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2015年1月20日 (火)

菅浩江「誰に見しょとて」ハヤカワSFシリーズJコレクション

「では、みなさんは、なぜ自分が美容に興味を持っているのかを考えたことはあるでしょうか。お化粧やエステが当たり前になりすぎていて、改めて意識する機会はほとんどなかったんじゃないですか?」
  ――シズル・ザ・リッパー

「私は確かめたい……。あなたの本心がどこにあるのか。それは、作られたものではないのか。<ビッキー>は、知らないうちに私たちの考え方を操作する、いえ、すでにしているのではないか」
  ――天の誉れ

【どんな本?】

 近未来。ナノテク・医療そして心理学まで、あらゆる先端テクノロジーを駆使した美容サービスを提供する、新鋭の企業グループ、<コスメディック・ビッキー>。その商品は素肌の再生プログラムから総合的なアンチ・エイジング、香料基材にまで及ぶ。革新的なサービスの数々と扱う分野の広さは、拠点となる超巨大フロート<プリン>と共に大きな話題を呼び、急成長を遂げており、またイメージ・キャラクターとして広告に登場する山田リルも若者の話題をさらっていた。

 「永遠の森 博物館惑星」で星雲賞・日本推理作家協会賞などを受賞した菅浩江が、「美容」をテーマに人類の本質と可能性にまで迫った、菅浩江ならではの連作SF短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年10月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約364頁。9ポイント44字×19行×364頁=約304,304字、400字詰め原稿用紙で約761枚。長編小説ならやや長めの分量。

 文章は読みやすい。時おり難しい科学用語や技術用語が出てくるが、分からなければ「何か小難しい事を言ってるな」ぐらいの気分で読み飛ばして結構。テーマの美容については、化粧品の事は何もわからない野暮天の私でも、意外とスンナリ読めた。詳しい人ならもっと楽しめると思う。

