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2014年12月14日 (日)

フローラ・ルイス「ヨーロッパ 統合への道 改訂増補 上・下」河出書房新社 友田錫訳 2

 1870年のコミューンの反乱からおよそ百年間、この街には市長がいなかった。というのは、政府がパリ市民を信用しなかったからだ。パリ市民に街の責任をもたせると、国家に反抗するのではないかと恐れたのである。
  ――第4章 フランス 君臨する知識人

ジャーナリストのモンタネッリはこういっている。「私の祖父は、『啓蒙的リベラル』と自称していた男だが、死にぎわに息子と孫にいい残したのは、『まっとうな男は、売春宿には行っても、銀行には絶対に行くな』ということばだった」
  ――第8章 イタリア テロへの勝利

 北方に住む人びとは、いまでこそ、いちばん声高に平和と軍縮の運動をしているが、何千年もの間、槍と刀を振り回して生きてきた民族である。彼らは戦いを習いとする戦士だった。
  ――第10章 スカンジナヴィア 北を手なずけた人びと 

フローラ・ルイス「ヨーロッパ 統合への道 改訂増補 上・下」河出書房新社 友田錫訳 1 から続く。

 前回は興奮してアイルランドの話ばかりになってしまった。今回は少し冷静に全体的な話から始めよう。

【全般】

 副書名に「統合への道」とある。それが示すように、EU 統合を軸とした本だ。一時期は「巨大市場が生まれる」と持ち上げられ、また「アメリカに対抗して勃興する大経済圏」と恐れられた。事実、そういった方向を目指して出発した動きではあるが、現実の動きはかなり穏やかなものに留まっている。

 と同時に、実は多少物騒で切実な目的も持ってる由を、この本は明らかにする。安全保障である。20世紀において、第一次世界大戦・第二次世界大戦と大きな戦争が荒れ狂った。太平洋戦争の日本も悲惨だったが、ヨーロッパはもっと悲惨である。大半の国が戦場となったのだから。

 それを軍事的に防ぐ試みが NATO であり、政治・経済的に防ぐ仕組みが EU なのだ。

 そんなわけで、単純にヨーロッパ諸国を紹介するだけの本ではない。各国について、それぞれの歴史と国情を紹介した上で、それぞれが EU に対して持つ感情と利害を描いてゆく。これは、特にドイツの項で詳しく出てくるし、またスカンジナヴィア諸国でも、安全保障が各国の立場に大きな影響を与えている。

【各章の構成】

 それぞれの章は、まず各国の現在の風景から始まる。どんな国か、現在はどんな産業が盛んで、どんな社会問題があり、どんな政治情勢か。その後、各国の成り立ちから歴史を語ってゆく。上巻では西の国が多いためか、ローマ帝国の影響が強い。これが東欧だとオスマン帝国の支配が大きな影となっている。

 この辺は西洋史に精しい人ほど楽しめるところだろう。大半の国が、今でこそ一つの国だが、かつては様々な国に属していたり、言葉が違っていたり。地続きなだけあって、民族や文化の構成も複雑なのがわかる。

 残念ながら私は西洋史が苦手なので、中盤はよく判らなかった。これが20世紀に入り、第一次世界大戦~第二次世界大戦~現代へと近づくに連れ、だんだんと面白くなってくる。やはり知っている人物や事件が出てくると、この手の本は楽しみが増す。その後、再び現代へと戻り、未来を展望して章が終わる。

【統合への道】

 EU という枠組みで見ると、大きく分けて三つの立場があるだろう。最も EU 統合に熱心なのがドイツだ。明らかに大国でありながら、EU に熱心なのか? 第二に、慎重な姿勢のフランスとイギリス。これも大国であり、自国の権益と独自性を守るためと考えれば納得がいく。そして第三が「その他」で、主に経済的利益を求め EU 統合に賛同している。

