあるのだろうか。

【どんな本?】

 個人出版から火が付いた、アメリカの新鋭作家による娯楽アクション伝奇SF長編小説三部作の完結編。

 疫病の蔓延とイマリとの戦いで、崩壊寸前にまで追い詰められた人類社会だが、なんとかイマリを南極大陸に追い詰めることができた。南極のイマリはレールガンで武装した要塞に立てこもり、また各地に潜む内通者が攪乱作戦を始める。加えて、蘇ったアレスは更なる計画を隠し持ち、反撃の機会を伺っていた。

 そんな折、プエルトリコのアレシボ天文台は、画期的な発見をしていた。明らかに知性体からと思しき信号を、電波望遠鏡が捉えたのだ。

 アトランティスの遺伝子にはどんな意味があるのか。宇宙からのメッセージの正体は。アレスは何を目論んでいるのか。そしてデイヴィッドとドリアンの因縁に決着はつくのか。

 数々の謎を見事にまとめあげ、風呂敷を綺麗にたたむ、痛快娯楽アクションSF長編、堂々の完結編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Atlantis World, by A. G. Riddle, 2014。日本語版は2016年10月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約446頁に加え、著者あとがき2頁+訳者あとがき3頁。9ポイント40字×17行×446頁=約303,280字。400字詰め原稿用紙で約759枚。文庫本としてはちょい厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ロボット物のアニメを楽しめるなら、充分についていける。ただ、お話は三部作まとめて一つの長編になっているので、素直に開幕編の「第二進化」と第二部の「人類再生戦線」から読もう。

【感想は?】

 おお、綺麗にケリがついてる。お見事。

 まとめにかかるのかと思ったら、さにあらず。完結編ではスケールが更にエスカレートし、とんでもない規模の歴史と戦いが語られる。その分、オカルト成分は控えめだが、表紙はダテじゃなかった。

 三部作に分けて出版すると、どうしても前の巻までの内容を忘れちゃうんだが、新人のクせにこの著者は、そういった所もキチンと目配りしてるのが憎い。大事な伏線は、回収する前にうまくサワリを説明する親切仕様だ。しかも、ウザくない程度に。

 これは構成の巧みさも光ってる。まず全体を60ぐらいの細かい章に分け、読者に「私は読み進んでいる」と進行感を与える。また、登場人物は幾つかのグループに分かれて舞台に立ち、複数の舞台を並行して語ることで、「続きが気になる」気分をずっと味あわせる。おがけで、読み始めたらやめられない止まらない。

 長いお話なので、どうしても動きの多い場面と少ない場面がでる。これも先の複数グループを巧く組み合わせ、必ずどれかのグループが激しく動いているようにして、短い区切り単位でバラエティ豊かなストーリー進行を楽しめるようになってたり。

 キャラクターでは、ドクター・ポール・ブレンナーがいい。CDC(疫病対策センター)の研究者で、合衆国で疫病に対抗するため奮闘した人。典型的な仕事オタクの研究者で、ウイルスについちゃ詳しいが、人づきあいとなると、まあ、アレで。せっかくのチャンスにビタミンの話なんかしてんじゃねえよw

 ケイトとデイヴィッドの主人公カップルも危機また危機の連続で読ませるが、キャラクターとして最も光ってるのは、悪役ナンバー2のドリアン。トランスフォーマーならスタースクリームに当たる人。

 幼い頃から邪悪っぷりじゃ半端ない素質を発揮したドリアン様、この巻の冒頭じゃアレスに首根っこを押さえられ、手も足も出ない状態。そのアレスは肝心の目的は決して漏らさず、便利な道具としてドリアンをコキ使う。

 なんとか反撃の機会を伺うドリアン様だが、なにせアレスの目論見が分からないので、今は忍耐の時…と大人しくしてるはずもなく、スキあらば寝首をかこうと、決してくじけない所がいい。そんな執念深さはデイヴィッドに対しても同じで。

 やっぱり彼の本領はバトル・シーンでこそ光る。この巻ではジュラシック・パークまがいの場面で、プレデターみたいな化け物がうじゃうじゃいる環境を、一切の感情を捨て合理的な判断と無尽蔵の体力で目的達成に向け突っ走るあたりが、ドリアンらしさ全開で楽しませてくれる。いや身近にいたらはなはだ迷惑な人なんだけどw

 そんなドリアンを巧みに操るアレスも、これまた曲者というか意思の権化というか。何考えてるのかはわからないが、どうせ邪悪な事だろうと思ってたら、早速やらかしてくれました南極要塞で。

 やがて物語はアトランティス人の謎を追い、更に壮大な舞台へと向かってゆく。こっちの話だけでも三部作にしていいぐらいのスケールだが、このあたりの語り口は、50年代のスペースオペラを思わせるスピーディーかつ大仰で爽快、そしてスリリングなもの。

 定番のオカルトから最近の科学トピックなど大量の仕掛けを遠慮なくブチ込み、危機また危機の動きの激しい展開で、ヨーロッパ・アメリカ・インドネシア・チベットと世界中を駆け巡り、更に壮大な宇宙の歴史まで語る、サービス満点の娯楽作品。

 とにかく大げさで楽しく爽快なSFが読みたいなら、格好のお薦め。

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