ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊5 星間大戦終結」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳
虚勢を好むのは戦争を経験していない者だけだ。
「人々のために自由を作り出すことが、間違いであるはずがない。たとえ、その自由から間違いを作り出す者がいたとしてもだ」
戦争は、いつ、どこで起こっても、必ず大勢の孤児を生みだす。
フェアな戦いは、優秀な指揮官がちばんしかけたがらないものだ。
【どんな本?】
元合衆国陸軍情報士官の著者による、ミリタリ・スペースオペラ・シリーズの最終巻。
突然の異星人の攻撃で絶滅の危機に瀕した人類は、敵の本拠地がガニメデにある事を突き止め、一万人の兵をガニメデに送る。辛くも任務は成功したものの、生き残ったのは七百人。その一人ジェイソン・ワンダーは兵卒から少将に昇格し、生存者を率いて地球へと帰還した。
その後も異星人との戦いは続く。敵の技術を用いて人類は恒星間へ進出し、異星人が連行した人類の末裔が住む多くの惑星を発見する。ジェイソンも宇宙へ飛び出し、幾つかの惑星で戦いに身をおいた。
圧倒的な兵力を擁し自殺的な戦闘を仕掛ける異星人の個体は、人体で言う白血球のような存在で、自らの意思を持たないらしい。氷河期の惑星バイクセルで、指揮能力を持つらしい異星人の個体を見つけたジェイソンらは、それを捕らえるためにバイクセルに赴くが…
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Orphan's Triumph, by Robert Buettner, 2009。日本語版は2015年10月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約468頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント41字×18行×468頁=約345,384字、400字詰め原稿用紙で約864枚。文庫本としてはやや厚め。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。あまり真面目にサイエンスする作品じゃないので、気楽に読もう。とまれ、続き物で、背景事情や登場人物は今までのシリーズを引きついでいるので、できれば最初の「ガニメデへの飛翔」から読むほうがいいだろう。
【どんな話?】
ナメクジどもは、多くの惑星に人類を移住させていた。その一つ、氷河期の惑星バイクセルに再びナメクジどもの軍勢が現れる。情報部のハワード・ヒブル大佐は、ここに敵の補助脳である<神経節(ガングリオン)>が居るという。急襲してこれを捕らえれば、ナメクジどもの母星を見つけ、敵を殲滅できるかもしれない。
急遽、即応旅団を伴い、ジェイソンとヒブルはバイクセルに急襲をかけるが…
【感想は?】
堂々のフィナーレ。
今までも歴史上の有名な戦闘をなぞってきたこのシリーズ、今回の最も印象的な戦闘では、テルモピュライの戦い(→Wikipedia)を再現する。映画「300」で有名な戦いだ。
歴史上では、300人のスパルタ軍が20万人のペルシア軍を押し留めたことになっている。なぜそんな事ができたかというと、狭い場所で戦ったから。この作品では、二百人の素人兵で錬度の高い八千の兵を相手に戦う。さすがに槍と剣ではなく銃の撃ち合いだが、地の利次第で趨勢が大きく変わるのは昔と同じ。
テルモピュライでは矢でケリがついたようだが、ここでも怖いのは似たような飛び道具。銃の弾丸は真っすぐにしか飛ばないが、歩兵には頼りになる味方がいるのだ。精度にはちと問題があるが、けっこう単純な構造で造るのに高い技術力が要らず、手軽に持ち運べる頼れる奴が。おかげでテロにも使われたりするけど。
前巻から派手な活躍を見せた航空機スコーピオンを駆る航宙戦もあるが、やはりこの人は陸上での銃撃戦を描くのが巧い。吹雪の惑星バイクセルで、ジェイソンとハワード先生にナメクジどもが追いすがる場面は、映画にしたらきっとウケるだろう。にしても、なんちゅう前進方法だw
バイクセルと共に、今回の重要な舞台となるのが、惑星トレッセル。科学技術は第一次世界大戦ぐらいだが、先の戦い以来、抑圧的な体制が続いている。この社会を嫌う地球は外交関係を維持しつつも、技術的・経済的な協力は拒むが、最終決戦を前に重要な問題が持ち上がり…
トレッセルの雰囲気はナチスだが、似たような問題は21世紀の今も残ってるんだよなあ。サウジアラビアを始め湾岸諸国は今も抑圧的な王制なんだけど、油田の上にデーンと構えてるんで大げさには騒げない。そんな所に介入しようとする地球なんだが、その手口はやっぱり今と同じだったり。
こういう方法がどの程度に有効化というと、それは今のシリアが実証してるんだよなあ。
やはりシリーズ通して印象的な武器が登場するこの作品、今回は自動拳銃コルト・ガバメントことM-1911(→Wikipedia)。制式採用が1911年というから、相当な骨董品だが、45口径の強力なストッピング・パワーに加え、圧倒的に普及したため部品や弾薬が調達しやすいためか、今でも広く使われているロングセラー。
いくら強力とはいえ所詮は拳銃、小銃に比べれば威力も射程距離も劣るが、ちゃんと活躍の場を用意してあるあたりが憎い。
幕開けから多くの仲間を失ったジェイソン君、この巻でも切ない別れが迫っている。前巻では「そこまでやるか」と思ったが、ここでも運命は冷酷だ。せめてもの救いは、その別れの悲しみを多くの人と分かちあえる事ぐらいか。ここでは、敵味方を問わず尊敬を集めていた様子がわかる。
短い章を積み重ね、テンポよく読み勧められる構成。随所に散りばめられた、皮肉で気の利いた会話。何より、難しい事を考えず気楽に楽しめるストーリー。全体で5巻という長さも、ミリタリ物のシリーズとしてはとっつきやすいだろう。あまりSFに慣れていない人でも楽しめる、娯楽SF小説だ。
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