アンドルー・ファインスタイン「武器ビジネス マネーと戦争の[最前線]」原書房 村上和久訳 3
ロバート・ゲイツ「実際のところ、われわれはイラクとアフガニスタンでふたつの戦争を戦っているが、F-22はいずれの戦域でもなんの任務も実行していない」
――16 ユートピアの向こうは、希望?ヘンリー・キッシンジャー「われわれがイスラエルに戦車を一輌あたえるたびに、近隣諸国はわれわれから四輌購入する」
――17 アメリカのショーウィンドーソマリアの青空武器商人「わたしは武器ビジネスをはじめてわずか五年だが、別荘を三軒建てた。ふたりの妻のために店も開いたよ」
――19 泣け、愛する大陸よ
【アメリカ】
下巻の前半は、アメリカ合衆国が舞台となる。取り上げるのは国防予算と、ボーイングやロッキードなどの軍事企業だ。
驚いたのが、SFファンやNASAオタクには評判の悪いウイリアム・プロクスマイア上院議員が汚職の告発で活躍してること。彼が嫌いなのは先端技術じゃなくて、税金の無駄遣いだったのね。
P.W.シンガーが「ロボット兵士の戦争」で指摘してたように、企業は兵器にゴテゴテと無駄なオプションをつけて値段を吊り上げる。ここではロッキードの輸送機C-5A(→Wikipedia)で単純なボルトに65ドルの値をつけるなど」の誤魔化しを突き上げている。
が、残念ながら、プロクスマイア議員みたいなのは少数派で。議員にとっちゃ地元の有権者が最も大事だ。そして地元に兵器工場があって雇用が増えるなら、政府から仕事を取ってくるのが議員の役目だろう。そうやって、企業は議会を抱き込んでゆく。
が、しかし。本当に、雇用は増えるのか。ここにズバリと斬り込んでるのが、著者の鋭い所。例えばF-22計画では「九万五千人が雇用される」とロッキード・マーティンが主張している。が、
その雇用はどこにあるのかとたずねられると、同社はその情報には独占権があると主張し、提供をことわった。
根拠がなくてもいいなら、なんだって言えるじゃないか。
実際に、防衛産業はどれぐらいの雇用を作り出すのか。2009年にマサチューセッツ大学の経済学者たちが行った調査によると、同じ10億ドルでできる雇用は…
- 防衛: 8,555人
- 医療:12,882人
- 教育:17,687人
景気をよくしたければ、何に投資すべきか、よくわかる調査ですね。「経済政策で人は死ぬか?」でも似たような事が書いてあったけど、教育って意外と投資効果が大きいんだなあ。まあいい。じゃ、防衛産業がどんな雇用を増やしてるのか、というと…
それはロビイストにたいしてだ。2010年には防衛産業は、議会と行政府に自分たちの主張をよくわからせるために、1億5千ドル近くをロビイスト事務所に支払った。
このロピイストってのが、実は政府関係者だったり。いわゆる「回転ドア」ですね。ディック・チェイニーとハリバートンの関係が代表的。そんな風に、ホワイトハウス・議会・国防総省と、企業がガッチリ結びついちゃってるから、防衛予算はなかなか減らない。
国防総省の帳簿の帳尻を合わせるために、四兆四千億ドル分の帳簿を改竄して、必要な財務諸表を作り上げなければならなかったことと、一兆一千億ドルが跡形もなく消え失せて、その金がいつどこへ誰のために消えたのか誰もはっきりとは知らない
なんて怖い事になってる。
ときおり考えるんだが、日本も公立学校の部活動の指導は、教員じゃなくて地元の経験者を雇えばいいのに、と思うんだよなあ。プロ野球やJ1のOBとか。柔道や剣道も警官OBが沢山いるし。ギョーカイの後ろ盾も得られるから、話は通りやすい気がするんだけど。
【テロとの戦い】
ブッシュJr政権がブチ上げた「テロとの戦い」、これで意外な利益を得た者がいる。イスラエルだ。イスラエルの産業界曰く。
「わが国では誕生からずっとテロとの戦いをくりひろげてきました。どうしてきたか教えましょう」
お陰でイスラエル経済は救われましたとさ。買い手も実績を重視するから…
「われわれがどこで売ろうとしても、相手はイスラエル軍がそれを使ったことがあるかを知りたがる」
実際、ウジ短機関銃はとても評判が高く、なんとイランまで採用してる(→Wikipedia)。イカれてるのはイランかイスラエルか、どっちなんだろ?
