ジョン・キーガン/リチャード・ホームズ/ジョン・ガウ「戦いの世界史 一万年の軍人たち」原書房 大木毅監訳
歩兵の戦争はいまだに、連綿と続く本質的な要素が描く三角形を、ぐるぐるとめぐっている。おのれの兵器、行軍用ブーツ、荷物を詰めた背嚢という三要素だ。
――3 歩兵たいていの政府は、男たちを軍に招集するときほどには、戦争が終わったのちの彼らの世話については積極的ではない。
――4 損耗人員17世紀ヨーロッパの軍隊は、地表を侵食しながら進んでいくうじ虫のようなものだった。あとには、飢餓と破壊という足跡が残るのだ。
――11 戦争の原動力実際には、不正規兵は、戦争そのものと同じぐらい古い。
――12 不正規兵
【どんな本?】
古代から現代まで、戦争の様相はどのように変わってきたのか。歩兵や騎兵の装備や戦術は、どのように変転したのか。何が人を戦いに駆り立てたのか。戦場で人々は何を体験し、どのように感じるのか。
本書は、フレデリック・フォーサイスがメインキャスターを勤め、1985年に放映したBBCのTVシリーズ Soldiers の副読本として書かれた。戦争の歴史から軍の組織、個々の時代の戦闘方法からそれぞれの兵科の役割と特徴、そして実際の戦場から戦争が及ぼす影響まで、軍事を包括的に記した一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は SOLDIERS, by John Keegan and Richard Holmes with John Gau, 1985。日本語版は2014年6月30日第1刷。単行本ハードカバー縦二段組で本文約372頁。9.5ポイント24字×22行×2段×372頁=約392,832字、400字詰め原稿用紙で約983枚。文庫本の小説なら二冊でもおかしくない分量。
専門家が書いた本のため言い回しは多少固いが、軍事関係の本としては比較的に読みやすい部類だろう。イギリス人らしい、ユーモラスで少しヒネた表現があって、好みが分かれるかも。随所で西洋史の有名な戦争のエピソードが出てくるが、こまめに訳注がついているので、歴史に疎くてもあまり困らない。加えて、訳注が同じ頁にあるのも嬉しい。組版を担当したファイナル社に感謝。またヤード・ポンド法を()でメートル法に換算してあるのも親切だ。
著者のジョン・キーガンはサンドハースト王立陸軍士官学校の教官を勤めた後、執筆活動に入る。リチャード・ホームズはイギリス陸軍の准将で、軍事史家。ジョン・ガウはBBCのドキュメンタリー「戦いの世界史」の制作プロデューサー。
【構成は?】
各章の内要はなかり独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
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【感想は?】
創元社の「戦闘技術の歴史」シリーズ+M.v.クレヴェルトの「補給戦」+ウイリアム・H・マクニールの「戦争の世界史」。
ニワカ軍ヲタがウンチクを語ろうとするなら、とりあえず最初に読むべき本。逆に言うと、上に挙げた三つを熟読しているマニアには、少し物足りないかも。
つまりは軍と戦争を俯瞰的な視点で捉え、上の構成で示した各章の視点で整理して解説した本だ。そのため、幾つかの点で「戦闘技術の歴史」や「戦争の世界史」とカブる。ただし(今の所)4巻に及ぶ「戦闘技術の歴史」に対し、全一巻で語りつくそうとしているので、少々駆け足になってしまう。
ニワカ軍ヲタで、かつモノグサな人は、「序論」をじっくり読もう。序論といいつつ、実はこの本の内容を綺麗にまとめたような濃い内容だ。ここで語られるチャリオット→騎兵→要塞と砲兵…という、戦場での花形兵科の移り変わりと、それに伴って変わってゆく社会制度や権力機構の描写は、いきなりクライマックスの感がある。
表紙の裏に世界地図があり、そこで「世界の戦場108」が出ている。これを見ればすぐ分かるんだが、扱っているのは西洋史に出てくる戦争ばかりで、元寇も関が原も赤壁の戦いも出てこない。せいぜい日清戦争と日露戦争ぐらい。まあ著者は英国人だし、仕方がないか。
歩兵・騎兵・砲兵と比較的に歴史ある兵科に続き、少しギョッとするのが6章の「戦車」。紀元前から延々と続いてきた歩兵に比べ、せいぜい100年程度の歴史しかない戦車だが、一つの章を割いているのは、それだけ衝撃が大きく、また戦場の様相を変えた兵器だからだろうか。
第一次世界大戦の塹壕戦を突破するために、戦車を根気強く開発し戦場に投入したのがイギリス軍なのに対し、「もっとも創造的なアプローチをなしたのはドイツだった」のは歴史の皮肉だろう。ハインツ・グデーリアン(→Wikipedia)は電撃戦の生みの親として有名だけど、戦車の開発から関わっていたとは知らなかった。だから通信設備などの細かい機構にまで気が回ったんだろうなあ。「ユーザを巻き込めば開発効率は10倍になる」の好例だね。
そのドイツが、東部戦線ではソ連のT-34(→Wikipedia)に粉砕されるのも、これまた歴史の皮肉。
やはり歴史を感じるのが、「司令官」の章。三国志あたりだと呂布や関羽が前線で大暴れする。対して現代の「将軍」は薄暗い司令部に篭り、地図と睨めっこしてる。こういった指揮官の役割の変化を、時代と共に描いてゆく。つまりは戦場の拡大と兵数の増加が大きな原因で、「率いる兵士のすべてに姿を見せてやることなど、もはやできなかった」。
おまけに補給の量と複雑さも極端に増え、幕僚団の補佐が必須となってゆく。
ここでは第二次世界大戦でのアイゼンハワーの姿勢が興味深い。曰く「多数の国々の軍隊を指揮する司令官たちのあいだで、外交官的な役割を果たすことだと判断していた」。後に大統領として熱心に外交に務めたのは、この時の経験によるものなのかしらん。
対する東部戦線のジューコフとコーネフは、あくまでも前線指揮官の立場で、外交はスターリンが一手に仕切っていたのとは対照的だなあ。
やはり現代の戦争を過去の戦争と大きく分けるのが、兵站。これを描くのが11章の「戦争の原動力」。冒頭の引用にあるように、ナポレオンの時代までは兵に食わせるだけでも大変な手間だった。特に西洋は主食がパンなもんで、パン焼き窯まで部隊についていかなきゃいけない。おまけに馬に与える糧秣も半端なくて…
飯盒で米を炊ける日本は恵まれてるなあ…とか思ったが、そのためか補給を軽視したインパール作戦(→Wikipedia)に対し、連合軍は「第14軍への補給の96%が、空輸で送られていた」。なんというか、根本的な姿勢が違うんだよなあ。このでは他にも米陸軍兵站部ブリオン・B・サマーヴィル少将の言葉が身に染みる。
ヒトラーがチャリオットを内燃機関に牽かせたとき、あらたな戦線、われわれが熟知している戦線が開かれた。デトロイトである。
いや今のデトロイトは寂しい状況になっているみたいだけど。つか帝国陸海軍は、この状況をどう考えてたんだろ?
などと、紀元前からの歴史を紐解きながら、様々な技術や組織によって戦争の様相の変転と、それにつられて変わってゆく軍や権力機構の様子、前の戦争の記憶を引きずり自説に固執する将軍たちと前線で死んでゆく兵たち、そして人を狂わせる戦場の模様など、専門的まつ包括的に戦争を描きつつも、中身は意外と親しみやすい本だった。特にニワカ軍ヲタにお薦め。
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