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2014年8月 6日 (水)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 1

 そこで私はアラビアへ行き、大物たちに会い、その人物のほどをよく考えてみることにした。第一人者のメッカのシャリーフが老齢であることは知っていた。アブドゥッラーは利口すぎ、アリーは純粋すぎ、ザイドは熱がなさすぎる、と私は見た。
 ついで私は奥地に入り、ファイサルに会ったところ、彼こそは必要な情熱を備え、しかもわれわれの策を実行するのに充分な思慮分別も持っている指導者とわかった。配下の部族民はりっぱな働き手だし、山々は天然の利点になると思われた。

【どんな本?】

 1914年6月28日、サラエボの銃声は第一次世界大戦を引き起こす。オーストリア=ハンガリー帝国とドイツ帝国の中欧同盟国は、ロシアを敵視するオスマン帝国(トルコ)を抱き込む。中東の支配を握るトルコの参戦は、イギリス・フランス両国の頭痛の種となる。

 だが既に斜陽の時を迎えたオスマン帝国は、その土台が崩れつつあった。メッカのシャリーフであるフサイン・ブン・アリーを代表としたアラブの各部族は、トルコの支配からの脱却を求め蠢動を始めていた。

 トルコの牽制を望む英仏両国は、この動きに注目し、トルコの足元をすくう計画を立てる。アラブの各部族が蜂起すれば、トルコは足を取られ身動きできなくなるだろう。

 歴史も文化も異なり、独自の思惑も持つアラブが、英仏と共闘するのは難しい。幸いにして英国陸軍は、一人の陸軍大尉に注目する。カイロの情報部に勤務するトマス・エドワード・ロレンス大尉である。歴史と考古学を学びアラブ旅行の経験もあり、現地の風俗・民俗に通じたロレンスを、フサインの元に派遣し、彼らの闘争を支援しよう。

 フサインを訪れたロレンスは、格好の人材を見出す。フサインの三男、ファイサルである。優れた統率力と行動力、冷徹な知性と熱い情熱を併せ持つファイサルと、アラブの世情に通じ奇想に富むロレンスの出会いは、やがてアラブの反乱(→Wikipedia)となって中東に嵐を巻き起こし、21世紀の今日でも中東の地図に大きな影響を残している。

 映画「アラビアのロレンス」で有名な T.E.ロレンス自らの筆によるアラブの反乱の従軍記であり、歴史的にも大きな意義を持つ資料であると同時に、日本人には馴染みの薄いアラビアの地と、そこに住む民の民俗・風俗を克明に記した旅行記でもある。長らく簡約版で普及していた名著の、ロレンス研究の第一人者がロレンスの自筆原稿から再構成した完全版。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Complete 1922 Seven Pillars of Wisdom, The Oxford Text., by T. E. Lawrence, J. and N. Wilson, 2004。出版の経緯が、ちとややこしいので、大雑把かつ不正確にまとめてみた。

  • 1926年 予約者版「知恵の七柱」刊行。
  • 1935年 簡約版「知恵の七柱」刊行。
  • 1997年 ジェレミー・ウィルソン編「知恵の七柱」第1版刊行。
  • 2003年 ジェレミー・ウィルソン編「知恵の七柱」第2版刊行。

 1926年の予約者版は極端に部数が少なく、入手が難しい。やたらと組版と体裁に拘ったロレンスが、文章をいじりまくって短くしたのが1935年の簡約版。今回の完全版は、いじるまえのロレンスの自筆原稿を元に編集したもの。

 日本では既に1935年の簡約版を元に、柏倉俊三訳の三巻本が出ている。完全版では、オリジナルの英語版より詳しい地図をつけるなどの工夫がなされている。日本語の完全版の出版年と分量は以下。

  • 第一巻 2008年8月10日初版第1刷発行 本文約347頁
  • 第二巻 2008年10月10日初版第1刷発行 本文約337頁
  • 第三巻 2008年12月10日初版第1刷発行 本文約336頁
  • 第四巻 2009年2月18日初版第1刷発行 本文約384頁
  • 第五巻 2009年7月10日初版第1刷発行 本文約221頁