【リセット】
兵器に限らず機械は買えば終わりじゃなくて、メンテや部品交換も必要だ。減価償却は税法でも認められている。
パソコンを自作する人は、メモリカードやハードディスクの交換・増設で寿命を延ばしたりする。例えば、今使ってる内蔵ハードディスクが250GBで、交換するなら、どんなディスクを考えるだろう?
2016年8月現在じゃ、250GBなんで小容量のディスクは探すだけで一苦労だ。それより1T~2Tあたりを探すか、または本体ごと買い替えるだろう。似たような事は、兵器でもある。これを「リセット」と呼ぶ。
(アフガニスタンに)派遣されたヘリコプター部隊全体の6%、戦闘車輌のざっと5%、トラックの7%が毎年交換する必要があると見積もられている。
そして、ハードディスクの増量みたいな事も、実際に行われている。
たとえば2006年、「リセット」の範疇で、国防総省が保有する一万八千台のハンヴィー四輪駆動車の全車を、手製爆弾(IED)にもっともよく耐えられる車輌と交換することが決定されている。
お陰で、いったん増えちゃった防衛予算はなかなか減らせない。オバマ政権になっても、ブッシュJr政権が遺した防衛費の祟りは続いているわけ。
【アフリカ】
終盤では、アフリカで紛争が続く様子が次々と描かれる。アフリカ情勢に興味がある人には、やたら濃くてタメになる部分。特にコンゴ民主共和国とルワンダ・ウガンダのあたりは、ややこしい事情が比較的スッキリわかって有り難い。
私はアンゴラの部分が興味深かった。凄いよ。
ひとりあたりのGDPが5383ドルにもかかわらず、人口の70.2%が1日2ドル以下で暮らしている。
なんでそんな酷い事になるかというと…
1997年から2002年のあいだに、推定で47億ドルがアンゴラの国庫から消えている。同じ期間に外国からもたらされた全援助に匹敵する額だ。
と、権力者と武器商人が国庫を食い物にしてるわけ。アンゴラの主な産業は石油とダイヤモンドで、それさえ押さえちゃえば金と権力が手に入る。逆にそれを奪われたらヤバいんで、各勢力は互いに武力で奪い合い、投資は武器に回すって構図。
こういう地下資源の呪いにドップリ浸かってるのがコンゴとシエラレオネで、リビアも難しそうだよなあ。
やはりここでも流入する武器は東欧・ベラルーシ・ロシア、それに中国が急成長。中国はソマリアの携帯電話網に進出してるのが「ルポ 資源大陸アフリカ」に出てたり、実に油断できない。
【おわりに】
武器もカネも多数の国やトンネル会社を通すし、一つの取引に何人もの仲介者が入るので、どうしてもややこしい話が多くなる。おまけに本の構成として、一つの話がアチコチに分散して出てくるので、何度も前の頁を見返さなきゃいけない。
などと決して読みやすい本ではないが、煽情的なタイトルを遥かに超える衝撃的なエピソードがてんこもりで、下手すると読者をうつ病にしかねないほど内容は重い。出てくる金額が凄まじいので、勤労意欲まで削がれてしまう。
それでも、武器輸出解禁を控えた現在の日本では、是非とも多くの人に読んでほしい。武器は買う国の命を奪うだけでなく、売る国の権力までも腐らせるのがよくわかる。
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