T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 1
そこで私はアラビアへ行き、大物たちに会い、その人物のほどをよく考えてみることにした。第一人者のメッカのシャリーフが老齢であることは知っていた。アブドゥッラーは利口すぎ、アリーは純粋すぎ、ザイドは熱がなさすぎる、と私は見た。
ついで私は奥地に入り、ファイサルに会ったところ、彼こそは必要な情熱を備え、しかもわれわれの策を実行するのに充分な思慮分別も持っている指導者とわかった。配下の部族民はりっぱな働き手だし、山々は天然の利点になると思われた。
【どんな本?】
1914年6月28日、サラエボの銃声は第一次世界大戦を引き起こす。オーストリア=ハンガリー帝国とドイツ帝国の中欧同盟国は、ロシアを敵視するオスマン帝国(トルコ)を抱き込む。中東の支配を握るトルコの参戦は、イギリス・フランス両国の頭痛の種となる。
だが既に斜陽の時を迎えたオスマン帝国は、その土台が崩れつつあった。メッカのシャリーフであるフサイン・ブン・アリーを代表としたアラブの各部族は、トルコの支配からの脱却を求め蠢動を始めていた。
トルコの牽制を望む英仏両国は、この動きに注目し、トルコの足元をすくう計画を立てる。アラブの各部族が蜂起すれば、トルコは足を取られ身動きできなくなるだろう。
歴史も文化も異なり、独自の思惑も持つアラブが、英仏と共闘するのは難しい。幸いにして英国陸軍は、一人の陸軍大尉に注目する。カイロの情報部に勤務するトマス・エドワード・ロレンス大尉である。歴史と考古学を学びアラブ旅行の経験もあり、現地の風俗・民俗に通じたロレンスを、フサインの元に派遣し、彼らの闘争を支援しよう。
フサインを訪れたロレンスは、格好の人材を見出す。フサインの三男、ファイサルである。優れた統率力と行動力、冷徹な知性と熱い情熱を併せ持つファイサルと、アラブの世情に通じ奇想に富むロレンスの出会いは、やがてアラブの反乱(→Wikipedia)となって中東に嵐を巻き起こし、21世紀の今日でも中東の地図に大きな影響を残している。
映画「アラビアのロレンス」で有名な T.E.ロレンス自らの筆によるアラブの反乱の従軍記であり、歴史的にも大きな意義を持つ資料であると同時に、日本人には馴染みの薄いアラビアの地と、そこに住む民の民俗・風俗を克明に記した旅行記でもある。長らく簡約版で普及していた名著の、ロレンス研究の第一人者がロレンスの自筆原稿から再構成した完全版。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Complete 1922 Seven Pillars of Wisdom, The Oxford Text., by T. E. Lawrence, J. and N. Wilson, 2004。出版の経緯が、ちとややこしいので、大雑把かつ不正確にまとめてみた。
- 1926年 予約者版「知恵の七柱」刊行。
- 1935年 簡約版「知恵の七柱」刊行。
- 1997年 ジェレミー・ウィルソン編「知恵の七柱」第1版刊行。
- 2003年 ジェレミー・ウィルソン編「知恵の七柱」第2版刊行。
1926年の予約者版は極端に部数が少なく、入手が難しい。やたらと組版と体裁に拘ったロレンスが、文章をいじりまくって短くしたのが1935年の簡約版。今回の完全版は、いじるまえのロレンスの自筆原稿を元に編集したもの。
日本では既に1935年の簡約版を元に、柏倉俊三訳の三巻本が出ている。完全版では、オリジナルの英語版より詳しい地図をつけるなどの工夫がなされている。日本語の完全版の出版年と分量は以下。
- 第一巻 2008年8月10日初版第1刷発行 本文約347頁
- 第二巻 2008年10月10日初版第1刷発行 本文約337頁
- 第三巻 2008年12月10日初版第1刷発行 本文約336頁
- 第四巻 2009年2月18日初版第1刷発行 本文約384頁
- 第五巻 2009年7月10日初版第1刷発行 本文約221頁
それぞれ縦一段組みで9ポイント41字×16行×(347頁+337頁+336頁+384頁+221頁)=約1,066,000字、400字詰め原稿用紙で約2,665枚。長編小説なら文庫本で約5冊分。
平凡社の東洋文庫という威圧感のあるシリーズだが、意外と日本語の文章はこなれていてわかりやすい。ただ、原文のクセなのか、全般的に文が長いので、読み下すには多少の体力と集中力が要る。中に入ってしまうと、鮮やかにアラビアの風景が広がってくるんだけど。
内容を理解するには、第一次世界大戦当事の背景事情などの歴史知識と、地形や気候に関する理科の知識があった方がいい。いずれも中学生レベルで充分に楽しめるけど。旅行記でもあるので、巻末の地図を見ながら読むと、なかなか進まない。慣れないアラブ人の人名・地名も多数出てくるので、分量のわりに手こずる部類だろう。
【構成は?】
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基本的に時系列で進むので、素直に頭から読もう。
【感想は?】
すんません。記事がやたら長くなったんで、感想は次の記事からにします。
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