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2016年2月 7日 (日)

ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 2

 九月十一日、すべてが変わった。
 世界貿易センタービルが崩壊するとともに、過去十年間にわたって慎重に築きあげられてきた秘密暗殺作戦を監視し、再検討するシステムも崩れ去ったのだ。
  ――1章 対テロ対策を名目に

 ジェレミー・スケイヒル「アメリカの卑劣な戦争 無人機と特殊作戦部隊の暗躍 上・下」柏書房 横山啓明訳 1 から続く。

【概略】

 本書は、アメリカが行なっている暗殺の内幕を暴く本だ。名目は対テロ対策。

 いつから、誰を目的に、誰が命じ、誰がどのように行ない、どんな成果を収め、どんな犠牲を生み出し、どんな影響を与え、どんな結果をもたらしたか。それを、多くの政治文書や現地取材によって裏付けたドキュメンタリーである。

【議会とホワイトハウス】

合衆国の政治には二つの大きな権力がある。大統領が率いるホワイトハウスと、上院下院からなる議会だ。

 日本の首相は国会の多数勢力から出る。そのため議会の意向と大きく違った政策を首相は出しにくい反面、首相が出した政策は議会を通りやすい。

 対して合衆国の大統領は議会と違った選挙で選ばれる。よって議会とは大きく異なる政策を大統領が打ち出す事も出来るが、議会に反対されポシャる場合も多い。昔は大統領の力が強かったが、1980年代あたりから議会が力を増してきた。そのため、思い切った政策を取りたい大統領にとって、議会は邪魔に感じる時もある。

 ビッグス湾事件(→Wikipedia)のような秘密作戦を行なう場合、昔はCIAが主導したが、最近は議会の締め付けが厳しくなっており、CIAを使いにくくなってきた。おまけに、ブッシュJr時代の国防長官ドナルド・ラムズフェルドと副大統領ディック・チェイニーにとって、CIAは実に面白くない組織だった。

 ラムズフェルドとチェイニーは、「イラクに大量殺戮兵器がある」と決め付けている。ところが、いつまでたってもイラクに大量殺戮兵器がある証拠を持ってこない、どころか否定する材料ばかりを持ってくる。「いいから証拠をもってこい」と命じても、なかなかいう事を聞かない。

 情報機関の判断を無視して、自分の考えに固執すりゃ、どうしたって間違った結論に至る。おかげでコリン・パウエルはとんだピエロを演じさせられてしまった。あなたの周りにもいませんか、こんなボス。

 そんなわけで、思いどおりに事を動かしたい両名は、議会とCIAを迂回する抜け道を作り出した。それがJSOC、統合特殊作戦コマンドである。

【統合特殊作戦コマンド】

 米軍のエリート部隊だ。なんと、デルタ・フォース,海軍のSEAL、そして陸軍のレンジャーが集っている。部隊の指揮権を得たスタンリー・マクリスタルもレンジャー出身で、戦闘技能・豊かな知識と秀でた思考能力・不屈の精神力そして卓越した統率力を併せ持つ、軍神のような男だ。

 ただ、最初は失敗もしたらしい。デルタとSEALを連携して動かそうとした。そりゃ無茶だろう。レンジャーも含めいずれも能力は甲乙つけがたいが、性格が違いすぎる。

 SEALの特徴はバディ制で、ペアになった両名は常に行動を共にする。これを元にした強い連帯意識がモットーだ(→マーカス・ラトレル&パトリック・ロビンソン「アフガン、たった一人の生還」)。

 対してデルタは隊から離れた際も単独で任務を遂行できる、孤立に強い者を求める。そのためマイペースの個人主義者が集まった(マーク・ボウデン「ホメイニ師の賓客 イラン米国大使館占拠事件と果てしなき相克」)。

 陸軍の特殊部隊は任務の性格からして違う。SEALもデルタも米軍だけで完結するチームで動くのに対し、陸軍特殊部隊は現地の武装勢力と協力して事に当たる。そのため、様々な文化や生活習慣への柔軟な適応性が要求される(ダグ・スタントン「ホース・ソルジャー」)。

 この三者を融合させようってんから、大変な仕事である。それでもマクリスタルは困難を乗り越え、優れた部隊を育て上げた。能力は優れているのだ、この人。ただ、仕えるボスがアレなだけで…たぶん。

