「G. ガモフ コレクション 1 トムキンスの冒険」白揚社 伏見康治・市井三郎・鎮目恭夫・林一訳 1
私たちの世界と同じ物理法則が支配するけれども、古典的概念の適用可能な限界を定める、物理定数が異なるような世界においては、現代物理学がひじょうに長いあいだ苦心して研究した結果、やっと到達した空間や時間や運動の新しく、正しい概念が常識的な知識となってしまうだろう。
――はじめに
【どんな本?】
ロシアに生まれアメリカで活躍した20世紀の理論物理学者、ジョージ・ガモフ(→Wikipedia)による、一般向け科学啓蒙書シリーズの一冊。原書が出たのが1940年~1967年と相当に古いため最新の成果は含まないが、その反面、現代物理学・生物学の基礎となる知識をわかりやすく伝えている。
この本は二部からなる。Ⅰ部の Mr. Tompkins in Paperback は物理学で、相対性理論と量子力学が予言する奇妙な世界を扱う。Ⅱ部の Mr. Tompkins inside himself では生物学に焦点を当てる。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
成立過程は、少々ややこしい。原書は次の順番で発行した。
- 1940年 Mr Tompkins in Wonderland(不思議の国のトムキンス)
- 1944年 Mr Tompkins explores the atom(原子の国のトムキンス)
- 1953年 Mr Tompkins learns the facts of life(生命の国のトムキンス)
- 1965年 Mr. Tompkins in Paperback : 1. と 2. の合本
- 1967年 Mr Tompkins inside himself : 3. を加筆訂正したもの。Martynas Ycas と共著。
この本は、上の 4. と 5. を合わせ、翻訳したもの。4. が Ⅰ Mr. Tompkins in Paperback に、5. が Ⅱ Mr. Tompkins inside Himself にあたる。
日本語版は1990年4月30日第一版第一刷発行、私が読んだのは1991年11月20日発行の新装版第一刷。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約446頁に加え、「あとがきにかえて 私の通俗科学書」4頁。9ポイント26字×22行×2段×446頁=約510,224字、400字詰め原稿用紙で約1,276枚。文庫本なら2~3冊分の大容量。
文章は比較的にこなれている。内容のわかりやすさは、Ⅰ部とⅡ部でだいぶ違った。
物理学を扱うⅠ部は数式、それも微分方程式がアチコチに出てくるので、まじめに読むとかなり苦労する。が、ハッキリ言って、数式は全部読み飛ばしても大きな問題はない…んじゃ、ないかな。もちろん、私は読み飛ばした、はい。
生物学を取り上げるⅡ部は、まれに分子式が出てくるぐらいで、かなり読みやすい。面倒だったら分子式も読み飛ばして構わない。
【構成は?】
Ⅰ部とⅡ部は完全に独立しているので、どちらから読んでも構わない。
- Ⅰ Mr.Tompkins in Paperback
- 第1話 のろい町
- 第2話 相対性理論に関する教授の講演
- 第3話 休息の一日
- 第4話 空間の湾曲、重力および宇宙に関する教授の講演
- 第5話 脈動する宇宙
- 第6話 宇宙オペラ
- 第7話 量子玉突き
- 第8話 量子のジャングル
- 第9話 マクスウェルの魔
- 第10話 陽気な電子群
- 第10.5話 講演のうち居眠りで聞き漏らした部分
- 第12話 原子核内の世界
- 第13話 原子核彫刻師
- 第14話 真空に穴がある話
- 第15話 トムキンス氏、日本料理を味わう
- Ⅰ Mr.Tompkins inside Himself
- 第1話 血流の流れに乗って
- 第2話 筋肉の浜
- 第3話 左右あべこべ
- 第4話 遺伝子に会う
- 第5話 獣番号 遺伝のからくり
- 第6話 ある航海
- 第7話 宇宙時計と体内時計
- 第8話 マニアック 人工頭脳の話
- 第9話 脳みそ
- 第10話 湖上の夢
- あとがきにかえて 私の通俗科学書
- 著者紹介・略年譜
