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2015年11月16日 (月)

ジョン・スラデック「蒸気駆動の少年」河出書房新社 柳下毅一郎編

 アグネスは一日中赤ちゃんが欲しいと願いつづけていたので、オーヴンのガラス窓を覗いて、中に赤ん坊がいても別に驚かなかった。赤ん坊は清潔な毛布にくるまれて金網の棚ですやすやと眠っていた。
  ――古カスタードの秘密

 仕事から早めに帰って来て、妻が他の男の腕に抱かれているのを見たとき、チャド・リンクは当然しかるべき質問をした。男はどこだ?
「ダフォディル、たしかに腕はそこにあるが、持ち主の姿がないぞ」
  ――最後のクジラバーガー

【どんな本?】

 1937年生まれのSF/ホラー/ミステリ作家、ジョン・スラデック(John Sladek)の切れ味鋭い作品を、日本独自のセレクションで編纂した短編集。異様な設定のドタバタ・ギャグ、ワン・アイデアのSF短編、トンデモなオカルト本のパロディ、密室トリックのミステリ、童話の悪趣味なパロディ、そして小説ですらない作品など、奇想に満ちた過激な作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2009年版」では、ベストSF2008海外篇の2位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年2月29日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約399頁に加え、訳者による解説22頁。9ポイント42字×18行×399頁=約301,644字、400字詰め原稿用紙で約755枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容もSFとはいえ、難しいガジェットは出てこない。ただし思いっきりイカれた悪ふざけが詰まっているので、振り落とされないように心構えをしておこう。気がかりな人は、最初の「古マスタードの秘密」の頭2頁ほどを味見すれば、だいたいの芸風が飲み込める。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 元題 / 初出 / 訳者 の順。

