デイヴィッド・コーディングリ編「図説 海賊大全」東洋書林 増田義郎監修 増田義郎・竹内和世訳
バッカニアとは、囚人、淫売婦、負債者、浮浪者、逃亡奴隷および奉公人たちからなる「あらゆる国の脱落者」であった。
――第6章 自由の国リバタリア――海賊のユートピア我々の居留地の近辺ですら、ひじょうにひんぱんにおこなわれる海賊行為は悪名高い…この地方の海図をちょっと見ただけでも、地球上でこれほど海賊が安全にうまく仕事をできる有利な場所はないということが誰にでもわかる。 ――シンガポールの輸出入登録官エドワード・プレイスグレイブ、1828年
――第9章 アジアの海賊
【どんな本?】
昔からスティーブンソンの「宝島」やピーターパンのキャプテン・フックで知られ、最近では映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」や漫画「ワンピース」などで名前だけは有名な海賊。だが、その実態はどんなものだったのか。
フランシス・ドレイク(→Wikipedia)は海賊あがりだが、英国では英雄として扱われる。ジョン・ポール・ジョーンズ(→Wikipedia)は、アメリカでは正規の軍人で合衆国海軍の英雄だが、少なくとも当時の英国では海賊として扱われた。倭寇の構成員の大半は日本人ではなかった。
どのような者が海賊になったのか。なぜ海賊になったのか。どのような組織で、船上での生活はどのようなものだったのか。どんな船に乗り、どんな武器を使い、どのよう獲物を襲い、どれぐらいの利益を得たのか。いつごろから海賊が発生し、どんな海域に出没し、なぜ収束したのか。そして、現在でもソマリアやマラッカに出没する海賊の正体は何か。
海賊が最も盛んで華やかだった16世紀~18世紀のカリブ海を中心に、大西洋・地中海・インド洋・太平洋など世界中の海に渡り、貴重な図版を豊富に収録して、海賊の実態を描いた一般向けの歴史書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は PIRATES, by David Cordingly, 1996。日本語版は2000年11月9日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約500頁に加え、訳者ノート3頁。8.5ポイント48字×20行×500頁=約480,000字、400字詰め原稿用紙で約1,200枚。文庫本の小説なら上下巻ぐらいの分量だが、書名に「図説」とあるとおり、図版を豊富に収録しているので、文字数は7~8割程度だろう。
専門家が書いた本のためか、文章は少し硬い。だが内容は親しみやすく、特に前提知識は要らない。帆船の種類や構造・当時の銃や砲・当時の欧州史に詳しいと更に楽しめるが、必要なことは文中に書いてあるので、気にしなくてもいい。世界中の地名が随所に出てくるので、世界地図か Google Map があると、より迫力が増す。
【構成は?】
各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。特に最初の「序章」は綺麗にまとまっているので、急いでいる人は序章だけを読めば全体の枠組みが理解できる。
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【感想は?】
序章が実に巧く本書の内容をまとめている。海賊の歴史・生まれる原因・出没する地域などだ。
海賊の歴史は古く、「紀元前1600年にはアラビア湾で海賊が航海者を脅かしていた」。紀元前694年にはアッシリアの王セナケリブが海賊退治の遠征隊を派遣している。もしかしたら、水上交易と同じぐらい古いんじゃなかろか。
前にも書いたが、カリブの海賊バッカニアが最も多くの分量を占める。たぶん資料が質・量ともに最も多いからなんだろう。
