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2016年10月24日 (月)

日本SF作家クラブ編「SF JACK」角川文庫

「でも、私はテクノロジーの力で、人間のこの限界を超えたい」
  ――楽園(パラディスス)

愛情や共感は、人類の宿痾だ。
  ――さよならの儀式

「出なくすることよりは、出るけれども無害なものにするのがお得意だとか――」
  ――陰態の家

【どんな本?】

 日本SF作家クラブの50周年を記念して出版された、書き下ろしアンソロジー。

 全般的にベテランの大御所の寄稿が多く、短編小説として巧くまとまっている作品が多いが、そこはSF。扱うテーマや垣間見える風景は不穏にして物騒、読者の認識を根底から覆すものも多く、SFとしてのキレは申し分ないばかりか、重量級の歯ごたえを感じさせる作品が揃っている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は2013年2月に角川書店より単行本で刊行。私が読んだのは角川文庫版で2016年2月25日初版発行。文庫本で縦一段組み本文約484頁に加え、吉田大助の解説7頁。8ポイント42字×18行×484頁=約365,904字、400字詰め原稿用紙で約915枚。上下巻にわけてもいい分量。

 やはりベテランが多いためか、全般的に文章はこなれている作品が多い。最もトンガっているのは最初の「神星伝」。ただし扱うテーマは本格的な作品が多いので、初心者がSFに親しむには適した本だろう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者。