【ドイツの場合】

 なぜドイツが最も熱心なのか? 余計なお荷物を背負い込むだけではないのか? これには、主に二つの理由がある。軍事・外交的な理由と、内政的な理由だ。

 軍事・外交的な理由はわかりやすい。二度の世界大戦で、ドイツはヨーロッパを席巻した。そのため、周辺国から恐れられている。特にフランスの警戒感が強い。昔の戦争映画だと、ドイツは悪役だった。この印象を良くするには、ヨーロッパの一員という立場にドイツを置くのがいい。南北戦争で負けたテキサスが、アメリカの州の一つとして認識されるように。

 もう一つの内政的な理由も、実は似たようなものだ。歴史的にドイツという国が成立するのは遅かった。それまで小国が乱立していたのだ。そのため、今でも地方のお国意識が強い。これに拍車をかけるのが、東ドイツの統合である。積極的な投資など努力はしているが、今でも格差は残る。放置しておけば、国が分解しかねない。

 そこで EU である。ドイツ国家の権威に加えてEU の権威も重ね、国家の分解を防ごうとしているのだ。安泰に見えるドイツも、歴史が作り出した事情には苦労している模様。

【憂鬱な南欧】

 改めて見ると、スペイン・ポルトガル・イタリア・ギリシャなどの南欧は、二つの共通点がある。一つは民間が政府を信用していないこと、もう一つは今まで専制的な政府が支配していたこと。わかりやすいのがスペインで、ファシストと共産党で内戦となり、ファシストが勝った。ポルトガルも少し前まで静かなファシズムの国だった。

 イタリアは「赤い旅団」のテロが荒れ狂い、またマフィアなしでは何も動かない。ここで笑ったのが、ムッソリーニ。

彼がマフィアをほぼ絶滅させ、たくさんのマフィアを構成員を投獄したのは、実に歴史の気まぐれといえる。ムッソリーニは自由選挙を行なわなかったので、マフィアの集票力を利用する必要がなかったのだ。

 ギリシャでも第二次世界大戦後は共産党が台頭した。「枢軸国に対して強い民族主義的な態度をとった」からだ。だが戦後も、亡命していた国王政権との内戦が1949年まで続く。今でもキプロスでのトルコとの軋轢や、なかなか発展しない経済など、EU 内の問題児だ。

 どうも南の国は、政治的に極端な姿勢の勢力が力を持ちやすく、保守的で汚職がはびこりやすいみたいだ。

【社会主義の北欧】

 一版に北欧と言えばノルウェー・スウェーデン・フィインランド・デンマークだが、政治的にはオランダも似ている。いずれも「大きな政府」を目指す社会主義的な政府で、国民はそこそこ満足している。デンマークでは…

社民党にとっての最大の頭痛の種は、国内ではもう直すべき悪いところがなくなってしまったということだ。これは多かれ少なかれ、スウェーデンでもノルウェーでも同じである。

 オランダも似たようなもので…

急進的な週刊誌、「フリー・ネーデルランド(自由ネーデルランド)」の若い編集長フランツ・ピータースは、こうぼやいたものだ。「もうこの国には貧乏人はいない。飛び抜けて金持ちという人もいない。知識人は、立ち向かうべきタブーがなくなって困っている。ここでは、何もかもたるみ切っているのだ」

 どうも、小さい国家と比例代表制が、個人の自由と福祉を重視する社会を形成するみたいだ。

 というと楽園のようだが、そうでもない。私はかねてから不思議に思っていた。特にスウェーデンなのだが、中東戦争や朝鮮戦争など、米ソが対立する場面では北欧の国が仲介する場面が多い。「スウェーデンが中立だから」と言うなら、スイスも中立である。だがスウェーデンは、異様に仲介に熱心である。ボランティア精神が盛んなのか?

 うんにゃ。自国の利益のためだった。地図を見れば一目瞭然である。スカンジナヴィア半島を見よう。西のノルウェーはNATO加盟。真ん中のスウェーデンは武装中立。そして東のフィンランドは、限定的だがソ連の影響が大きい。となると、東西でドンパチが始まったら、スウェーデンが戦場になる。そりゃ戦争されちゃ困るわけだ。

 などと連ねつつ、次の記事に続く。

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