ジョー・R・ランズデール「ババ・ホ・テップ」ハヤカワ・ミステリ文庫 尾之上浩司編
「相手を倒すときは、徹底的にやるの。いじめっ子が家までついてきたときのことを思い出して。そんなときわたしは、奴らと闘わないで帰ってきたなら、そいつらよりももっとこっぴどく尻をひっぱたくよと言ったでしょう?」
――審判の日「忘れるな。今夜のキーワードは“用心”と“可燃物”だ。それから“ケツに注意”」
――ババ・ホ・テップ(プレスリー vs ミイラ男)
【どんな本?】
ミステリ・ファンにはハップ&レナードのシリーズでお馴染みで、SFファンには怪作「モンスター・ドライヴイン」の著者として知られる、テキサス出身のミステリ/ホラー/SF作家ジョー・R・ランズデールの作品を集めた、日本独自の作品集。
自らの故郷である東テキサスを舞台に、おバカで貧乏な連中が繰り広げる騒動を、お下劣な会話とドタバタで描く作品が多い。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2009年9月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約523頁に加え、尾之上浩司の解説「テキサスのスティーヴン・キング、その実像」16頁,<ジョー・R・ランズデール 長編著作リスト>4頁,H・K「短編ミステリガイド4 黄金時代の短編ミステリ(その2)」7頁。9.5ポイント39字×16行×523頁=約326,352字、400字詰め原稿用紙で約816枚。文庫本としては厚め。
文章はこなれている。が、読みやすいかというと、まあ、あれだ。この著者、やたらと下品で汚い表現が多いので、そういうのが苦手な人には辛いかも。あ、内要は特に難しくないです。
【収録作】
それぞれ 日本語の作品名 / 英語の作品名 / 訳。
- 親心 / Walks / 尾之上浩司訳
- 母親をうしなった時、息子は18歳だった。その前から息子の気持ちがわからなかったが、あれ以来、溝はさらに深くなった。今、息子はわたしを避け、長い散歩にでるばかりだ。最近の息子は、新聞記事の切抜きをしている。
- 母親が亡くなって以来、ふさぎがちで心を閉ざした息子を心配する、父ちゃんの一人称で語られる短編。野郎ばかりの家庭ってのは、どうしても荒みがちなもので…などと思っていたら、そうきたかw
- デス・バイ・チリ / Death by Chili / 七搦理美子訳
- 警官のジャック・メイズは、グーバー・スミスの事件を他殺だと信じていた。発見されたとき、グーバーはキッチンのテーブルにいた。裸で、頭をルガーに吹っ飛ばされて。金庫の扉が開いていたが、金は残ったまま。ただ、グーバーのオリジナルのレシピが見つからない
- ハップ&レナード・シリーズの一編。たかがチリのレシピ…と思ったが、Wikipedia によるとテキサスじゃ重要な料理らしい。にしても、犯人探しのために料理コンテストを食べ歩く警官ジャック・メイズには笑ってしまう。
- ヴェイルの訪問(アンドリュー・クラウスとの合作) / Veil's Visit / 佐々田雅子訳
- レナードがパクられた。クラックの密売所を燃やしたためだ。担当弁護士はヴェイル、パリッとしたスーツを着込み、東部から来たやぶにらみの中年だ。困った事に、レナードとの相性は最悪で…
- 法廷物。冷静かつ論理的に話を進めるヴェイルと、ひたすら茶化しまくるレナードの会話が楽しい作品。レナードがこの調子で法廷で喋ったら、何年食らい込むやらw
- ステッピング・アウト、1968年の夏 / Steppin' out, Summer, '68 / 尾之上浩司訳
- オンナとやれるアテがある、とバディが言う。男をとっかえひっかえ、勃たなくなるまで絞り取る女だ、と。ネタ元はブッチ。その気になったジェイクとウィルスンは、日が暮れてからバディの家で落ち合うことにした。
- バカでビンボでモテない三匹の白人童貞小僧が、怪しげな噂に踊らされノコノコ出かけて行く話。架空請求詐欺でわかるように、男ってのはエロが絡むと知能の9割が蒸発する生き物なんです。にしても、終盤のしょうもないドタバタはヒドいw
- 草刈り機を持つ男 / Mister Weed-Eater / 北野寿美枝訳
- 38度はありそうな熱い日。ハロルドがリビングでホイール・オブ・フォーチュン(→Wikipedia)を見ていると、変な男が訪ねてきた。隣の教会に草刈りに雇われたんだが、刈り残しがないか見てくれ、と。男は盲人用の杖を持っている。良きサマリア人らしく振舞おうと思ったハロルドは…
- これまたランズデールらしい、唖然とする話。ちょっとジョージ・R・R・マーティンの「洋梨形の男」収録の「思い出のメロディー」を連想した。「キリストは目の見えない人たちを助けたけど、ゴミ集めをしたという記憶はないもの」って台詞が、ホンネとタメマエを鮮やかに表していて見事。
- ハーレクイン・ロマンスに挟まっていたヌード・ピンナップ / The Events Concerning a Nude Fold-Out Found in a Harlequin Romance / 尾之上浩司訳
