宮本正興+松田素二編「新書アフリカ史」講談社現代新書1366
本書では、五つの大河からなる四つの流域世界をとりあげて、その地域形成の歴史を見ることにした。その大河とは、東アフリカのナイル川、西アフリカのニジェール川、中央アフリカのザイール川、それに南部アフリカのザンベジ川とリンポポ川である。
――第一章 アフリカ史の舞台「今日新しいアフリカが生まれた。それは、自らの闘いを引き受け、黒人は自らの問題を自身で解決できるということを世界に示す新しいアフリカだ。我々は再び闘いに身を捧げる。アフリカ諸国開放の闘いだ。我々の独立はアフリカ大陸の完全解放に結びつかなければ無意味なのだ」
――第一四章 パン・アフリカニズムとナショナリズム
ガーナ独立式典での初代大統領クワメ・ンクルマ(→Wikipedia)の演説
【どんな本?】
広大な土地、起伏に富んだ地形、多様な気候、雑多な民族構成に膨大な人口を抱え、21世紀の今なお多くの問題を抱えるアフリカ。かつて暗黒大陸と呼ばれたアフリカだが、その実態はどうだったのか。
広大なだけに、一つの流れでは説明できないアフリカの歴史を、ザイール川/ザンベジ川・リンポポ川/ニジェール川/ナイル川と、五つの大河で構成される四地域として整理し、また他世界との交流もサハラ砂漠越えやインド洋交易路を交えながら、アフリカ人の視点でアフリカの歴史を綴る。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
1997年7月20日第一刷発行。新書版で縦一段組み本文約560頁。9ポイント40字×16行×560頁=約358,400字、400字詰め原稿用紙で約896枚。文庫本の長編小説ならギリギリ2冊分に足りない程度。
文章は良くも悪くも教科書的で、高校の歴史教科書に近い雰囲気。背景として必要な世界史・西洋史・中東史の重要な事柄も、本書内で過不足なく説明しており、読むのに特に前提知識は必要ない。これもまた教科書的。
ただ、見慣れぬ地名がアチコチに出てくるので、地図帳か Google Map などを参照しながら読もう。本書中にも多くの地図を収録しているので、4~5個の栞を用意しよう。
内容が充実しているだけに、出来れば索引が欲しかった。
【構成は?】
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原則として古い時代から順に現代に至る流れなので、素直に頭から読もう。
【感想は?】
正直、読む前はビビっていた。
複雑で雑多な民族構成のアフリカの歴史を、一冊の本に収めきれるのか。個々の民族の歴史の羅列で終わり、全体としての構造は見えないんじゃないか、と。新書にしては破格の分厚さだし。
この懸念は、30頁で早くも解決する。この記事の冒頭の引用だ。混沌としたアフリカを、大きな川の流域として四つに区分けし、それぞれでヨーロッパ襲来以前の歴史を整理している。
とまれ、やはり文書による記録がないのは辛い。ヨーロッパ襲来以前の歴史は、「…と考えられる」などの歯切れの悪い文章が続く。なにせ参照できるのが、口伝と建物、それにアラブ商人の残した文書ぐらいしかないんだから仕方がない。しかし古代エジプトにはパピルスがあったのに、なぜサハラ以南に広がらなかったんだろう?