 それぞれ縦一段組みで9ポイント41字×16行×(347頁+337頁+336頁+384頁+221頁)=約1,066,000字、400字詰め原稿用紙で約2,665枚。長編小説なら文庫本で約5冊分。

 平凡社の東洋文庫という威圧感のあるシリーズだが、意外と日本語の文章はこなれていてわかりやすい。ただ、原文のクセなのか、全般的に文が長いので、読み下すには多少の体力と集中力が要る。中に入ってしまうと、鮮やかにアラビアの風景が広がってくるんだけど。

 内容を理解するには、第一次世界大戦当事の背景事情などの歴史知識と、地形や気候に関する理科の知識があった方がいい。いずれも中学生レベルで充分に楽しめるけど。旅行記でもあるので、巻末の地図を見ながら読むと、なかなか進まない。慣れないアラブ人の人名・地名も多数出てくるので、分量のわりに手こずる部類だろう。

【構成は?】

  •  第一巻
  • 凡例/訳者前書き/謝辞/S・Aに/編者序文『七柱』の二つのテキスト
  • 序説
    • 第一章 執筆の方法と理由
    • 第二章 反乱の気分
    • 第三章 アラビア
    • 第四章 遊牧の相
    • 第五章 一神教
    • 第六章 自治独立の動き
    • 第七章 シャリーフの序曲
    • 第八章 主役を演じた英国人
    • 第九章 成功の足を引っ張る
  • 第一部 ファイサルを見出す
    • 第十章 ストァズとアブドゥッラー
    • 第十一章 ジッダ
    • 第十二章 アリー、ザイドとラービグ
    • 第十三章 ティハーマとシーラ
    • 第十四章 ファイサル
    • 第十五章 最初の作戦
    • 第十六章 士気
    • 第十七章 部隊
    • 第十八章 エジプトに帰る
  • 第二部 アラブ軍、攻勢に出る
    • 第十九章 ヤンブー
    • 第二十章 ヤフル・ムバーラク――わるい知らせ
    • 第二十一章 野営地の日常
    • 第二十二章 ワーディー・ヤンブー戦の敗北
    • 第二十三章 回復
    • 第二十四章 再調整――新しい計画
    • 第二十五章 ヤンブーを立ち退く
    • 第二十六章 行軍命令
    • 第二十七章 行軍
    • 第二十八章 ビッリ族の国で
    • 第二十九章 ワジェフ
  • 訳註
  •  第二巻
  • 凡例/第二巻への訳者前書き
  • 第三部 鉄道を牽制する
    • 第三十章 褒賞と口論
    • 第三十一章 改革
    • 第三十二章 相次ぐ転向
    • 第三十三章 鉄道襲撃の計画
    • 第三十四章 アブドゥッラー訪問
    • 第三十五章 戦略と戦術
    • 第三十六章 アバー・アン-ナアーム襲撃
    • 第三十七章 列車に地雷を施設する
    • 第三十八章 アブドゥッラーと友人たち
    • 第三十九章 ワジェフに戻る
    • 第四十章 アウダとアカバ
  • 第四部 アカバまで
    • 第四十一章 アカバの地勢
    • 第四十二章 ワジェフからアル-クッルまで
    • 第四十三章 アブー・ラーカにて
    • 第四十四章 ハッラ・アル-ウワイリド
    • 第四十五章 鉄道とアル-ウワイリド
    • 第四十六章 ワーディー・ファジュル
    • 第四十七章 ビサートゥ砂漠
    • 第四十八章 ワーディー・スィルハーン
    • 第四十九章 フワイタート族の饗宴
    • 第五十章 部族とともに
    • 第五十一章 道草を食う
    • 第五十二章 バーイル
    • 第五十三章 略奪団
    • 第五十四章 空白の一日
    • 第五十五章 流血
    • 第五十六章 アカバ奪取へ
    • 第五十七章 戦闘
    • 第五十八章 アカバ占領
  • 訳註
  • 訳者小論「アカバへの道――『七柱』の地図を修正する」 田隅恒生
  •  第三巻
  • 凡例/第三巻への訳者前書き
  • 第五部 足踏み
    • 第五十九章 シナイ半島横断
    • 第六十章 アレンビー
    • 第六十一章 再配置
    • 第六十二章 シリアの入り口で
    • 第六十三章 シリアの町
    • 第六十四章 シリアの政治