【誤爆のメカニズム】

 切れ味は鋭い部隊なんだが、いかんせん肝心の照準が甘かった。標的を決める情報の収集と分析に難があったのだ。ありがちな誤爆は、こんな感じになる。

現地人のハンペン氏からタレコミがある。「ニンジン氏はアルカーイダだ」。
同様のタレコミが、ダイコン氏とガンモ氏からもあった。
裏が取れたと考え、ニンジン氏の暗殺を決め、実施する。

ところが、これは誤爆だった。
ニンジン氏はアルカーイダと関係なかった。

ハンペン氏・ダイコン氏・ガンモ氏ともに、地元のオデン族の者だった。
オデン族はカレー族と対立している。ニンジン氏は、カレー族の頭だった。
三名が謀ってガセネタをタレコみ、目障りなニンジン氏を片付けたのである。自分の手を汚さずに。

 ちなみに、同じパターンが「ホース・ソルジャー」にも出て来ている。アフガニスタン・ソマリア・イエメンなど、多くの部族・氏族が群雄割拠している土地では、どこでも似たような問題が起きるようだ。

 ところが張り切り屋のマクリスタルは、部下の尻を叩き短い期間で多くの暗殺を行なおうとする。結果、情報の確認が疎かになり、薄くあやふやな証拠で多くの者を殺す方向へと突き進んでしまう。

 困ったことに、どの土地も大家族の文化で、身内の絆は強く国との絆は弱い。そのため、一人を間違って殺すと、多くの者が米軍を憎むようになる。かくして、優れた戦闘能力を持つJSOCは、多くの作戦を実施しながら、同時に合衆国の敵をせっせと生み出してしまったのだ。阿呆な話である。

 じゃ、どうすりゃいいのか。イエメンのシャブワ族長アリ・アブドゥラ・アブドゥルサラム、別名ムラー・ザバラが、解を教えてくれた。

「もし政府が学校や病院を建て、道路整備を行い、生活基盤を整えてくれるなら、政府に忠誠を近い、政府を守るために戦う」

「アルカーイダは、安全を保障し、略奪行為から守ってくれているんだ。もし車が盗まれたら、彼らが取り返してくれる。だが、政府管轄地域では略奪や強盗が多発している」

 とすると、自衛隊がサマワで給水設備を作ったのは、対テロ対策としては賢かったわけだ。私は別の理由で自衛隊の派遣に反対だが、この本の内容とは違う話なので別の記事に譲る。

【余談:ヘルファイア】

 無人機の話も少し出てくる。落ち着いて考えると、無人攻撃機プレデター(→Wikipedia)を使う以上、どうしたって誤爆が起きるのは確実なのだ。

 こんなシナリオを考えて欲しい。

 銃を持った暴漢が人質を取って建物に立て篭もった。警察は優先順位を決め対策を考える。最も大事なのは人質の命、次に暴漢の無力化。暴漢の生死は問わない。よって警察は暴漢の殺害も有りとした。

 この時、警察はミサイルを使うだろうか? んなわきゃない。ミサイルの爆発に人質が巻き込まれてしまう。警察は狙撃銃を使うだろう。これなら確実に暴漢だけを殺し、人質は無事でいられる。

 プレデターの主な攻撃方法は、ヘルファイア空対地ミサイル(→Wikipedia)だ。テロリストが一人で居る事は少ない。自動車で移動するにせよ、家に篭っているにせよ、たいていは他の誰かと一緒に居る。

 にも関わらずヘルファイアを使う時点で、巻き添えが出るのは折り込み済みなのだ。標的を仕留められれば、巻き添えで無関係の人が死んでも構わない、そういう発想がヘルファイアに現れている。 

 ニワカとはいえ軍ヲタを自称するなら、プレデターの武装を知った時点で気づくべきだった。己のアホさ加減に呆れてしまう。故江畑謙介氏(→Wikipedia)なら、真っ先に指摘しただろう。

【おわりに】

 他にもソマリアおよびイエメン情勢や、アンワル・アウラキの話、ビンラディン暗殺の模様など、書きたい事があるので、次の記事に続きます。

【関連記事】

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書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

誤字のご指摘に感謝します。
ここ数日、忙しくて記事を書けませんでした。
ご愛読ありがとうございます。

投稿: ちくわぶ | 2016年2月 9日 (火) 19時44分

>ただ、使えるオスがアレなだけで…たぶん。
仕えるボスがアレなだけで、ですかね?

ちょっと更新がなかったので心配したのですが、
こんな重たい本を読んでらしたんですね。
続きも楽しみにしています。

投稿: | 2016年2月 8日 (月) 18時12分

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