矢野徹「折紙宇宙船の伝説」早川書房
〽しらーぬ えもんとにげそうろ
ながれながれて おいそうろ
【どんな本?】
翻訳家として数々の名作SFを日本に紹介し、黎明期の日本SF界を牽引した矢野徹による、幻想的な長編SF小説。
その村は山の奥深くにあった。狂った美しい女のお仙は、深い霧の中、よく飛ぶ折紙の飛行機を飛ばす。見た目は若々しいが、歳は見当もつかない。夏は裸で冬は浴衣一枚のお仙に、村の男はみな一度は世話になっている。そんなお仙の腹が膨らみはじめ、男の子を産んだ。衛門と名付けられた子供は、不思議な力を持っていて…
山奥を舞台に繰り広げられる土俗の色濃い日本の風景、著者の従軍経験、内外の傑作SFのエッセンス、そしてエロチックな描写をたっぷりと詰めこんだ、矢野徹の最高傑作。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
1978年5月31日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本部約361頁。紙の本なら単行本に加え角川文庫とハヤカワ文庫JAがあるが、今は古本屋か図書館でないと手に入りそうにない。最も手に入れやすいのは電子書籍で、Kindle 版と XMDF 版が出ている。
9ポイント44字×20行×361頁=約317,680字、400字詰め原稿用紙で約795枚。文庫本ならやや厚めの一冊分ぐらい。文章はこなれている。内容もわかりやすい。SFが珍しかった頃に書かれた作品でもあり、SFっぽい仕掛けの説明や描写は、クドいぐらい親切なので、SF初心者にもお勧めできる。
敢えて言えば、舞台が昭和30年代あたりのため、若い人にはピンとこない風俗がよく出てくるのと、男性向けのサービスシーンが多いので、好みが分かれるかも。ちなみに著者は巨乳派です。
【感想は?】
間違いなく矢野徹の最高傑作。
物語は、山奥の村から始まる。霧が立ち込める竹藪の中を、いつまでも飛び続ける紙飛行機。それを追いかける、裸の美しい狂った女、お仙。そして村に伝わる不思議な唄。
いわくありげな村だが、そこに住む人は別に浮世離れしているわけでもなく、適当に生臭くて適当に親切だ。ソッチの方は意外とお盛んであけっぴろげ。こういった所は、ハインラインの影響もあるんだろうが、この作品はあけっぴろげな分、変に力んだ感じはなく、娯楽の少ない土地で人生を楽しもうとする健全な雰囲気がある。
とはいえ、全編を通してサービスシーンは盛りだくさん。出版当時の状況を考えると、ニューウェーヴに感化されたのか、敢えてタブーに挑むため、ワザとたくさん盛り込んだのかも。こういうあたりを読むと、「昔の日本も別に身持ちが良かったわけでもないんだな」と変に感心しちゃったり。
と、日本の山奥を舞台に、伝説や狂った女を題材に、エロチックな場面をたっぷりと盛り込むあたりは、半村良が得意とする素材なんだが、半村良の持ち味である恨み節みたいなのは見事に欠けていて、その代わりにあるのは、生きて行こうとする強い意志と、はかなく消えてゆく時の流れへの悲しみ。
やはり著者の経歴も巧く混ぜ込んでいて、語り手は軍の命で戦時中にその村に赴き、しばらく過ごした事になっている。戦後、語り手は再び村を訪れようとするのだが…。各章の合間に挟んだ「語り手」のパートが、両立しがたい物語のリアリティと幻想性を、同時に盛り上げているから見事。
海外作品を数多く訳している著者だけあって、そういうネタもたっぷり仕込んである。私は「刺青の女」(元ネタはレイ・ブラッドベリの「刺青の男」)ぐらいしかわからなかったが、後半では実にわかりやすく元ネタをハッキリとアピールしてたり。そういえばスランも読みたいなあ。今でいうアホ毛だよね、あれ。
などといった土俗的な描写ばかりでなく、やがて舞台は都会へと移ってゆくと共に、当時のSFらしいおおらかな仕掛けが登場してきて、どんどんスケールが大きくなっていくから楽しい。やっぱりSFはスケール感がなくちゃ。
不思議な力を持つ衛門は、村を出て都会で暮らしい始める。そこで出会う様々な人々は、それぞれに様々な人生を歩み、それぞれの傷を抱え、それぞれの想いを抱いている。そんな人々が次第に集い始めると共に、物語はスリリングな方向に転がり始める。
こちらの都会パートは、ファンタジックな村のパートと比べ、輪郭がクッキリとした、いかにも「サイエンス・フィクション」っぽい風味を利かせていて、鮮やかな対比をなしてたり。にしても頭山の爺さん、実験とはいえ無茶するなあw
こっちのパートは完全に娯楽色に振り切り、多少のコミカルさを交えながら、大きなスケールを感じさせる物語が広がってゆく。アチコチに散りばめられた元ネタは、当時のSFや冒険物に詳しい人ほどニヤリとする仕掛け。マクロードとか、ほんと懐かしいし、ちゃっかりアッカーマン(→Wikipedia)なんてのも出てきたり。
古の伝説の謎、秘密組織の陰謀、超能力バトル、独りでいることの耐えがたさ、悠久の時の流れなど、膨大なSFを読み込んだ著者らしく、SF定番の仕掛けやガジェットを盛大に盛り込みながらも、抜群の読みやすさと親しみやすさを保ち、生きてゆく者の強さと哀しみを柔らかな幻想味で包んだ、昭和のSFの傑作。
昭和に青春を過ごしたベテランばかりでなく、「小難しい理屈は苦手で…」と言うSF初心者にこそ薦めたい。ただし男性向けなので、ママには内緒だぞ。
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