A・G・リドル「アトランティス・ジーン1 第二進化 上・下」ハヤカワ文庫SF 友廣純訳
「これは人類のための、まさしく生き残りをかけた戦いなのだ。我々が目指すものはただひとつ。人類の存続だ」
「やつは順調に悪化してるよ」
【どんな本?】
個人出版から火が付いた、アメリカの新鋭作家による娯楽アクション伝奇SF長編小説三部作の開幕編。
南極の氷山の中に眠っていたナチスの潜水艦・ロズウェル事件(→Wikipedia)・人類進化上のミッシングリング・911陰謀論そして失われた大陸アトランティスなどお約束のネタを新旧取り混ぜ、人類史の陰に潜む秘密組織や人類の存続にかかわる災厄をめぐる闘争を描く、ジェットコースター作品。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Atlantis Gene, by A. G. Riddle, 2013。日本語版は2016年4月25日発行。文庫本上下巻で縦一段組み、本文約356頁+360頁=716頁に加え、著者あとがき3頁+鳴庭真人の解説6頁。9ポイント40字×17行×(356頁+360頁)=約486,880字、400字詰め原稿用紙で約1,218枚。上下巻としては少し厚め。
文章はこなれている。内容もわかりやすいし、読み始めるとグイグイ引っ張られる吸引力がある。敢えて言えば、アトランティスやロズウェルやナチス残党生存説などのアレなネタに詳しければ、更に楽しめるだろう。
【どんな話?】
南極大陸の沖合で氷山を調べていた研究者は、第二次世界大戦時のドイツ海軍の潜水艦を発見する。詳しく調べるため潜水艦へと赴いた研究者は、氷山の崩壊に巻き込まれてしまった。
キャサリン(ケイト)・ワーナーはジャカルタで自閉症児の治療法を研究していた。二名の自閉症児が画期的な知能を示した時、研究所は暴徒に襲われ、天才児二名が誘拐されてしまう。
国際的なテロに対抗するため創られた超国家的諜報組織クロックタワー。だが何者かが組織に大規模な一斉攻撃を仕掛け、多数の支局が壊滅してしまう。ジャカルタ支部も攻撃を受け、支局長のデヴィッド・ゲイルは奇妙な暗号文書を受け取る。そこにはこう書かれていた。
「トバ計画は実在する」
ナチスの潜水艦、誘拐された自閉症児、同時多発的なクロックタワー襲撃。これらは、人類の生存に関わる大事件の始まりにすぎなかった。
【感想は?】
まさしくジェットコースター。とにかくスピード感が半端ない。
タイトルからして、B級感プンプンだ。なんたって「アトランティス遺伝子」である。プラトンが記した謎の大陸アトランティス。いい加減、使い古されたネタだよね、と思ってしまう。
そして開幕が、南極の氷山に埋もれたナチスの潜水艦だ。しかも、U-977(→英語版Wikipedia).。アルゼンチンに亡命し、後のナチス残党生存説の元になった艦。キッチリと定石を守ったオープニングで、知っている人はニヤリとする所だろう。
これに、天才的な知能を示した自閉症児の誘拐が続く。ここまではともかく、この次が実に胡散臭い。クロックタワー、国際的なテロに対抗するため立ち上げられた、国際的な秘密情報機関。実態も最高責任者も資金源も本拠地も不明。だが、能力と実績は折り紙付き。わはは。昭和の仮面ライダーの世界だ。
こういった懐かしい定番の舞台装置や小道具を使い、すれっからしの読者に「ふふん、なるほどね」などと思わせつつ、お話はスピーディーなアクションの連続でコロコロと転がってゆく。
この話の転がりの速さはまさにジェットコースターで、場面は次々と切り替わってゆく。終盤で少しネタ明かし的にインディー・ジョーンズの名が出てくるんだが、まさしくあの映画のスピード感そのものだ。それだけに、少々無茶しすぎの感もあるけどw
構成も見事で、数頁ごとに章が切り替わる形を使っている。これがインディー・ジョーンズ風のせわしなさを巧く再現し、アップテンポな雰囲気を盛り上げてゆく。主人公のデヴィッド・ゲイルが無敵にタフなのも、そういう事なら仕方がないかw
U-977 やアトランティスなどネタは古臭いが、その料理法は意外と誠実で、最近の科学ネタを巧みに盛り込みながらも、要所で大げさなハッタリをカマすのも楽しい。
アトランティスとくれば洪水伝説だが、これに人類史の大飛躍(→Wikipedia)やトバ・カタストロフ理論(→Wikipedia)とか、サラリと読むと「どうせネタだろ」と思いそうなのも、今調べたらちゃんと学者の支持を受けた理論なのに驚いた。他にもエピジェネティクス(→Wikipedia)なんてネタを折り込んでたり。
などと、キチンとした小道具で脇を固めながらも、それらの理論がもたらす結論は実にお馬鹿な大風呂敷。いいねえ「トバ計画」。なんか矛盾してるような気もするが、いいんです。ナチスが絡んでるんだから、これぐらい残酷で大げさで頭悪くないと。
こういった無茶なお話を引っ張っていく主人公二人は、研究者のキャサリン(ケイト)・ワーナーと、クロックタワーの支局長デヴィッド・ゲイル。なんだが、二人とも体育会系ではなく学究肌なのが奇妙なところ。
それより、物語を強烈に牽引するのが、悪役のドリアン・スローン。若い頃のルドガー・ハウアーみたいな、酷薄な感じの偉丈夫。部下をグイグイ引っ張る強力なリーダーシップを誇り、世界中を飛び回る軽快な行動力も併せ持つ。ただ、困ったことに、やたらめったら気が短くて…
彼が組織の研究者と話す場面は、現場の仕事に携わる者なら「おうおう、いるねえ、こういう困ったクライアント」とニヤニヤする所。要求仕様を細かく詰めるなんて発想は微塵もなく、大ざっぱに欲しいものを伝えるだけで、納期は異様に短い上に、こっちの話なんか聞きやしない。その分、予算だけはたっぷりとブン取ってくるんだが…
わがままで気の短いガキが、そのまんま大人になったような奴で、高い所になっている林檎を収穫するために木ごと伐り倒すような真似ばかりやらかす、台風みたいな男。あんまし親しく付き合いたくない類の奴なんだが、成功するにせよ失敗するにせよ、動けばド派手で人の目を引く結果になるのだけは確実な奴。
最初は単に不気味なだけの奴なんだが、話が進むに従いどんどんとパワーアップし、同時に暴走具合もエスカレートしていくからたまんない。こういう、イカれている上に突進力だけはある悪役がいると、実に物語は盛り上がる。
ナチスの潜水艦やアトランティス,ロズウェルなど手垢のついた定番ネタを、最近の科学トピックを交えて鮮やかに蘇らせ、ノンストップのアクションで読者を惹きつけつつ、壮大な大風呂折敷を広げた娯楽作品。怪しげなモノが好きなら、頭を空っぽにして楽しもう。
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