- 職を失い、懐は素寒貧なプレビン。住んでるアパートは古本屋<マーサズ・ブックス>の二階。店主のマーサは口うるさい婆さんだが、プレビンは時おり探偵小説を買っている。娘のジャスミンが好きなロマンス小説も。古本屋のバイト代としてサーカスのチケットを手に入れたプレビンは、ジャスミンを誘って出かけるが…
- 女房に逃げられた情けないオッサンのプレビンと、賢く行動力のある娘のジャスミン、それに悪態をつくために生まれてきたような強烈な婆さんマーサのトリオが活躍?する作品。同じ本好きでも、好みのジャンルが合わない娘のジャスミンを、改宗させようとするプレビンのセコい陰謀には思わず同情してしまう。
- 審判の日 / The Big Blow / 尾之上浩司訳
- 1900年9月。テキサス東部メキシコ湾沿いのガルヴェストン島は、ニューヨークと並ぶ繁栄を誇っていた。そこに大型の熱帯性低気圧が迫る。同じ頃、ジョン・マクブライドが連絡船から下りてくる。金を貰って、黒んぼを叩きのめすために。
- ジャック・ジョンソン(→Wikipedia)は実在の黒人ボクサーで、黒人としては最初のヘビー級チャンピオンになった。マクブライドはたぶんアイルランド系だろう。強い腕っ節、傲岸で粗暴、会う者全てに喧嘩を売りまくっては叩きのめす、マチズモの権化みたいな強烈なキャラクター。
- 恐竜ボブのディズニーランドめぐり / Bob the Dinosaur Goes to Disneyland / 尾之上浩司
- フレッドは、誕生日に妻のカレンからビニールのティラノサウルス・レックスを貰う。早速ふくらませ、ボブと名づける。ミッキー・マウスの帽子を被せ、本棚のまえに置くと…
- なにやら子供向けのお伽噺のような出だしで、ランズデールには珍しくほのぼのとした話かな、と思ったらw
- 案山子(キース・ランズデール&ケイシー・ジョー・ランズデールとの合作) / The Companion / 尾之上浩司訳
- 日が暮れてきたのに、一匹も釣れない。ボウズのまま帰れば、友だちに笑われるだろう。河岸を変えようと、ハロルドは向こう岸へ渡る。二階建ての農家の廃屋の前の農地に、異様な姿の案山子があった。ぼろぼろのシルクハットをかぶり、イヴニングジャケットを着てズボンをはいている。両腕には木切れの指、そして…
- まんま短編映画の原作になりそうな、スタンダードなホラー。一人で釣りに来た男の子、大きな農家の廃屋、そして不気味な案山子という舞台装置から、ご想像通りの展開が待っている。
- ゴジラの12段階矯正プログラム / Godzilla's Twelve Step Program / 尾之上浩司訳
- ゴジラは鋳造工場へと向かう。持ち場に尻尾をおろし、中古車の部品が詰まった大桶に炎を吹き出す。溶けた金属はパイプを通って、新しい金型に流れ込む。炎を吐くと、少しストレスが軽くなる。だが仕事が終わると、もう炎は吐けない。そして<大怪獣レクリエーション・センター>に向かう。
- 怪獣ファン大喜びの怪作。誰か漫画化してくれないかなあ。鋳物工場で働くゴジラってのも、なかなか物悲しいけど、キングコングは更に切なく描かれてる。あんまりだw あ、ちゃんと、ガメラも出てきます、酷い性格付けでw
- ババ・ホ・テップ(プレスリー vs ミイラ男) / Bubba Ho-Tep / 高山真由美訳
- エルヴィスは生きていた。今はテキサス東部の老人ホームで寝ている。かつては数多の女に急降下爆撃を仕掛けたペニスも、今は元気なのは大きな腫れ物だけだ。鏡を見ると、髪は薄く後退が酷い。しわだらけで、よだれを垂らしている。歯もほとんどなくなっている。なんでこんな風になっちまったんだ?
- タイトルからしてゲテモノの匂いがプンプン漂ってくる作品だが、意外な感動作。あ、もちろん、エルヴィスはプレスリーであってコステロじゃないです、はい。しかし、ただでさえ数あるモンスターの中でも二線級の印象が強いミイラ男に、こんな間抜けな設定を付け加えたんだかw いや確かに襲われたくないけどw
- オリータ、思い出のかけら / O'Reta, Snapshot Memories / 熊井ひろ美訳
- 小説ではなく、素直なエッセイ。自らの青少年期と、父母・祖父母の思い出を、大好きな母オリータを中心に描く。ババ・ホ・テップは、きっと母を見舞った経験から生まれたんだろうなあ。
- 解説:テキサスのスティーヴン・キング、その実像 尾之上浩司
短編ミステリガイド4 黄金時代の短編ミステリ(その2) H・K
ババ・ホ・テップの「プレスリー vs ミイラ男」なんぞという、いかにもイカれた副題に惹かれて読んだら、やっぱり期待通りの楽しい作品集だった。「ステッピング・アウト、1968年の夏」なんて、どっかのノスタルジックな青春物みたいなタイトルだよなあ、と思ったら、うん、確かに青春物だけどw
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