【感想は?】
今のところ、物理学を扱う Ⅰ Mr. Tompkins in Paperback しか読んでいないので、そのこまでの感想を。
ここでは、前半で相対性理論を、後半で量子力学を扱い、一般の人に親しみやすいように、物語形式で読者を「奇妙な世界」へと案内してゆく。
主人公はトムキンス氏。初登場時は独身の銀行員だ。若いにも関わらず、いささか毛髪に不自由しているあたりに親しみが持てる(←をい)。彼が物理定数の違う世界へと迷い込み、不思議な体験をした後に、物理学教授が不思議な体験の種明かしをする構成だ。
この構成はまるきしSF小説とその解説みたいな関係になっていて、SF小説のネタを探している人には実にありがたい形じゃなかろうか。また、トムキンス氏が迷い込む世界も実に摩訶不思議で、うまくアレンジしたらゲームの舞台として使えそうな気がする。
最初にトムキンス氏が迷い込むのは、光速が極端に遅い町。相対性理論では光速が物理現象に様々な制限を課しているんだが、光はとても速い(真空中で秒速約30万km、→Wikipedia)ため、私たちは相対性理論の効果を体で感じることはない。
そのため、相対性理論が予言する効果を私たちは不自然に感じるんだが、ここでは光速を極端に遅くすることで、相対性理論の効果を大げさに表現し、不思議な世界を作り出している。
自転車は速く走るに従い短くなり、ペダルは重くなる。また速く走ると道は短くなり、町の時計に比べ自分の時計は遅れがちになる。長あいだ列車に乗って移動している制動手は孫娘より若く見え…
いずれもSF者にはお馴染みの効果だ。これに光の波長の変化も加えれば、ずっとカラフルになったんだが。
それでも相対性理論は連続的な変化なので、まだ体感的についていけるんだが、次の量子力学になると、明らかに人間の直感とは大きく異なる世界になってしまう。有名なシュレディンガーの猫(→Wikipedia)だ。全てが飛び飛びの値で、しかも確率的な話になってくる。
ここでは、量子論の後半、原子の構造の話が面白かった。まずは電子になったトムキンス氏は、楽し気に原子核の周りを巡るのだが…
核分裂でアルファ粒子(ヘリウムの原子核、→Wikipedia)が出てくる理由もなんとなくわかった。原子核の形にも安定した形と不安定な形がある。そして「二個の陽子と二個の中性子が結合したアルファ粒子は、きわめて安定」しているので、原子核が割れる場合も、その中のアルファ粒子は壊れないわけ。
もっと驚いたのが、中性子の性質と中間子の話。
電気的にマイナスの電子が、電気的にプラスの原子核にまとわりつくのは、なんか納得できる。プラスとマイナスは引き合うからだ。だが、プラスの陽子と電荷のない中性子は、なんで離れないのか。なんと、陽子と中性子には、意外な関係があるらしい。
ニュートロン(中性子)はふつうは白色で、つまり電気的に中性なわけですが、赤色のプロトン(陽子)にかわろうという傾向が強いのです。
と、この本によると、核内の陽子と中性子は、常に陽電子を交換して、陽子になったり中性子になったりしているのだ。この交換が、陽子と中性子を強く結びつけている。これが湯川秀樹が予言した中間子(→Wikipedia)らしい。
加速器の形も、私は完全に誤解していた。大型の加速器って丸いから、粒子が円周上を何度も回るんだと思ったら、そうとも限らない。当時は蚊取り線香に近い渦巻き型だった(→Wikipedia)。これだと…
粒子の速度が増してゆくとともに円形軌道の半径、したがって一周軌道の全長がやはり比例して増してゆく。
渦巻き型の加速器=サイクロトロンは、円の中心から円周に向かう直線状に、粒子を加速する電気装置を置く。粒子は電気装置を通過するごとに加速するが、同時に回る円周の距離も長くなる、そのため、電気装置は一定の間隔で粒子に刺激を与えればいい。
ところが Wikipedia を見ると、今の大型加速器は円周上で加速するシンクロトロン(→Wikipedia)っが主流らしい。制御技術が進歩したためだろうか。
光速の遅い町にいったり、電子になったり、日本酒を飲んだりしたトムキンス氏。後半では人体に潜り込みミクロの決死圏へと向かい、彼の冒険はまだ続く。
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