古カスタードの秘密 / The Secret of the Old Custard / If 1966.1 / 柳下毅一郎訳
 オーヴンの中には赤ん坊が入っていた。妻のアグネスは願いがかなって大喜びだ。だが夫のグレンは心配が山盛り。会社では何もかもが消えて行く。カーボン紙、切手、紙クリップ…。お隣さんは、やたらながいこと落ち葉を集めている。
 いきなりオーヴンの中に赤ん坊がいる、なんて狂いきった状況で始まる、せわしげな短編。互いが互いを詮索し合う監視社会の風刺とも読めるけど、実はスパイ物のドタバタ・ナンセンス・ギャグかもしれない。スラデックの芸風が自分の好みに合うか否かを判断するには、格好の作品。
超越のサンドイッチ / The Transcendental Sandwich / If 1971.1-2 / 柳下毅一郎訳
 セールスマンらしき者が言う。「あなたに知識をさしあげます」。いや、セールスマンじゃない。ガズと名乗る宇宙人らしい。「一瞬でこの惑星を消すことだってできます」ときた。話を聞いたクロードは…
 ちょっと星新一のショートショートに似た、切れ味の鋭いワン・アイデアの短編。
ベストセラー / The Best-Seller / Strange Faces 1969 / 山形浩生訳
 夏休みに四カップルが海辺のホテルに泊まった。橋で本土とつながった島にあったが、到着の翌朝に橋が嵐で流され、一同は島に閉じ込められてしまった。
 閉じ込められた八人が、それぞれの視点で八人の関係を綴った、八つの物語。なんだが、こんな話を書いて大丈夫なんだろうかw
アイオワ州ミルグローブの詩人たち / The Poets of Millgrove, Iowa / New Worlds SF 168 1966.11 / 伊藤典夫訳
 生まれた町、アイオワ州ミルウグローブを訪れた宇宙飛行士夫妻。生まれただけで、ここで育ったわけじゃない。だが町はパレードの栄えあるゲストとして宇宙飛行士を歓迎している。
 昔も今も宇宙飛行士は英雄だ。宇宙飛行士に縁のある所は、なんとか飛行士と地元の絆をアピールしようとする。SFでもミステリでもないが、この酷いオチはやっぱりスラデックw
最後のクジラバーガー / The Last of the WhaleBurgers / The Lunatics of Terra 1984 / 柳下毅一郎訳
 チャド・リンクが仕事から帰ってきたとき、妻は他の男の腕に抱かれていた。だが男の姿はない。チャドの仕事は、食事の実演だ。
 「妻が他の男の腕に抱かれている」とくれば浮気か?と思ったら、「男はどこだ?」と、いきなりブッ飛ばしてます。しかも仕事は「食事の実演」。なんじゃそりゃw この仕事に就くまでがまた大変で…
ピストン式 / Machine Screw / Men Only 1975.10 / 大森望訳
 ヴァレン教授は、大変な計画を立てている。「世界の交通問題を永遠に解決する」と。そして重要な部品が届いた。直径2m半のボールが二個。
 マッド・サイエンティストが成しとげた狂気の発明とは? その日、人類は科学に恐怖…したんだろうかw トランスフォーマーのファンは読まない方がいいかもしれないw 
高速道路 / The Interstate / Quark #2 1971 / 山形浩生訳
 夏、アンドアは二週間の休暇をもらった。パンフレットを集め、遠い海辺のリゾートを選び、大バスターミナルから旅立った。席は運転手から三列うしろ。
 アメリカ国内の長距離旅行といえば航空機が思い浮かぶけど、グレイハウンドなどの長距離バスも発達していて、数日かかる旅程も珍しくない。安上がりに長距離を移動できるので、貧しい人たちの便利な足になっている。ちょっと憂鬱なバス旅行の経験があるなら、それを思い出しながら読もう。
悪への鉄槌、またはパスカル・ビジネススクール求職情報 / The Hammer of Evil / New Worlds #9 210 1975 / 若島正訳
 鉄格子の窓の向こうは、マグリット(→Google画像検索)風の青空。監獄の扉が開き、新入りが入ってきた。やたら臭い上に、差し出した手は疥癬だらけ。なんと、パスカル・ビジネススクールのライス教授だ。15年ぶり。
 マグリットの絵に触発されたような、奇妙な作品。エイリアン(らしき者たち)に捕らわれた二人が、パラドックスを論じ合う。
月の消失に関する説明 / An Explanation for the Disappearance of the Moon / Extro #3 1982 / 柳下毅一郎訳
 月。moon。古代ケルト人のアルファベット、オガム文字(→Wikipedia)で書き表せる数少ない英単語。オガムの名はケルト神オグミオスにちなむが…
 月に関するトリビアを次から次へと並べる、無職で妻に逃げられた男。無駄にモノを知っているクセに、ウダツの上がらない男…って、私じゃないかw
神々の宇宙靴 考古学はくつがえされた / Space Shoes of the Gods: An Archaeological Revelation / F&SF 1974.11 / 浅倉久志訳
 昔から科学者は斬新な説を排斥してきた。新しい時代を切り開く者は、常に迫害されるのだ。私も夢想家と笑われるだろう。だが私は真実に気づいた。
 スラデックが、わかっててワザとやってる「神々の指紋」。伝説の空飛ぶ神々、大ピラミッド、イースター島のモアイ、ストーンヘンジなど定番のアイテムを枕に、奇矯な説を展開して行く。でもパンチカードのネタは、もう通じないだろうなあ。
見えざる手によって / By an Unknown Hand / The Times Anthology of Detective Stories 1972 / 風見潤訳
 サッカレイ・フィン、アメリカ人、休職中の哲学教授で論理学者。何をトチ狂ったか探偵業を始め、新聞にも広告を出した。ロンドンにも物好きがいて、さっそく依頼が来る。張り切ってアンソニイ・ムーン画廊へ出かけると…
 密室物のミステリ。イギリス人の見るアメリカ人って、こうなのかw ホームズ気取りのサッカレイ・フィン、なんか頼りないよなあ、と思っていたら…
密室 / The Locked Room / New Worlds Quarterly #4 205 1972.6 / 大和田始訳
 高名なる私立刑事、フェントン・ウォ-スは執事のボゾに命じた。夕刻以降は誰も取り次ぐな、と。そして静かに本を取る。題は『密室』。
