ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊4 人類連盟の誕生」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳
わたしはジェイソン・ワンダー。戦争孤児で、高校をドロップアウトし、今は中将で人類連盟第三軍を指揮している。死ぬまで歩兵だ。ナメクジどもとの戦いが始まった2037年から30年たった。死ぬ日は確実に近づいている。
【どんな本?】
元合衆国陸軍情報士官の著者が描く、ミリタリ・スペース・オペラのシリーズ第4弾。正体不明の異星人「ナメクジども」との戦闘中、成り行きで兵卒から一気に少将に昇格してしまったジェイソン・ワンダーを主人公に、軍ヲタむけのくすぐりをタップリ含めて描く、宇宙冒険活劇シリーズ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Orphan's Alliance, by Robert Buettner, 2008。日本語版は2015年7月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約386頁。9ポイント41字×18行×386頁=約284,868字、400字詰め原稿用紙で約713枚。文庫本としては少し厚めの部類かな?
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。SFとはいっても、あまり厳密に科学するタイプのお話ではないので、気楽に読もう。ただし続き物なので、できれば最初の「ガニメデへの飛翔」から読むほうがいい。
【どんな話?】
ナメクジどもは、複数の地球型惑星に人類を移住させていた。人類に希少物質ケイバーライトを採掘させ、搾り取るためだ。そんな惑星の一つ、惑星トレッセルにジェイソンは派遣される。ここでは二つの大国トレッセルとイリディアがいがみ合っている。前線の監視に出たジェイソンは、優れた戦績から<水銀>の二つ名を持つオダス・プランク准将と出会い…
【感想は?】
今回の最初の舞台は惑星トレッセル。ここでは科学技術が相応に進歩しているらしく、戦闘も塹壕戦だ。
とくれば、当然ながらモデルは第一次世界大戦の西部戦線だろう。スイス国境から海まで双方が機関銃と鉄条網に守られた塹壕を掘り、膠着したにらみ合いを続けた。
互いが戦線に穴をあけようと、大戦力を一部に集中した突破作戦を何度も敢行した、そのうち何回かは突破に成功したが、戦力が尽きてやがて穴をふさがれ、死体の山だけが残る悲惨な結果に終わる。
トレッセルも似たようなもの、どころか、ここは湿地帯なので更にタチが悪い。たいてい塹壕の底には水が溜まり、兵の足も水びだしだ。その結果、塹壕足なんて病気まで流行った。しかもトレッセルは地球と生物相が大きく違い、色々と困った化け物が徘徊してたり。
そんな状況を打開しようと、ドイツ軍が使った戦術の一つが浸透作戦術(→Wikipedia)。小さな集団に分かれて敵陣の奥深くに潜り込み、敵戦力を混乱させる作戦で、浸透する部隊には卓越した能力が要求される。プランク准将の二つ名クイックシルバーも、これに似た戦術に由来している。
膠着状態に陥ってる惑星トレッセルと同盟関係を組みたい地球は、お馴染みの形での介入を試みる。つまり兵器の提供だ。
第一次世界大戦の塹壕戦にケリをつけたのは戦車だろう。今でこそ戦車は集団で使うモノと相場が決まっているが、登場した当時は向かない泥濘地域で使われたり、小戦力を小出しにして無駄に消耗してしまう。これをハインツ・グデーリアン(→Wikipedia)が軽爆撃機や自動車化歩兵と組み合わせた電撃戦へと発展させる。
まず軽爆撃機の集中攻撃で前線に穴をあけ、そこに戦車の集団が突っ込んで穴を広げるとともに後方を攪乱し、すかさず自動車歩兵が後を追って雪崩れ込み、敵の戦線をズタズタに切り裂く。歩兵を自動車化してるのがミソで、そうしないと戦車に追いつけないのだ。
何が言いたいのかというと、単に優れた兵器があるってだけじゃダメで、それに見合った戦術が必要なわけ。ということで、兵器を提供する場合は、その使い方を指導する軍人もたいてい一緒に派遣する。米軍だとCIAや陸軍の特殊部隊、俗称グリーンベレーが担当する仕事だ。今回のジェイソン君は、そういう役割りを担う立場だ。
中盤以降は、懐かしい面々が続々と登場してくる。お馴染みのオード曹長は最初からジェイソン君に付き従っているが、前巻から存在感を増した若きパイロットのジュード、相変わらず災難を呼び込む役のハワード・ヒブル大佐に加え、物語の世界の広がりを感じさせる人々が次々と出てくるのも、シリーズ物の楽しさだろう。
終盤で繰り広げられる無茶っぷりも、相変わらず。綿密に組み立て、苦労してお膳立てを整えた大掛かりな作戦が、思いも寄らぬ齟齬でご破算となった場面で、活躍するのが懐かしいシロモノなのも、このシリーズのお約束。
もう一つ、注目したいのが全体の構成。作家としてのキャリアは短いながら、娯楽作品として親しみやすいパターンを、このシリーズで確立しちゃってる。
冒頭にクライマックス直前の緊迫した場面を置き、読者を物語に引き込む。その後、お話は「そもそものはじまり」に戻る。全体では400頁に近い長編だが、1~8頁(400字~4000字)程度の短い章に分け、細かく場面を転換してメリハリを持たせて読者を飽きさせず、物語を引っぱってゆく。
ワンパターンとも言えるけど、「読者を惹きつける」形式を持っているなら、それを徹底して活用するのも娯楽作家としてはアリだと思う。
などと難しい事は考えず、ジェイソン君のピンチや苦悩にハラハラ・ドキドキしながら素直に楽しもう。
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