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2015年3月16日 (月)

佐藤洋一郎「イネの歴史」京都大学学術出版会

 インディカ米というと多くの人が細長い米粒を連想する。反対にジャポニカの米は丸いと思われている。だがこれは、コメをめぐる誤解の中でもさいたるものである。インディカとジャポニカを種子の形で見分けることjは事実上できない。世界には、丸い米粒のインディカがいくらでもあるし、反対に細長い粒をもったジャポニカもある。
  ――第3章 インディカのおこりと伝播 インディカの米

【どんな本?】

 イネの栽培は、いつどこで始まったのか。世界にはどんなイネがあり、どんな気候の地域で、どう栽培され、どう食べられているのか。それぞれのイネは、何がどう違うのか。インディカとジャポニカは、いつどこで分かれ、どう違ってきたのか。

 植物遺伝学者である著者が、中国・タイ・ラオス・インド・カンボジア・ブータン・フランスなど世界各国を巡って現地の栽培の様子を見聞きし、また各地の野生種の群生を調べるなどのフィールドワークを重ねると共に、DNA解析や遺跡から抽出したプラントオパール(→Wikipedia)の分析などのハイテクも駆使し、世界のイネの分布や歴史を探ってゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年10月15日初版第1刷発行。私が読んだのは2008年11月25日発行の初版第2刷。単行本ソフトカバー、縦一段組みで本文約234頁。9.5ポイント45字×16行×234頁=約168,480字、400字詰め原稿用紙で約422枚。文庫本の長編小説ならやや短めの分量だが、写真や図版を豊富に収録しているので、実際の文字数は8割程度。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。理科が得意なら、中学生でも読みこなせるだろう。ひっかかりそうなのは、長日性/短日性など光周性(→Wikipedia)関係と、劣勢遺伝子/優勢遺伝子の違い程度のレベル。光周性というと難しそうだが、アサガオに袋を被せて早咲きにする技のアレ。日光が当たる時間が短くなるとアサガオが「秋だ」と勘違いして花を咲かせる、みたいな。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているが、できれば頭から順番に読んだ方がいい。

  • はじめに
  • 第1章 農業以前の稲
    草の台頭は新生代/草の戦略/イネ族の仲間たち/日影者オリザの代表、リドレヤイ/カリマンタンで/ジャングルの中の野生イネ/ほかにもある日陰者/オリザ、森を出る/AAゲノムの野生イネ/分布の広いAAゲノムの野生イネ/それでもイネはまだ多年草だった/メコンデルタの野生イネ/花を咲かせないことと穂を出さないこと/穂が出なかった野生イネが穂をつける/タイの野生イネ/植物進化の袋小路、一年草/一年生の野生イネを見にゆく/一年生野生イネの種は何か?/絶滅危惧種、野生イネ
  • 第2章 ジャポニカの誕生とその旅
    野生植物と栽培植物/穀物の栽培化/イネの栽培化/栽培化の分子機構/もうひとつの脱粒性遺伝子/イネの栽培化はいつどこで起きたか/イネは中国生まれ/イネは東南アジア起源!?/栽培化はいつ進んだか/野生イネは「栽培」されたか/栽培と栽培化の統一的理解に向けて/海における栽培化
  • 第3章 インディカのおこりと伝播
    インディカというイネ/インディカ-ジャポニカ分類の実際/インディカとジャポニカを掛け合わせてみる/インディカとジャポニカの違いはなぜ生じたか/DNAでみるインディカ/欠けの起源/インディカ三株の祖先/インディカの祖先/インディカ伝染拡散説/インディカはいつ生まれたか/インディカのたび/日長反応性の強い浮稲たち/各所にある浮稲/浮稲の生産スタイル/天水田のイネ/田植えと直播/熱帯産地のインディカをたずねる/日長反応をなくしたインディカたち/インディカ、中国にわたる/台湾のイネ/インディカは剛/インディカの米/誤解されたインディカとジャポニカ/レンガの中の籾
  • 第4章 イネ、日本列島に渡る
    イネの渡来/縄文稲作はどのようなものであったか/水田稲作の渡来/焼畑農耕と多様性/イネはどのように北進したか
  • 第5章 南アジアのイネ
    栽培化が遅れた熱帯/インダス文明のイネ/更に西進するイネ/砂漠から見つかるイネ/ブータンに入る/シッキムのイネ
  • 第6章 イネ、米国、豪州へ渡る
    カリフォルニア米は日本産/ミシシッピのイネもジャポニカ/豪州に渡ったイネ
  • 第7章 未来へ
    ハイブリッド・ライス/イネは世界を救う?/減農薬・減肥料に向いた品種/多収穫遺伝子は存在するか/品種改良の技/遺伝子組み換えイネ/困った存在、雑草イネ/柔で剛を制しよう
  • 引用文献/おわりに/索引

【感想は?】

 私は毎日コメの飯を食べているが、実はイネについてほとんど分かってない事を思い知った。

 「はじめに」の最初の頁から、二回も驚かされる。まず、昔と今の収穫時期の違い。「天智天皇(→Wikipedia、626年~672年)ころの稲刈りは朝露が下りるほどに秋深まってから」「今や稲刈りは秋の彼岸前の、まだ暑い時期の作業」と、ぐっと収穫時期が早くなっている。台風などの被害を避けるため、早く収穫できるように品種改良したんだろうなあ。