 えーと、ミステリ…なのかな? 古今のミステリから、密室物のトリックを幾つも並べ立ててゆく。真面目なミステリ・ファンは読まない方がいいかも。
息を切らして / It Takes Your Breath Away / 劇場用パンフレット 1974 / 浅倉久志訳
 映画館の観客の列は長く伸び、せまくうす暗い通りの奥まで続いている。サッカレイ・フィンとネル・フォーチューンは、後ろの方だ。そばではワンマン・バンドがボギー大佐を演奏し、どこかでミスター・タンブリン・マンを吹くカズーも聞こえる。
 第二のサッカレイ・フィンもの。短いながら、マトモなミステリ。
ゾイドたちの愛 / Love Among the Xoids / Drumm Booklet No.15 1984 / 柳下毅一郎訳
 シドとマーシーは老人の一団に混ざってバスを降り、誰も来ない本屋に戸口から滑り込む。二人は人に気づかれない方法を心得ている。人目を避け、何も持たず、「本物人間」が捨てたものだけで生きている。
 「本物人間」には見えないように暮している人々。編者はホームレス問題を風刺したもの、と解釈している。風刺として考えたら、被虐待児童とか独居老人とか不法就労の外国人とか、色々あるなあ。オチはかなりショッキングだった。
おつぎのこびと / The Next Dwarf / The Saturday Night Reader 1979 / 浅倉久志訳
 2000年1月22日、スイス兵のローマ法王護衛隊を待つ間にKGBとチェスを指す。いまは「あなたと七つの大罪」というパンフレットを読んでいる。この世界は数字の七にこだわりがあるらしい。
 地球を訪れたエイリアンが、世界中を引き回されながら、七つの大罪について思いを馳せてゆく、日記形式の作品。にしてもこのエイリアン、地球の文化に馴染みすぎている気がw
血とショウガパン / Blood and Gingerbread / Cheap Street 19904 / 柳下毅一郎訳
 セルブストモルデルという森の奥の小さな小屋に、木こりの一家が住んでいた。木こりのペーテル、妻のカット、双子の子供ヘンゼルとグレーテル。
 グリム童話で有名な「ヘンゼルとグレーテル」をアレンジした作品…なんだが、なんちゅうアレンジだw 魔女カワイソスw
不在の友に / Absent Friends / Rod Serling's The Twilight Zone Magazine 1984.5-6 / 柳下毅一郎訳
 酒場で旅人たちが集い、偽物の暖炉を囲んで偽者のお話を交わしている。そのロボットの順番になると、そいつはグラスを掲げ乾杯した。「不在の友に」
 いきなり腹話術説教とかスラデック流のおトボケが飛び出し、次には<ヴァン。ダイン号>と来る。あんまり深く考えちゃいけません。下手に考えると――あっ!
小熊座 / Ursa Minor /  Rod Serling's The Twilight Zone Magazine 1983.11-14 / 柳下毅一郎訳
 クリスマスの夜のオフィス・パーティ。他の連中は浮かれているが、リチャード・マトロックは焦っている。息子のジミーに贈るプレゼントを買いそびれたのだ。もう店は閉まっているだろう。
 スラデックにしては意外とストレートなホラー。プレゼントを買いそびれたはずが、なぜか息子のジミーはご機嫌で…
ホワイトハット / White Hat / The Lunatics of Terra 1984 / 酒井昭伸訳
 フィル・ナイトは、他の者と縦一列に並んで歩き続ける。昔の記憶は次第に薄れてゆく。前の男の首には、<騎手>がまたがっている。自分の首にも。
 一種の侵略物なんだが、肝心のエイリアンが西部劇狂いの悪ガキみたいな奴で。「ハイヨー!シルバー!」が若い人に通じるかと一瞬不安になったが、2013年にリメイクされてた。
蒸気駆動の少年 / The Steam-Driven Boy / Nova 2 19724 / 柳下毅一郎訳
 タイム・パトロールは決定した。アーニー・バーンズ大統領を取り除こう、と。大統領は強力な独裁体制を敷き、あらゆる事柄を禁じ、人々は飢えに苦しんでいる。
 タイム・パトロールがこんなブラック職場だったとはw 時間を遡り、狂った独裁者を子供のうちに排除する、というSFにはありがちなアイデアだが、そこはスラデック。なんでこうなるw
教育用書籍の渡りに関する報告書 / A Report on the Migrations of Educational Materials / F&SF 1968.124 / 柳下毅一郎訳
 エドワード・サンキーは空を見上げる。雲ひとつない青空だ。昨晩、サンキーは音を聞いた。書斎からだ。
 本がパタパタと空を飛んで消えてゆくという話。しかし本好きなら、こう考えるだろう。「きっと連中は伴侶と子供をつれて戻ってくるに違いない」、と。だって、いつだって本は本棚に納まりきらず部屋を侵食していくじゃないか。
おとんまたち全員集合! / Calling All Gumdrops! / Interzone #4 1983 / 浅倉久志訳
 ママ・メースンとパパ・メースンは、仕事を失った。二人だけじゃない。みんな失業してしまった。子供たちのせいだ。このごろの子供たちは昔とちがう。
 昔は「SFなんて子供の読み物」と言われた。コンピュータ・ゲームも漫画も子供のモノだった。オトナはタバコを吸って酒を飲む生き物だった。自分がオトナになってみると、結局は子供の頃の趣味を引きずっているだけって気がする。
不安検出書(B式) / Anxietal Register B / New Worlds SF 186 1969.1 / 野口幸夫訳
 まず、申告書類の用紙のページが全部揃っているかどうか、確かめてください。丁寧に読んで、間違いのないように記入して下さい。複写式三枚綴りになっています。三通の用紙全部に署名してください。
 何らかのアンケート用紙らしいのだが…。真面目に答えるほど、楽しめる作品。

 著者は1937年生まれなだけに、私のようなオッサンには懐かしい雰囲気の作品が多いが、パンチカードなどの小道具を今風にアレンジすれな充分に今でも通用しそうなアイデアが詰まっている。「神々の宇宙靴」あたりは、ぜひ山本弘に長編化して欲しい。もちろん、別のペンネームを使ってw

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