神星伝 / 冲方丁
 時は神皇紀580年。18歳の頬白哮は、悪友の忍・春雨・J兵衛とリサイクル店<十火>のガレージに集まり、ジャンク・パーツをかき集めて超電導バイク<騎輪>を組み立てる。やっとエンジンに火が入ったその日、哮の母が自宅で殺された。
 独特の言葉遣いで、木星近傍に大和民族の末裔が築き上げた未来の社会を描き出し、その中で煩悩真っ盛りの若者が巻き込まれた陰険な陰謀…かと思ったら、こうきたか。壮大な物語のプロローグを思わせる、ダッシュ力抜群の作品。是非とも電撃文庫あたりで長期シリーズ化した後、今川泰宏監督でアニメ化して欲しいんだけど、どうでしょう?
黒猫ラ・モールの歴史観と意見 / 吉川良太郎
 1794年。不作が続いた上に牛まで死んでしまい、食い詰めた農家の娘ニナは、家族のためにパリに向かい、伯爵様のお屋敷で働くことになった。折悪くパリは革命の嵐が吹き荒れ、連日何人もの老若男女がギロチンで首を切られており…
 猫を好んで取り上げる著者らしく、この作品でも黒猫が大切な役割を果たす。農家の無学な娘の目から見たフランス革命を描く前半から、「なにやら薄暗く、じめじめした場所で目覚め」なんてネタを挟んだ後に繰り広げられる、稀有壮大なエンディングがいい。
楽園(パラディスス) / 上田早由里
 山村憲治のもとに、森井宏美の訃報が届く。彼女の死を受け入れられない憲治は、宏美がネット上に遺したテキストを元に、彼女の疑似人格メモリアル・アバターを創る。アイコンはヒヨコだ。アバターを相手に悲しみをまぎらわしていた憲治に、宏美の同僚から連絡が入り…
 著者のクセを取り入れた文章を作るアプリケーションは、既に幾つかある。今は無意味なテキストだけだが、限られた状況なら人工無能もソレナリに意味のありそうな応答ができるとか。マイクロソフトの Tay は変なクセがついちゃったが、朱に染まるのを防ぐのに性格を持たせるのは巧い案かも。とまれ、ネット上の文章は多少カッコつけてるわけで、本来の性格とは違うんだが…
チャンナン / 今野敏
 少林流系統空手の門弟だった俺は、沖縄の島尻郡知念村で演武を見たのをきっかけに独立した。沖縄空手はシンプルで力強く、素朴で味わい深い。以来、沖縄古流空手の研究を始めたが、源流を探り始めるとわからないことが多く…
 なんと空手SF、ただし格闘場面はなし。「格闘技の歴史」によると、空手のルーツを追い求めるとユーラシアの歴史そのものを掘り起こす羽目になるとか。現代日本の空手も、その歴史は謎に包まれているらしい。
別の世界は可能かもしれない / 山田正紀
 識字障害を抱えた五木梨花は、六本木のゲノム総合センター・遺伝子構造・機能研究ラボに勤めている。実験用マウスの世話が梨花の仕事だ。遺伝子をいじられ実験の後は処分されるマウスに同情し、叫びだしたくなることもあるが…
 地下鉄大江戸線の路線や、ワイパーに拘る坂口と仲間との会話など、出だしから山田正紀らしさが存分に炸裂している。デビュー以来ずっと著者が追い求めてきたテーマを扱いながらも、常に素材や料理法は斬新なものを取り入れ、読者を驚かせてくれるのも嬉しいところ。
草食の楽園 / 小林泰三
 辺境の宙域で漂流してしまったミノキリとヤマタツ。救援は望めそうにない。そこで近くに孤立したコロニーはないかと探したところ、三日ほどの距離に見つかった。長く孤立していたコロニーだけに、どんな連中が住んでいるのか見当もつかないが、死ぬよりはマシと覚悟を決め…
 宇宙は広い。そしてヒトが理想とする社会は様々だ。だから、様々な社会形態を実験するには格好の実験場になる。ソビエト連邦やクメール・ルージュのカンボジアも壮大な実験と言えるし、1960年代にはヒッピーがあちこちにコミューンを作ったが、生き残ったのはごくわずか。
リアリストたち / 山本弘
 VR技術が発達し、人々の多くは仮想世界に引きこもって暮らしている未来。私が作った作品が、管理局の審査にひっかかった。リアリストたちからクレームがつきかねない、と。そこで私が直接リアリストたちと話し合うことにしたのだが…
 といった紹介をすると、筒井康隆の断筆宣言を思わせる幕開けで、「何を今さら」と思いながら読んでたら、全く意外な方向に話は転がっていった。昔は光化学スモッグ警報も夏の風物詩だし、運動部はうさぎとびが付き物だった。今も母乳信仰は生き残ってるが、清潔を求めるあまり電車の吊革にさえ触れない人もいて…
あの懐かしい蝉の声は / 新井素子
 手術は成功した。が、頭の中には「……の……の……の……」と奇妙な音が響き、口の中には妙に甘い味やあったかい気持ちがしたり冷たい感じがするし、指は変な風に動いている。けど先生が言うには、第六感が使えるようになっている筈で…
 この著者のファンにはピンとくる作品(多少ネタバレ気味)。ロボット物の漫画やアニメで、尻尾がついてたり腕が沢山あるロボットが出てくるのがあるけど、あれパイロットはちゃんと操縦できるんだろうか、などと思うが、どうもヒトの脳は持った道具を身体の延長として素直に納得しちゃうらしい(「越境する脳」)。身体の形が変るのには簡単に適応できるが…
宇宙縫合 / 堀晃
 私はこの十年間の記憶を失った。帰国してからは、新今宮の簡易宿泊所に泊まっていたが、全財産を入れたバッグも盗られた。やったのは泉州と河内だろう。身分証明書もない。警察を避けていたが、向こうからやってきた。彼らの用事は意外な事に…
 関西在住の著者らしく、大阪のディープな匂いが立ち込める作品。バックパッカーが安宿に詳しいとか、よくわかってらっしゃる。と同時に、著者らしい大掛かりな科学・技術ネタをドカンとブチかましてくれる。
さよならの儀式 / 宮部みゆき
 人々の暮らしにロボットが入り込み、洗濯機並みに普及した時代。回収業務センターに来たのは、若い娘だった。壊れたロボットは事故を起こしかねない。そこで回収手順も厳密に決まっている。彼女のロボットはハーマンと呼ばれ親しまれたようだが、なにせ古すぎてメーカーも残っておらず…
 ロボットをメーカー名で呼ぶなどの細かい生活感が、実によく出ている作品。感情を出さず事務的に対応する窓口係と、ハーマンに未練たっぷりの娘って構図は、家電の修理センターなどではいかにもありそうな構図だが、それを窓口係の視点で描いたのが巧い…とか思ってたら、終盤でガツンと重いボディブローを食らった。さすがベストセラー作家、テーマも仕掛けも視点も見事。
陰態の家 / 夢枕獏
 多々良陣内、傀儡屋。森の中の広大な敷地にある屋敷の門をくぐる前から、おれは気配に気づいていた。確かにコロボックルがいる。依頼者は丹生都赤麻呂62歳。奇妙なものが出るという。大きかったり、小さかったり。廊下や庭や部屋を歩き回り…
 傀儡屋の多々良陣内が、森の中の屋敷にひそむ怪異に挑む、オカルト・ハードボイルド短編。コロボックルなんて名前だからてっきり可愛くてイラズラ好きな妖精みたいなシロモノかと思ったら、酷いアレンジだw
解説:吉田大助

 ベテラン作家の作品が多いだけに、読みやすさは抜群だし、質も安定してる。宮部みゆきのSFは久しぶりに読んだが、「さよならの儀式」にはヘビー級のKOパンチを食らった。彼女のファンでSFにアレルギーがない人には、自信をもってお勧めできる傑作。

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