【収録作は?】

流浪の民 / SFマガジン2008年4月号
 東京湾にできた超大型フロート施設<プリン>の四階に、美容関係の展示や店舗を集めた<サロン・ド・ノーベル>。多くの女たちが集うここで、大学生の岡村天音は仲間に出会った。進学で上京した天音は、自分なりのスタイルを探し、麻理奈・千穂子・波留華たちと情報交換に余念がない。
 上京して間もない天音を主人公にして、美容やファッションに疎い読者にも、それが若い娘の生活に与える影響の大きさを痛感させてくれる序章。目立たぬように集団に溶け込もうにも、集団のスタイルに合わせないと浮いてしまう。制服ならいっそ楽だが、大学じゃそういうわけにもいかない。大変だよなあ。
閃光ビーチ / SFマガジン2008年9月号
 夏のビーチ。物部譲とフ藤崎翔平は、手に腰をあてて高笑いする。これでもれっきとしたアルバイトだ。ジョイジョウ・プロダクツの<シャクドウ・ギア>、色とりどりの付加価値をつけた人工皮膚である。主な機能の紫外線カットに加え、肌は健康的な赤銅色に見え、自動で筋肉を鍛え割れた腹筋にしてくれる。
 うおお、欲しいぞ、シャクドウ・ギア。これがあれば、幾らでも脂っこい焼き肉や甘いチョコレートが食える!←そうじゃない。やっぱりね。男は割れた腹筋に憧れる生き物で。まあ、あれだ。私もスタイルが良くてイケメンだったら、もう少しは服に気を使ってただろうなあ。
トーラスの中の異物 / SFマガジン2008年12月号
 老人ホームに勤める別院奏子は、<プリン>を訪れて香水を探す。そこにいたのは、<コスメディック・ビッキー>の千載千穂子。先週ホームを訪れた千穂子が催した化粧会は、老女たちに大好評だった。その千穂子が問いかける。「藤崎多美恵さんに商品やコースをご紹介しても差し障りはありませんか?」
 自らを「もうオッサンやし」と韜晦したつもりになってる私には、グサグサと突き刺さってくる作品。痛い所を思いっきり突かれてるんで、終盤の康輔の台詞はかなり辛い。
シズル・ザ・リッパー / SFマガジン2009年3月号
 <プリン>を仲間と共に訪れた多山静留。人ごみの中で、ブラウスの左腕を捲り上げ、腕を強く引っかく。新しい五本の赤い線から、血が流れ出す。彼女は切り裂き魔、リッパー。切られずにいられない人間。そしてささやかなテロを目論んでいる。
 私は自分の体をいじるのが嫌いなんだけど、世の中には自ら好んで改造する人もいる。改造と言うと大袈裟だけど、耳のピアスは珍しくない。ではタトゥーは? ヤクザの刺青との境目は? マックス・バリーの「機械男」は機能だけを追及して自らを改造する者の話だったけど、これは独自の観点で身体改造をとらえた話。
星の香り / SFマガジン2009年6月号
 <グリーン・フィールズ>社の小谷田純江は、<ビッキー>との交渉で日本に来た。カリフォルニア沖に建設するメガフロートに出店するつもりの<グリーン・フィールズ>だが、<ビッキー>との打ち合わせの途中から、香料の基材の話になってしまい…
 大きなデパートの一階は、なぜか化粧品売り場と相場が決まってて、キラキラしたディスプレイと立ち込める匂いが強烈な場所だったり。昔はかなり匂いが強烈だったんだけど、それもまた、ある意味「戦闘服」としての役割を果たしていたんだろうなあ。
求道に幸あれ / SFマガジン2009年9月号
 <プリン>のレッスンルームで、加藤茉那はビューティーコンテストのレッスンに励む。美容整形アリのコンテストのため、多くの手術を受けてきた。スポーツクラブでは、村田勢津子が筋肉トレーニングで汗を流している。長距離ランナーとして、自ら鍛えた体に誇りを持って。
 徹底した身体改造でコンテストに臨む茉那と、素の肉体を鍛える事で競技に挑む勢津子。一見、正反対に見える二人を、同時にサポートする<ビッキー>の、懐の深さを感じると共に、少し不気味さも感じる作品。でも確かに美人コンテストは、いろんな基準があってもいいよなあ。審査員が全員女性にするだけでも、だいぶ違うと思う。
コントローロ / SFマガジン2010年4月号
 男性向けバラエティ雑誌<ウオミニ>編集の加藤史彦は、<プリン>の海面下二階の扇形ホールにやってきた。応対するのは<ビッキー>広報部の若手、城ガ崎一磨。首元の臙脂色のスカーフがわざとらしい。化粧品メーカーの広告も欲しいし、噂の山田リルもいいネタだが、それ以上に…
 今まではなんらかの形で美容に関心のある者を中心に回ってきたこの短編集で、思いっきり逆の位置につけるトップ屋の視点から語られる作品であり、また連作中の大きな転回点となる作品。
いまひとたびの春 / SFマガジン2010年7月号
 <プリン>の四階、<サロン・ド・ノーベル>に来た大野花苗と吉岡保。25歳という年齢の割に落ち着いた保は、日本料理店の板前で、仕事には熱心だが人間関係には淡白というか、あまり他人に興味を示さない。花苗はそこが気に入っていたのだが、山田リルは別格らしく…
 「コントローロ」を受けて、謎の人物である山田リルへと迫ってゆく作品。現実にこんな技術が世の中に普及したら、いろいろと変わってくるだろうなあ。とりあえず頭髪だけでも←しつこい
天の誉れ / SFマガジン2013年7月号
 加藤史彦が編集長を務める雑誌<ウオミニ>は、今も<ビッキー>のスキャンダルを負い続けている。そこに簑原詩衣から連絡があった。「同級生だったんですよ、彼女」。噂の山田リルの、元同級生が、リルとの面会を取り付けたというのだ。
 再び山田リルの正体へと切り込みつつ、この物語が大きくスケールアップしてゆく作品。このクリームも、本当にあったらいろいろと便利だろうなあ。意外と小児科医が使いたがるかも。あと、獣医も。いや子供って、自分の症状を巧く伝えられないでしょ。もちろん、動物も。
化粧歴程 / SFマガジン2013年9月号
今までの作品が合流し、壮大なフィナーレへと向かう最終話。

 化粧や美容というと大袈裟だが、装う事で確かに人の気分は変わる。ネクタイを締めると気分がシャンとするし、スエットに着替えるとリラックスする。少年向け雑誌には、鉄アレイやボディビル用品の広告がつきものだ。人は何かになりたいと願う。例えカッコだけでも。そして、カッコが違えば、気持ちも変わってくるのだ。

 そういえば私がレスポール(のコピーモデル)を買ったのも、ジョー・ウォルシュに憧れたからだった。どんな格好をしたいかは、その人がどうなりたいか、どうありたいかを表している。

 なんとなく、もう一度、ジョン・ヴァーリーの「残像」を読みたくなった。人の心の奥を切り裂いて陽光にさらけ出す、菅浩江だからこそ書ける、彼女ならではの視点が輝く連作短編集だ。

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