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2015年4月 6日 (月)

シドニー・ファウラー・ライト「時を克えて」川村哲郎訳

「毒殺に失敗した者のほうが捕まっても、寛大に扱われるというのですか」彼女の思考が質問をさしはさんだ。「そうです、われわれの法律はつねに無能力を奨励するのです」

【どんな本?】

 イギリス人作家シドニー・ファウラー・ライトが1925年に第一部を発表した、社会風刺を中心とする思弁的なSF小説。H・G・ウェルズの「タイムマシン」を思わせる内容であり、50万年後の世界に飛び込んだ男が見聞きする異様な世界と、そこに棲む者たちとの冒険を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 三部作の予定だったが、発表されたのは第二部まで。第一部は The Amphibians : A Romance of 500,000 Years Hence, 1925, by Sydney Fowler Write として出版。1930年に第一部と第二部を合わせ、The World Below として発表している。日本語版は1969年5月31日初版発行の早川書房の「世界SF全集 5」で、ワイリーの「闘士」を併録している。

 単行本ハードカバー縦二段組で本文約297頁に加え、野田宏一郎(野田昌宏)の解説「S・ファウラー・ライト その人と作品」5頁。8ポイント26字×21行×2段×297頁=約324,324字、400字詰め原稿用紙で約811枚。長編小説としては長い方。

 正直、かなり読みにくい。理由は四つ。まず、文章の多くが「人類ではない者」との会話のため、堅苦しい文体になっている上に、人間とは異なる価値観を基本とした内容になっている。次に、基本的に古い小説である。文体も価値観も、今とは違うのだ。そして、イギリス人らしく皮肉を効かせた表現が多い。最後に、訳文が悪い。誤訳っぽい所がアチコチにある。

 SF的には特に難しい事はない。ただ、やはり古さのためか、今だと却って分かりにくいガジェットが出てきたり。例えば「揺れる光源」とかは、今の電球ではなく、ガス灯のイメージから類推したんじゃないだろうか。

【どんな話?】

 ハリィ・ブレットは戻ってこない。テンプルトンは一度戻ってきたが、再び出かけたまま。そこで三人目の私が出かける羽目になった。期間は一年間。ただし帰ってくるのは二分後だ。

 たどり着いたのは夜。夜が明けると、目の前には8フィートほどのキャベツの化け物みたいのが群生している。空は青い。だが、不気味なほど静まり返っている。崖の側面にある洞穴に入っていくと…

【感想は?】

 劣化版「タイムマシン」。

 サイエンス・フィクションというより、社会風刺を主とした思弁小説を目指した作品だろう。ただし、中途半端に娯楽要素を混ぜ込んだためか、間延びした感がある。

 主人公は遠い未来に出かけ、幾つかの知的種族と出会う。ある種族には敵視され、ある種族には動物扱いされ、別の種族とはコミュニケーションが成立する。様々な知的種族との出会いや会話を通じ、現在の人類社会を皮肉る、そんな内容だ。つまりジョナサン・スウィフトの「ガリバー旅行記」やウェルズの「タイムマシン」と同じパターン。

 幾つかの知的種族と出会うが、どいつもこいつも基本的に人類を劣等種扱いである。比較的に好意的なのは水棲の種族で、ケモナー大喜びの姿形だ。なんたって、最初から最後まで素っ裸だし。「そんなみっともない体してるんじゃ、服で隠したくもなるよね」と、最初から最後まで上から目線である。ひでえ。

 ムカつく連中ではあるが、改めて考えると、われわれ人類も似たようなもんだしなあ。他の種どころか、他国民・他民族も、自分たちの都合や価値観で判断しちゃうし。

 現代の我々が考える未来は、メカが発達した世界だ。だが、この世界に機械っぽいものはほとんど出てこない。いや建物や橋などの建築物は、お約束どおり謎の素材で出来ているのだが、それぐらいだ。出てくる知的種族はみな裸だし。そして、移動は常に徒歩。自動車も航空機も廃れてしまったらしい。

 バトルの場面もあるが、大半は素手での格闘戦だ。武器らしきものも出てくるが、ケッタイな投げ縄や、投げ槍・弓矢ぐらい。これは物理的な様々な事情で闘争が減った世界だからなんだろうが、どうもSFという感じではない。とまれ、これも今落ち着いて考えると、悪くないかも。

 確かに裸は野蛮に見える。しかし、服の中に爆弾を隠して無関係の人びとをテロでブチ殺すのと、裸だけど物理攻撃は素手での格闘に限るのと、どっちが野蛮なんだろう。

 などとメカは出てこない分、ケッタイな生物は色々と出てくる。最初のキャベツの化け物も、読者のご期待どおりの困った生態を見せる。基本ですね。ケモナー&触手とか、高度だなあ←違うと思う。こういうホラー風味を目指したのか、主人公は次々と危機に陥ってゆく。

 解説では gloomy と表現していて、確かにそんな感じだ。気色悪いというか、不気味というか。しかも出てくる生物の大半が、妙に悪知恵が働くのも気色悪さを際立たせる。私は地面から飛び出すヒルが怖かった。どうも長くてクネクネしたモノは苦手だ。にも関わらず、この著者は長くてクネクネしたのが好きらしく、他にも幾つか出てくる。

 というような感じで、未来の世界の異様な風景と、主人公の冒険の旅を描いてゆく。この辺は「アクション場面を入れて娯楽的な要素を増やそう」という意図で入れたんだと思うが、むしろテーマをぼやけさせた上に、水増しで間延びした雰囲気になっちゃっている。

 今となっては手に入れるのが難しい上に、文章もこなれいなくて読みにくい。内容もあまり面白くない上に、完結編の第三部は結局出なかった。もしかしたら映画の原案になるかもしれないが、その時は大幅に書き換えられるだろう。資料として調べるならともかく、娯楽として楽しめる作品ではなかった。

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