スペイン人がハイチに置き去りにし草原で野生化したウシやブタを、スランス人ハンターが狩って商売していた。ハンターは、原住民のアラワク族から燻製を作る方法を学ぶ。木製の焼き網ブカンを使うのでブカニアと呼ばれ、これがバッカニアに変わる。
彼らによる密貿易に手を焼いたスペイン植民地当局はハンターを送り込み、土地の獣を一掃する。食うに困った連中は、お宝を満載して旧大陸へ向かう船を襲い始める。なにせ狩りで食ってた連中だけに、銃の腕はいい。ってんで、足が遅く船員も少ない商船は格好の餌食となり…
ってな感じで生まれたバッカニアは、急速に膨れ上がる。
お尋ね者・食い詰め者や逃亡奴隷など、ワケありの連中の集団に過ぎない彼らだが、その掟は意外なぐらいに民主的で機能的で合理的だ。リーダーは選挙で選ぶ。出帆前には会議で行き先や分け前の配分を決める。リーダーの取り分は普通の乗組員の5~6倍だ。現代の民間企業よりよほど平等である。負傷した際の補償金も決めている。
襲撃の手口も巧い。時刻は日暮れ後か夜明け前。まず操舵手、ついでマストと帆を操る水兵を撃つ。次にマストと三角帆を倒し、舵を壊す。敵を動けなくして、じっくりなぶるわけだ。賢い。
やがてバッカニアに投資する者も現れ、力をつけたバッカニアは沿岸の町も襲い始める。そのクライマックスはヘンリー・モーガン(→Wikipedia)だろう。地峡を越えてパナマの町まで落として大儲けして名声を得たのはいいが、その後にはジャマイカ副海事裁判所の判事になり、海賊を取り締まる立場に収まってしまう。
新大陸の富を独占し強大な海軍を持つスペインに対抗するため、イギリスやスランスが私掠船を使ったのは有名だ。海軍が弱い国が私掠船を使うのは定石らしく、アメリカも独立戦争で私掠船を使っている。それなりに役に立ったゆで、必要な物資を調達できた上に、イギリスの海軍を分散させて海上封鎖を骨抜きにする効果もあったとか。
海賊は主に非武装または軽装備の商船を狙い、重装備の軍船は避ける。戦争での海賊の役割は、つまり通商破壊で、第一次世界大戦以降の潜水艦と似た役割を果たしていたことが分かる。ただし立場は全く違って、当たればデカいが外れれば縛り首。ハイリスク・ハイリターンな博打ですね。
食い詰めた者が海賊になるのは洋の東西を問わないらしく、19世紀前半のシンガポール周辺も物騒だったとか。いや今でもマラッカ海峡周辺は物騒なんだけど。近隣の島民は中国に輸出する海藻を採って暮してたが、この収益の大半は役人がネコババしてた。ってんで、オフ・シーズンには海賊稼業に精を出す。
これに困ったイギリス人のスタムファド・ラッフルズ(→Wikipedia)が、地元のスルタンに対し苦情を入れ、貿易で利益を得るよう説得した際のスルタンの返答が楽しい。「マライ人の統治者が貿易などで身を卑しめる」に続き…
「海賊行為はわれわれの生まれながらにして持つ権利です。だから恥ずべきことではありません」
彼らにとっては商売こそが卑しいのであって、海賊は当たり前らしい。戦うのは勇ましく、商売は卑しい、みたいな感覚なんだろうか。
終盤では19世紀初頭の中国の海賊、鄭夫人が活躍する。中国の沿岸を支配下に入れた海賊団は、やがて通行保険料つまりミカジメ料で稼ぐようになり、「時には海賊たちは護衛サービスまでおこなった」って、まるきし政府だね。しまいには沿岸から内陸へと攻め込むが…
海賊の肖像画や、襲撃の様子を描いた風景画、彼らが使っていた剣や銃などの図版や写真も豊富に収録し、華麗な雰囲気を際立たせている。彼らは社会のはみだし者ではあるけれど、同時に理不尽な貿易政策や劣悪な労働環境など、社会の矛盾が生み出した者たちでもある。
少し違った角度から見た歴史の本として、裏社会のヒーロー列伝として、そして一攫千金を夢見た男たちの物語として。血生臭い記述も多いが、それだけに迫力もある。キワモノのような印象を受ける書名だが、意外と真面目な分析もある歴史の本だ。
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