「戦闘技術の歴史 4 ナポレオンの時代編 AD1792~AD1815」創元社
18世紀末から19世紀初頭にいたるこの時代は、西欧諸国の国家と社会、ひいては世界の構造までも大きく変えていくことになる、世界史上の一大転換点でした。その原動力となったのは、いうまでもなく、フランス革命に代表される市民革命と、イギリスで始まった工業化(産業革命)の進展でした。
――日本語版監修者序文「30歳までに死ななかった驃騎兵はげす野郎だ」
――アントワーヌ・ラサール将軍
【どんな本?】
迫力たっぷりのカラー画像と、わかりやすいイラスト、そしてカラフルな戦場地図を豊富に収録して、時代ごとの戦闘技術の変化をわかりやすく解説するシリーズの、「近世編」に続く第四巻にして、西洋編の最終巻。部隊編成・隊列・武器・軍装・戦術などの軍事面はもちろん、それを支える社会情勢や政治情勢なども解説する、軍事オタクが泣いて喜ぶ豪華で充実した内容を誇る。
西洋編の最終巻となるこの巻では、天才的な軍人であるナポレオンの足跡を辿りながら、彼が成し遂げた軍事上の革命と、それが諸国へと及ぼした影響を取り上げて行く。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Fighting Techniques of the Napoleonic Age,Amber Books, 2008。著者はロバート・B・ブルース,イアン・ディッキー,ケヴィン・キーリー,マイケル・F・パヴコヴィック,フレデリック・C・シュネイ。日本語版は浅野明監修、野下祥子訳で2013年4月20日第1版第1刷発行。
単行本A5ハードカバー縦一段組みで本文約354頁。9ポイント45字×22字×354頁=約350,460字、400字詰め原稿用紙で約877枚。長編小説なら長めの分量だが、地図・イラスト・絵画を豊富に収録しているので、実際の文字数は6~8割程度だろう。
専門書だが、文章は思ったよりこなれている。ナポレオンの戦歴をたどる内容なので、当事の西洋史に詳しいとより楽しめる。が、知らなくても、本文中で大まかな状況を説明しているため、特に知らなくても大きな問題はない。何より絵画やイラストを豊富に収録しているため、兵器や軍事に疎くてもだいたいの所は雰囲気が掴めるのが嬉しい。
【構成は?】
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各章はほとんど独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。章内は、概説→戦闘の背景説明→具体的な戦闘の展開 の繰り返しで成り立っている。
【感想は?】
なんと言っても、このシリーズの特徴はビジュアルにある。豊富に収録した絵画やイラストが、読者の理解を助けると共に、圧倒的な迫力を生み出している。
それぞれの時代の絵画を多く収録したこのシリーズ、この時代になると画家の技術が大きく進歩したため、個々の絵画の迫力がさらに増してきた。加えて、恐らくは現代のイラストレーターが描いたであろう歩兵などの軍装も、垢じみたリアルさが漂う。特に25頁の靴を失ったフランス歩兵の図は、長い軍務の疲れを見事に表している。
この時代の大きな変化は、やはり火器の普及が大きい。歩兵は長いマスケット銃(→Wikipedia)に銃剣を装着する。火力が重要なので、戦闘時は二列または三列の横隊で敵に面して戦う。まあ、当時は銃といっても先込めの単発で、弾丸もさましく鉛球。射程距離も知れたもので…
イギリス軍はフランス軍が137m以内に入るのを待ち、それから猛烈な一斉射撃を行なった。フランス軍の精鋭歩兵は攻撃を強行したが、73mでさらなる一斉射撃を受ける。
とあるので、射程距離はせいぜい100mぐらい。一発撃ったら次の弾を装填するのに数分かかりそうだから、銃剣での突撃にも相応の効果はあったんだろうなあ。にしても、弓が完全に消えてるのは興味深い。弓は習熟に時間がかかるから、大人数の兵を短期間で育てにゃならん時代背景に合わないため、かな?
育成に時間がかかるのは騎兵も同じなのだが、こちらは優遇されてた様子。これもフランスの政治情勢の影響で。かつてのフランス軍じゃ指揮官は貴族だけだったけど、さすがに騎兵部隊から貴族を追放するのは無茶だった。そして…
彼(ナポレオン)は「生まれにかかわらず、才能ある者すべてに出世の道が開かれている」という方針にしたがって、優秀な兵を昇進させただけでなく、亡命した貴族たちの帰還を歓迎し、騎兵部隊の指揮系統の重要な地位につけた。
ナポレオンが騎兵を重視した理由の一つは、日本語版監修者序文で説明している。従来の戦争は敵を退ければ充分だったけど、ナポレオンの戦争は革命戦争だった。だから、敵を退かせるだけでなく、敵戦力を殲滅しなきゃいけない。今までは敵が退却を始めれば終わりだけど、ナポレオンは追撃して殺しつくす。
そのためには、機動力のある騎兵が要る。加えて騎兵には、突撃して敵の前線に穴をあけたり、偵察にもコキ使われる。当事の銃の性能は前述のように情けないシロモノなんで、騎馬突撃にも相応の意味があり、おかげで槍が復活してたり。
ナポレオンの大きな特徴は、砲兵出身であること。てんで、今までの巻では「攻城戦」や「攻囲戦」だったのが、この巻では「火砲と攻囲戦」となる。特に大きな変化は、楽に輸送できるようにした野砲。その射程距離は…
12ポンド砲の最大有効射程距離は球形弾で915m、散弾で595m。6あるいは8ポンド砲では、それぞれ820mと550m。4ポンド砲では730mと410m。6インチ榴弾砲では、1190mと500mだった。
ちなみに球形弾はモロに鉄の球。散弾は小さい玉をまとめたもの。今の重機関銃ぐらいの威力かな?でも重さは桁違いで…
グリボーヴァルは、野戦砲を輓馬班が縦列で引くように設計していた。4ポンド砲と8ポンド砲は4頭、12ポンド砲は6頭で曳いた。
ここで笑っちゃうのが、ロシア。この時代から、あの国の性質は変わってない。
ロシア軍はほかの交戦国より部隊あたりの火砲を多く保持しており――たとえば、ロシア部隊はフランス軍団とほぼ同数の砲兵支援があった――間違いなく質を量で補っていた。
と、攻撃する側は色々と進歩してるけど、築城技術はあまり変わっていない模様。
海戦では、有名なトラファルガー海戦をヤマに、帆船時代の終焉へと向かって行く。敵船に乗り移っての白兵戦は、これを最後に姿を消す。とはいえ、歴史は受け継がれてるなあ、と思うのが砲艦。戦列艦は舷側に沿って砲を並べるけど、小さい砲艦は船首に一個だけ。横向きに置いたら、、反動でコケちゃうし。
櫂でこいで動くんで、風はあまし関係ない。小回りが利く点を生かし、敵船の船首や船尾に突っ込んでいく。大型艦は横には撃てるけど、前と後ろには撃てないから。で、思う存分撃ちまくる。が、小型だけに…
艦載砲やカロネード砲からの一発で船と乗組員が完全に失われてしまうほど脆弱だった。
てんで、たぶんこれが後の水雷挺(→Wikipedia)やミサイル挺(→Wikipedia)のご先祖なんだろうなあ。
などと書いているが、やっぱりこの本の最大の魅力は、豊富な絵画とイラスト。私のようなニワカには、兵の隊列の変化など、イラスト一発でわかるのが実にありがたい。次の東洋編も期待してます、はい。
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