全般的に、欧州的な歴史観に批判的な視点で書かれている。「我々は大きな帝国を中心に歴史を考えるクセがついているので、少人数の集団が群雄割拠する状況を未開的と考えがちだ」と主張しているんだが、読んでると仕方ないかな、とも思う。野次馬の身勝手極まりない理屈なんだが、大帝国が支配している方が、歴史として分かり易いのだ。
などの勝手な都合は置いて。じゃ、なぜ大帝国にならず群雄割拠なのか。
それは、一言でいえば、フロンティアを求めて移動する社会であった。土地に対して人口が極端に少ないこともあって、社会は、中央集権的あるいは大規模な国家が生まれる前に、小集団に分節し、拡張しようとする衝動を内に孕んでいた。
定住しない、遊牧的な生活が多かったんですね。農業も焼き畑農業だったり。
ヨーロッパから見たら暗黒大陸だけど、意外と外世界との交流もあったり。地中海沿岸は昔からアラブやヨーロッパとの交流があったけど、サハラ以南もいろいろ。
例えば西部アフリカだと、現マリ共和国のトンブクツ(→Wikipedia)を中継点として、ラクダによるサハラ砂漠越えでアラブ世界との交流があった。そのため、イスラム教も伝わって、マリ帝国のムーサ王は1324年にメッカ巡礼を果たしてる。ただ、こっちは気候の変化が激しくて。
サハラ南縁地帯の雨量はサハラを離れるや急激に増大し、たちまちラクダの成育には適しないサバンナ地帯になり、さらにロバも使えなくなってしまうからである。
同様に交易が盛んだったのが、東海岸地域。これにはインド洋の季節風が重要な役割を果たしてる。4月~9月は南西から北東に風が吹き、11月から3月は北東から南西に風が吹く。これを使えば、アラビアやインドと交易できるわけ。ってなわけで、現ソマリアから現マダガスカル・モザンビークまで、東海岸はアラブ商人のみならず、インド商人もやってくる。
マダガスカルがインドとの関係が深かったり、ルワンダにインド商人が食い込んでるのは、そういう事かあ。
この東海岸の歴史に大きく関わってくるのが、アラビア半島の営力争い。具体的にはアデンを擁するイエメンと、マスカトを中心としたオマーン。アラビア半島の西端で紅海の入り口のアデンと、東端でペルシャ湾の入り口を押さえるアデンなわけで、交通の要所とはこのことか、と納得。
にしても、いずれもアフリカは訪ねられる側で、訪ねる側じゃないのは何故なんだろう。サハラはラクダが無いからで説明できるが、インド洋はどうなのか。造船に適した木材がないのかなあ。
悪名高い奴隷貿易は欧州の専売でなく、インド洋でも、「東アフリカの奴隷貿易は長い歴史があり、紀元前からおこなわれていたものと思われる」。アラブの方が、奴隷貿易の実績は長いのだ。西海岸の欧州ほど派手じゃないけど。
以後、ヨーロッパによる植民地化を経て、独立へと進んでゆく。この過程が、現在のアフガニスタンやイラクと重なるのが興味深いところ。本書では抵抗の形態を二つに分類してる。一つは近代的な組合や政治団体。もう一つが、モロにタリバンを思わせる。「伝統的あるいは非ヨーロッパ的色彩を帯びた抵抗形態」で…
伝統的儀礼や呪術、アフリカ化したキリスト教、王権などを媒介にして生まれたこの抵抗は、見かけは懐古的な様相を示しているものの、組織や武器は近代化されていることが多い。こうした擬似伝統を、前述のレンジャーは「創られた伝統」と呼んだ。
パシュトゥンの土俗信仰とワッハーブ派のキメラであるタリバンに似てる。現代日本の勘違い右翼も似たようなモンだよなあ。現代の中南米で興っている解放の神学(→Wikipedia)を思わせる動きが、いち早く始まっているのも面白い。
第一次世界大戦をはさんで、雨後の竹の子のように各地で黒人教会が出現した。リベリア、コートジボアールからケニア、タンザニアそして南アフリカに至る広範囲の地域で、同じような予言と反白人主義を訴えるアフリカ人のキリスト教会が、活発な活動を開始したのである。
悪名高い神の抵抗軍(LRA、→Wikipedia)も、こんな混沌から生まれたんだろうか。
さて、終盤。独立したはいいが、大半の国家が借金まみれで内乱続き。工業化しても交通網などインフラの未整備でコケ、農業の近代化もオイルショックでコケる。これに対し、本書が示している可能性が、「ルワンダ中央銀行総裁日記」で服部正也氏が示した道に似ている。
もう一つの方策は、国外でなく、国内に可能性を探ることである。各国政府がこれまでインフォーマルな経済活動であるとして無視・軽視するか、場合によっては規制してきた零細・小規模工業を、今後の振興の対象としうるだろう。
服部氏が目をつけたのは工業でなく商業だけど、日本の商工会議所や信用金庫みたいな組織が立ち上がってくれば、あるいは…
やはり文書による記録がないだけに、分量としてはヨーロッパ襲来以降が多くなるのは仕方がない。先に書いたパピルスや造船技術の欠落などについて説明がないのは不満だが、膨大なアフリカの歴史から要所を押さえる以上、そこまで詳しく書いてたらキリがないんだろう。トランス・サハラやインド洋交易など、意外と外世界との交流が活発なのにも驚いた。
現代のアフリカ情勢の素地を全般的に把握するには、良くも悪くも教科書的で相応しい本だろう。
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