 もう一つは、「刈ったあとの切り株を見ると、その切り口からは緑色をした幼な葉がいっぱい出て」とある。なんと、イネは多年草だった。そんな事も私は知らなかった。てっきり一年草だとばかり。

 現実には、大半のイネは日本の寒い冬を越せない。だから、事実上は一年ごとに世代が変わる。でも、野生種だと冬を越せるものもあるとか。というか、野良イネなんてのもあるのか。いや日本じゃほとんどないらしいけど。

 冒頭の引用も、驚いたことの一つ。1993年の米騒動(→Wikipedia)で「インディカは細長くてパサパサ」という印象があったが、大間違い。ジャポニカでパサパサのもあって、「代表的なものは米国、とくにミシシッピ川流域の米」とある。東海岸でもコメを作ってたのか。ばかりか、インディカでもモチ米はあるのだ。ちなみにタイ米の美味しい食べ方は…

タイ中央平原の屋台では、コメは茹でこぼして調理する。そう、彼らにとってコメの調理は、マカロニやパスタ同様、多量の水で茹でることである。(略)
 茹で上がったコメはざるにあけ、手早く水をきってできあがりとなる。

 まるきしソパかうどんだ。

 タイが出てきたように、著者は世界中を飛び回り、アチコチのイネの栽培法を調べてくる。イネの栽培方法が地域により全く違うのも面白いが、行くところも凄い。いきなり第1章で「98年、ミャンマー西部を旅したとき」ときた。軍事政権がカタついて軍事クーデターがあった年だ(→Wikipedia)。学術調査とはいえ、よく入れたなあ。

 他にも地雷がボコボコ埋まってるカンボジア、キナ臭い新疆ウイグル地区、中央アジアのウズベキスタン、そして神秘のブータンとシッキムである。バックパッカーが聞いたらヨダレが止まらない地域ばかりだ。

 このブータンのコメに好みが、日本と正反対なのが面白い。まず白いコメはダメ。野性イネと同じ赤米が好まれるのだ。次に背が高いこと。化学肥料を多く使える日本では、倒れにくいチビが好まれるが、あまり肥料を使えないブータンでは、背が高いほうが都合がいいのだ。そして最後に、脱粒性がよいこと。

 脱粒性があると、実った実が田にこぼれてしまう。機械で脱穀する日本じゃ脱粒性がない方がいいが、ブータンじゃ人が足で踏んで脱穀する。脱粒性が悪いと、巧く脱穀できないのだ。田にこぼれちゃうのは、まあしょうがない。他にも、ブータン独自の事情があって。

 それは水が冷たいこと。ヒマラヤの高度7000mの氷河から落ちてくる水なので、気温30℃の「夏でもその水は手をきる冷たさ」だとか。そりゃ大変だわ。ちなみにシッキムだと、ウシが踏んで脱穀するとか。

 栽培方法も、地域でそれぞれ、日本じゃ田植えをするが、そんな事をするのは「朝鮮半島と中国の一部」で、大半は「種子を直接本田に播きつける」。かと思えば、インドネシアの一部じゃ二度も田植えをするとか。かと思えば、タイの浮稲(→コトバンク)なんてのもある。

 同じタイの東北部には、天水の水田があったり。でも5年に一度ぐらいは日照りで収穫皆無だとか。これがラオスとの国境あたりだと、なんと田んぼの中に木が立ってる。何のためなのか、「いまだ納得のゆく答えが返ってきたためしいがない」。きっと何か意味があるんだろうなあ。

 台湾のコメ事情もびっくり。二期作が多いんだが…

第一期作は冬に種子を播いて夏に収穫するタイプ、第二期作は夏に種子を播いて冬に収穫するタイプであった。そして、第一期作用の品種はほとんどのものはインディカで、かつ日長反応をまったく示さない品種が使われていた。なお、台湾では第二期作用の品種はジャポニカで、しかも日本からわたった稲が「蓬莱米」という名前で知られていた。

 同じイネの二期作といっても、品種が違うのだ。というか、植物には品種により日長性/短日性があって、水を必要とする時期があって、相応しい気温があって…と考えると、気候の違う他の地域の作物を移植するってのは、かなり大変なことなんだなあ、などとしみじみ考えてしまう。

 おおらかだと感心したのが、新疆ウイグル地区。こっちはコムギなんだが、畑の中にエンバクが混じってる。野良エンバクが勝手に畑の中に入り込んでるんだが、「別段邪魔になるわけでもないので放置」。エンバクの大半は勝手に脱粒するが、収穫時は一緒に刈り取るんで、小麦に少しエンバクが混じるけど、そのまま製粉してパンにしちゃう。ちょっとだけだから、たいした違いはねえじゃん、ってこと。小うるさい日本じゃ考えられん。

 他にも葉緑素にも遺伝子があるとか、一年草は多年草より移動能力が優れているとか、栽培種の祖先はインディカとジャポニカは違うんじゃないかとか、ジャポニカはストレスに強いとか、単位面積当たりの収穫量は日本よりオーストラリアのほうが優れているとか、意外な話が満載。薄い本だが、中身は濃くて楽しい本だった。

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