    • 第六十五章 ゲリラ戦
    • 第六十六章 さまざまな配慮
    • 第六十七章 見方のちがい
    • 第六十八章 ラム
    • 第六十九章 修復
    • 第七十章 あらたな出発
    • 第七十一章 待ち伏せ
    • 第七十二章 略奪
    • 第七十三章 脱出
    • 第七十四章 襲撃
    • 第七十五章 収穫
  • 第六部 橋梁襲撃
    • 第七十六章 いくつかの可能性
    • 第七十七章 進出
    • 第七十八章 前進
    • 第七十九章 夜行軍
    • 第八十章 バニ・サフル族
    • 第八十一章 サラーヒーン
    • 第八十二章 アズラクとアブヤド
    • 第八十三章 橋梁襲撃
    • 第八十四章 列車を待つ
    • 第八十五章 逃げ帰る
    • 第八十六章 悟らせる
    • 第八十七章 悟らされる
    • 第八十八章 エルサレム
  • 訳註
  •  第四巻
  • 凡例/第四巻への訳者前書き
  • 第七部 死海作戦
    • 第八十九章 地域攻勢
    • 第九十章 装甲車稼動
    • 第九十一章 わが親衛隊
    • 第九十二章 直接行動
    • 第九十三章 タフィーラ
    • 第九十四章 トルコ軍の反撃
    • 第九十五章 アラブの応戦
    • 第九十六章 募る悪天候
    • 第九十七章 遅々たる前進
    • 第九十八章 ウィンタースポーツ
    • 第九十九章 辞任を申し出る
    • 第百章 新規の取り組み
  • 第八部 挫折した高望み
    • 第百一章 大計画
    • 第百二章 アンマーンは失敗
    • 第百三章 撤退
    • 第百四章 マアーンも失敗
    • 第百五章 ドーニーは成功した
    • 第百六章 駱駝の贈りもの
    • 第百七章 襲撃掩護
    • 第百八章 ナースィル善戦
    • 第百九章 計画変更
    • 第百十章 フサイン王の拒絶
  • 第九部 最後の努力を考える
    • 第百十一章 アレンビー立ち直る
    • 第百十二章 アカバでの激論
    • 第百十三章 バクストン行動開始
    • 第百十四章 ルワッラ族
    • 第百十五章 和平交渉
    • 第百十六章 自動車でアズラクまで
    • 第百十七章 バーイルの会合
    • 第百十八章 誕生日
    • 第百十九章 帝国駱駝兵団
    • 第百二十章 自制する
    • 第百二十一章 フサイン王ふたたび
  • 訳註
  •  第五巻
  • 凡例/第五巻への訳者前書き
  • 第十部 御堂の完成
    • 第百二十二章 無人のアズラクを楽しむ
    • 第百二十三章 緩慢に終結を終える
    • 第百二十四章 第一の線路
    • 第百二十五章 第二の線路
    • 第百二十六章 第三の線路
    • 第百二十七章 阻止される
    • 第百二十八章 ナスィーブ橋梁
    • 第百二十九章 敵機を破壊する
    • 第百三十章 アレンビー訪問
    • 第百三十一章 砂漠へ戻る
    • 第百三十二章 奇手
    • 第百三十三章 潜伏する
    • 第百三十四章 騒乱の一夜
    • 第百三十五章 英軍とともに
    • 第百三十六章 ダマスカス
    • 第百三十七章 国づくり
    • 第百三十八章 衛生班
    • 第百三十九章 アレンビーの凱歌
  • エピローグ
  • 訳註
  • 付録Ⅰ 人名簿
  • 付録Ⅱ 行動表
  • 付録Ⅲ 出版者のノート
  • 編者解題 『七柱』――勝利と悲劇 ジレミー・ウィルソン
  • 訳者後記 田隅恒生
  • 文献ガイド T.E.ロレンスをめぐる七十年 八木谷涼子
  • T.E.ロレンス年譜 八木谷涼子
  • 索引
 

 基本的に時系列で進むので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 すんません。記事がやたら長くなったんで、感想は次の記事からにします。

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